瞳が物語る

「……僕に、しとく?」
あの夜、琢磨さんの目が、真っ直ぐ私を見た。

「すぐじゃなくてもさ、ゆっくり僕を好きになってくれたらいいよ。」
包み込むような優しい声で琢磨さんがそう言う。私の頭の中が、ぐるぐると騒がしくなった。琢磨さんは、大人でかっこよくて優しくて。初めて会ったときから素敵で。きっと、琢磨さんと付き合ったら、私は安心して幸せになれるんだ。ここで「うん。」と頷くだけ。そこまで考えたとき、クリスマスツリーの星が目に入った。あの日、勇気を出して、ライブに誘ってくれた涼くん。大切そうに渡されたくしゃくしゃのチケット。あんな大人数の前で堂々と歌えるくせに、私一人を誘うのに真っ赤になる顔。ライブに行くと言ったときの笑顔。そして私は気づいた。涼くんの存在が、私の中でこんなに大きくなってしまっていたんだ。
「…あ、」
「うん?」
私が小さく口を開けると、琢磨さんが少し目を細めた。
「…あ、あの、ごめんなさ…。わ、私…。」
口から途切れ途切れにでる言葉。声は、どんどん小さく、か細くなっていく。
「……涼くんじゃなきゃ、だめ、なんです。」
言ってしまった。その瞬間に、ぼろぼろと涙が出た。口にすることで、私は自分の気持ちを知ってしまった。私は涼くんが好きなんだ。大人げなく泣いてしまうくらいに。手で溢れる涙を拭う。ぐすぐすと店内に私の泣く音が響く。しばらくして、琢磨さんのため息が聞こえた。
「……そっか。」
あきれたようなその反応が怖くて、どうすればいいか分からない。どんな表情か想像できなくて琢磨さんの顔を見ることが出来なかった。
「あの、涼くんの気持ちに答えないくせに、こんなに、自分勝手で、ごめんなさい…。」
琢磨さんにとって、涼くんは大切な存在だろう。そう思うと自分がどうしようもないように感じて、謝るしかなかった。
「うそうそ、僕の方こそ困らせてごめんね。いや、僕にしとく?って言うのは嘘とか冗談とかではないんだけど。」
珍しく少し早口で、琢磨さんが言った。机の端に置いている紙ナプキンを数枚取って、私に渡してくれる。
「今日は一旦帰りな。涼のことは大丈夫。あいつ、愛さんが思ってるより、ずっと愛さんのこと好きだと思うし。だから、愛さんも今日は帰って、ゆっくり寝て、明日からまたいつも通りに『charmée』においで。大丈夫、僕がいるから。」
琢磨さんに自信満々にそう言われると、なんだか大丈夫な気がした。きっとこれは琢磨さんと『charmée』の魔法なんだろう。

数日後、私はいつも通りに過ごしていた。仕事をして、行ける日は『charmée』に行く。まるで何もなかったかのような日々。ただ、琢磨さんは、ほんのひとさじ分、これまでより優しい気がした。そして、今日も仕事終わりに『charmée』に向かう。扉に手をかけた瞬間に、ガチャリと音がしたので体を引いた。扉の向こう側にいる人が、勢いよく扉を開ける。
「会えた‼︎」
まるで、運命の人にでも会えたかのような勢いで、金髪の彼は飛び出してきた。
「愛さん、オレ、愛さんと話したい!」
「涼くん⁉︎え、え…⁉︎」
私の手を取り、『charmée』の店内に戻る涼くん。ホールにいた琢磨さんが、私を見て「おっと…」とだけ言って、キッチンに消えた。その空間には私と涼くんだけ。いつもの席に向かって座る。それは初めて会ったときと同じ光景だ。
「ごめん。」
「え?」
「この前は勝手に色々言ってごめん。あと、ライブに来てくれてありがとう。むちゃくちゃ無理してたって聞いた。ほんとにごめん。」
涼くんの謝罪とお礼が入り混じった会話に混乱する。
「いや、私こそ、最後までいなくてごめんね…?」
「オレ、勝手に勘違いして、怒ってサイテーだった。琢磨にも一方的だって言われたし。」
シュン、とする涼くん。
「仲直り…してくれる?」
涼くんが前髪の隙間から、チラリとこちらを伺うように見た。
「も、もちろんだよ!」
耳が垂れた子犬みたいな彼を見たら、即答するしかなかった。それに私だって、涼くんともう一度、そう思っていた。
「あとさ…」
「うん。」
「3月に誕生日デートの話してたやつ…まだあり?」
なんて上目遣いで、子どもっぽく私に聞く。「子どもっぽい」。そう思ったのに、私の心は、きゅう…と愛おしく締めつけられた。私の無言の様子に涼くんが不安げな顔をした。
「だめ…?」
「だめ、じゃないよ…。」
だめじゃない、けど駄目だ。私は、自分の気持ちを自覚してから、涼くんが好きでたまらないみたいだ。ばくばくと音をたて始めた心臓を抑える。
「よっしゃ!良かった〜!」
ぱぁぁあ!と笑う涼くん。眩しすぎる。
「琢磨!仲直りできたー!」
涼くんが、キッチンに向かって大声で叫んだ。
「あっそ〜。そりゃ、良かったね〜。」
笑いながら、少し適当に答える琢磨さん。キッチンからはまだガチャガチャと琢磨さんがお皿を洗う音が聞こえた。
「ね、愛さん。」
「ん?」
小さい声で、涼くんが私に話しかける。
「オレのことさ…まだ返事しないでね。オレ、ちゃんと考えるから。」
「え。」
私の思考が止まった。どうしよう。ずっと自分の気持ちをはぐらかしていた私への天罰だろうか。彼の言葉で、私は彼への気持ちが、簡単には伝えられなくなってしまった。私はやっと涼くんのことを好きになったのに。