瞳が物語る

「や〜ほんと、助かったよ!」
カフェで休憩した後、もう少し雑貨を見て『charmée』に立ち寄る。
「はい。ありがとう。」
私から荷物を受け取りながら笑う琢磨さんは、かなり満足そうだ。
「ほんと感謝しろよ…。」
大荷物を持った涼くんは、ぐったりとしながら言った。
「ミニツリーは今から出そうかな。」
「あ、私も手伝いますよ。」
琢磨さんが雑貨を飾り始めたので、私もオーナメントを袋から取り出した。
「じゃあ、ツリーは二人に頼もうかな。僕はこっち。」
製菓用品の袋を持ってキッチンに行った琢磨さん。涼くんと二人でミニツリーの飾り付けを始める。
「ミニツリーにしては飾り多くね?」
「カラフルな方が可愛いから、いっぱいつけちゃお。」
そんなことを話しながら、飾り付けをしていた。ふと、静かだなと思って涼くんを見ると、オーナメントをつついたり、付け直してみたり。何をしてるんだ。
「涼くん?」
「あのさ〜…」
涼くんはこっちを見ずに、オーナメントを手にしたまま、話しかけてきた。
「うん?」
「クリスマスの夜、ライブあんだよ。何回か歌うんだけど、オレの出番、最後らへんにあって…。」
「そうなんだ。」
「だからさぁ…来てくんない?」
「え⁉︎」
びっくりしてミニツリーの一部を毟ってしまった。慌てて葉っぱを戻す。
「一曲、最後のだけでいいから。愛さんの会社の近くでやってるし…。」
涼くんは、やっと私の方を見る。ポケットに手を入れたと思ったら、何かを取り出した。それを、私の手に握らせる。それは、くしゃっとなったチケット。裏には、なぜか星が書いてあった。折れた部分を指先でおさえて伸ばす。
「ごめん。今日、いつ言えばいいのか分からなくて、ずっとポケット入れてた。」
「え、いや…。」
申し訳なさそうに言ってくるから、反応に困ってしまった。頬を赤くして、腕で顔を隠す涼くん。耳まで真っ赤だ。いつもの涼くんと違ってて、調子が狂う。
「愛さん、仕事終わりだし…オレのわがままって分かってんだけど…来て欲しい。」
そう言って、まっすぐ私を見た。その目は一生のお願いなのかと思うほどの強さで。
「わ、分かった…仕事終わったら、行くね…。」
ぽそぽそと小さい声で返す。
「ほんと⁈」
涼くんが、ぱっと顔を輝かせた。安心したようにその場に座り込む。
「誘ってよかった〜…。」
はぁ〜と安堵のため息をついてから、私を見上げた。
「ちなみに、それってさ…。来てくれるってことは、オレのこと好きになり始めてるって…期待しちゃっていいんだよね?」
コテン、と首を傾げなから、上目遣いで私を見てくる。そんなの、困ってしまう。
「え、えぇ〜?えっと、ほら、涼くん、ツリーの星、まだだよ?一番いい飾りだから、譲ったげるね?」
目を泳がせながら、誤魔化しにもならない誤魔化しをする。私とは違う世界って感じで、年下の男の子で、それでも私を見ている人。私も私の気持ちがわからない。時間が欲しい。私の様子を見て、ふぅん、と涼くんは口を尖らせた。
「まぁ、いいけど。愛さん、オレのこと子ども扱いしすぎな?」
そう言って、涼くんは立ち上がる。私が差し出した星を手に取ると、てっぺんに飾った。私、涼くん、ツリーの星の視線がほぼ同じになる。
「クリスマスは、ライブでオレに見惚れてよ。」
ニッと笑う涼くんは、いつも通りの自信満々の姿で。キラキラと光るツリーの星は、まるで涼くんみたいだな、なんて柄にもなくロマンチックなことを思っていた。

クリスマス当日。
「やばい…!」
社会人の私にはサンタクロースなんて来ない。無情にも会社につくとデスクには仕事が山積みだった。
「というか、なんでこんなことに…?」
「今朝、クライアントが急に要望を変えて…でも納期は早めてほしいって依頼があって…!担当営業がそのクライアントに全部『イエス』で答えたからです…!」
私のつぶやきに、半泣きの後輩が返す。
「とりあえず、今日までに資料を作りきって、明日朝イチで、担当営業とクライアントと打ち合わせか…」
痛くなる頭を抱えて、カタカタとキーボードを叩く。その音がズキズキと頭痛に響いてる気がした。今日、間に合うだろうか。手帳に挟んだチケットを見る。おそらく涼くんの出番は、21時より少し前。目の前の仕事を見てから、腕まくりをして、頭痛薬を飲んだ。それは、最悪の一日の始まりだった。

