『いきなり走ってったけど、どした?』


 俺は手にしたスマホを凝視していた。その眉間に思わず力が籠るのも無理はない。


「ぜんっぜん返信ねぇし。つーか既読にすらなんねぇし」

 俺のそのボヤキを聞いて、隣を歩いていた幼馴染の芽留(める)はゲラゲラと品の無い笑い声を立てた。

「ぎゃははははっ! 相変わらず超絶嫌われてんなぁ〜」

「は? 嫌われてねぇし! さっき俺はあの子となぁ・・」

 その言葉を呑み込んでしまったのは、何も言わずに突然逃げ去ったあの子の後ろ姿を思い出したから。

 『付き合う』って話したのは・・ありゃマボロシ〜ってか?


「あの子と?」

「・・うん。明日もっかい確認してから言うね」

「なんだそれ??」

 芽留はまたギャハハと笑った。

「つーか、あんな走って逃げるって。なのに昨日みたいに突然ビシッと言いたいこと言うとか、ひまりんマジおもろいな。昨日思わずかっこよ。て呟いちゃったもんアタシ」

「昨日のことはもう言うなよお前! 鬼か!」

「あははは一生言うし。笑いにした方が救いでしょ。確かに央のあの、『俺はいつでもお前のコト気にかけてるぜ!』的なあれ、しゃしゃっててキモかったもんなー」

「え? まって俺ってそんな?」

「うん。しゃしゃりヒーロー」

「恥っっっず!!」

「ま。央はいつもあいつの世話焼いてるから、もうお節介するの癖なんじゃない? それに連絡先交換してくれたってことは、ワンチャンあるんじゃん」


(・・そんなキモかったのか俺・・)



 ────クラスメイトの春日陽葵は俺が話しかけるといつも、嫌そうな顔をする。

 なんでだろ? 自慢じゃないけど俺、小中と割と人気者ポジなんだが?? 

 俺なりに春日との距離を詰めようとしてきた。だけどあの子は益々壁をつくるばかりで。だけど昨日あの時に、はっきりと気がついたんだ。


"迷惑以外の何ものでもないですから"


 近づこうとすればするほど嫌われる。この娘と俺は、決定的に合わないんだって。それに陽葵がよく見つめていたのは、俺ではなく────。


 なのになんだよ突然さっきの。
 消しゴムに俺の名前書いて持ち歩くとか・・


(意味わからんし・・!!)



 そりゃ浮かれるだろ。でももしかしてさっきの俺、浮かれすぎてまたキモかった? わーやばいどうしよう恥ずかしくなってきた。

 
 結局あいつからメッセの返信があったのは二時間後。


『すみません。急用を思い出しまして』


 な訳ねーだろ。


「つーか・・それだけ?」


 『付き合おう』って話した直後のメッセ、それだけ? お前『嫌だ』ともなんとも言わなかったよな??


「はぁ・・」


 マジで意味わからんし・・








 朝、校門前であの子の姿を見つけた俺は、迷いなくそこに特攻した。

 結局一人であれこれ考えてても埒あかねぇし。噂で〜とかメッセの感じが〜とかグダグダ言ってる奴は多いけど、相手の思ってることはその相手に直接聞かんと絶対に分からないと俺は思ってる。


「陽葵!」


 俺がガッと肩を捕まえると、あの子はビクンと肩を飛び上がらせて、こちらを振り返った。そこにあったのはやっぱり、彼女の怯えた様な目。


 あ。
 まただ。この顔────。



「お・・お昼にあの渡り廊下にいます!」



 ────ん??


 あの子はそれだけ言うなり、また脱兎の如く俺の前から走り去った。


「はぁ!? ちょっと待っ・・」


 俺は唖然と走っていく彼女の後ろ姿を見送った。でも・・。


「誘われた・・よな・・?」