瞳が物語る

あいつの瞳は夢を見ている。
涼と出会ったのは…いつだったか。確か、小学生の頃にあいつが引っ越してきて、近所だからって母親と挨拶しに来た。小さくって可愛いってうちの母親が言ってたっけな。母親同士が仲良くなったのもあって、お互いの家に入り浸ることも多かった。あいつもなんだかんだ僕には心を許している気がした。

満遍なくなんでも出来るせいで、成長しても何をする気にもならない僕は、惰性で毎日を生きる。そんな中、突然、高校生の涼が「シンガーソングライターになる」と言い出した。誰にも言わず、金髪にした時は、流石に驚いたらしい涼の母親が、うちの母に二時間も愚痴を言っていた。僕は、そんな涼が羨ましかった。羨ましくはあったけど、僕自身に特にやりたいこともなく、ただ、何かを追い求める涼を眩しく見ていた。就職もどこかを受ければ受かるだろう、そんな感じの日々。やりたいこともなく悩む僕に、当時バイトをしていた『charmée』の店長が声をかけてくれたのだ。「店を継がないか?」と。一度、話を持ち帰った。なぜか、母より先に、涼にその話をした。涼はうれしそうに「いいじゃん!オレ、通うわ!」と言って、笑った。自分が選ぶ就職先より、自分を選んでくれた『charmée』の店長、という道に魅力を感じ、結果、僕は『charmée』を継いだ。涼の眩しさには敵わないけど、小さな僕の光。『charmée』は僕にとって大切な居場所だ。

宣言通り『charmée』に通う涼。「シンガーソングライター」という夢を見るその瞳は、髪色と同じようにキラキラと輝いている。その姿は、相変わらず僕には眩しすぎた。
そんなある日、突然、夢を見ているこいつの瞳が、別のものを、人を、映した。彼女に恋した涼の瞳は、夢を見ているときと同じくらい熱を浮かべている。
「涼が、シンガーソングライターになる夢と同じくらい欲する人」。そう考えると、何か、僕の中で仄暗い感情が芽生えるのを感じた。お前を夢中にさせるこの子、そんなにいいの?そんなに魅力的なら取ってしまおうか。お前はいいじゃん。夢中になれるものが別にもあるんだから。僕がずっと羨んでいた涼が、必死になって欲しているものを、僕が欲しい。そう考えたときに、ぞくりとした。それは、自身の中にずっとあった暗い感情への恐怖と、自分が何かを欲するという感情への期待。こんなものは、仕舞っておかなければいけない。愛さんと涼が、この『charmée』で出会ってしまったことで、見つけた僕のパンドラの箱。それを僕は、クリスマスの夜に、ついに開いてしまったのだ。

力なくソファーに座る愛さんを見る。じわりじわりと仄暗い感情が、僕をつついた。
「愛さんはさ、涼のこと、どう考えてるの?自分のことを好いてくる子ども?」
僕の言葉に、愛さんは苦しそうに表情を歪めた。
「20歳超えてないんですよ…?もっと色んな人に出会って、色んなもの見て…そうなったら私なんて、どうでも良くなります。」
「でも、涼に僕とのことを勘違いされて、誤解されてたら嫌なんだ?」
「それは…」
僕の質問に、不安気に瞳を揺らす彼女の横にしゃがんで、スッと視線をあわせる。
「ねぇ、愛さん。」
あいつが夢中になっている瞳が、僕に向いた。そう思うと、喉奥がじりじりした。ついに、仄暗い感情は、僕の喉元に手を伸ばす。…パンドラの箱が開く。
「……僕に、しとく?」
口から出た言葉。なんて悪くて良いタイミング。その言葉を聞いた彼女は僕の目をじっと見た。涼のように輝けない僕は、暗い箱から手を伸ばすような気持ちだった。僕の感情は、『災い』そのものだ。