「お、終わった…。」
カチ、資料をまとめ終わったマウスが小さく音を立てた。
「よかった〜!本当にお疲れ様です!お昼も食べられなかった…。」
後輩が泣き崩れるのを隣に、バタバタと片付ける。
「はぁ〜…先輩、ご飯行きませんか?もうお腹ぺこぺこで…」
「ごめん!用事があるから‼︎」
「おぉ⁈分かりました!先輩もふらふらなんだから気をつけてくださいね⁉︎なにか知らないけど、ファイトです!」
私は、後輩の応援を背に受けながら、勢いよく会社を飛び出した。腕時計を見る。『20:31』という表示が私を焦らせた。クリスマスのせいか、空車のタクシーが見当たらない。タクシーを捕まえるより、走る方が早い気がする。
「こんなの学生以来だよ…!」
全力で足を動かす。歩けば25分という距離。どうか間に合って。私は、周りの人が驚いて見てくるのなんて気にせず、ただ一心に走ったのだった。

「はぁ…はぁ…すみません、これ…。」
「だ、大丈夫ですか?」
会場の受付。私は、なんとか21時より前に、会場に辿り着いた。崩れ落ちながらもチケットを渡す私をスタッフが心配する。
「ギリギリに申し訳ないです…。」
「いや…あ!あぁ、どうぞ、あちらです。」
チケットをもぎったスタッフが、私をじっと見てから会場の一部を指さす。そこは舞台上を少し上から見ることが出来るような。
「関係者席?」
スタッフに聞くと、にこっと笑って頷かれた。
「涼が一人分だけチケット持っていったって聞いてまして。目印書いとくから、来たら、あそこにって。」
ピラッとチケットの裏の星のマークを見せられる。これはそういう意味だったのか。おそらく、他の出演者のご家族とかも呼ばれている、椅子の置いてある場所。近くはないけど、よく見えるだろう。
「じゃ、じゃあ…。」
こんなの初めてだ。盛り上がる会場の後ろで、階段から登って座席に行く。隣のご婦人が小さくお辞儀をしてくれたので、私もお辞儀をして、席に座った。会場が暗くなる。もうほぼ最後だ。私は間に合ったのだろうか。静かな時間のあと、スポットライトが眩しく光った。その瞬間、私は安堵する。光で輝く金髪。涼くんだ。私がいつも見ていたプリン頭は、綺麗に染め直したらしい。キラキラ光の粒が飛ぶような舞台上。そっと目を開いた彼がこっちを見る。私も吸い込まれるように涼くんを見た。まるで引力が働いてるかのようだ。涼くんが、小さく目を見開いてから、口の端をあげる。ぐいっとギターを持ち直して叫んだ。
「よっしゃ!これがオレの最後の曲だぁぁあ‼︎盛り上がんぞ!」
「「「きゃぁぁぁぁあ‼︎」」」
歓声が聞こえる。涼くんが、歌い始めた。青くって眩しくって、ちょっとひねくれててかっこいい涼くんらしい歌。大人の私には青春すぎてなんだか、胸が苦しくなるようだった。のびやかな声が会場に響き渡る。暗い会場で、涼くんの金髪と汗がキラキラと反射した。その様子は星空のようだ。少し眩しすぎるけど。ライトに照らされて逆光になり、涼くんの表情が見えなくなる。少し横を向いて歌う涼くん。逆光のせいで、シルエットになっていて、それが高い鼻を強調していた。フェイスラインを滴る汗さえ、魅力的だ。きゅう…と心が音を立てた気がした。力一杯歌う涼くんが、ニッと笑うと、黄色い歓声があがった。客席を見る。会場で盛り上がる女の子たちは、涼くんのファンなんだろうか。楽しそうに熱のこもった目で、涼くんを見ている。ふと、ぼろぼろのスーツ姿の自分が気になった。ストッキングが伝線していることにも気づいて、なんだか場違いな気がした。涼くんの曲が、盛り上がれば盛り上がるほど、涼くんと自分の不釣り合いさが際立つ気がして、涼くんの曲が終わり、次の人が歌う頃には、私は少し心がしょんぼりしてしまっていた。
「あなた、血が出てない?」
小声で隣のご婦人が声をかけてきた。
「え?」
指をさされて、かかとを見ると血が出ている。普段は走らないのにヒールで走ったからだ。
「待ってね。絆創膏持ってるわよ。」
ご婦人が鞄を開けた。
「大丈夫です!もう、帰るので…」
「あら、そう?」
こくこくと頷いて、こっそり席を立つ。最後までいれなくてごめんなさい、そう思いながら会場の出口に行く。
「あれ?涼に会っていかなくていいんですか?」
チケットをもぎってくれたスタッフに声をかけられる。
「あ…はい。」
困り顔のまま笑うと、スタッフが、あっと声を出した。
「まぁ、涼、人気だから終わっても中々話せないですもんね!お姉さんならお家でも話せるか!」
涼くん、やっぱ人気なんだな。『お姉さん』、か。私は涼くんの姉だと思われたのかな。全部、誰も悪くないのに、私の心は完璧に折れてしまって。ひょこひょこと血の出たかかとを庇いながら、帰り道を歩いた。