ヒートのスタートを告げるブザー音が響き、俺達は同時にパドルを始めた。目指すポジションは同じ、競技開催エリアの中央付近で割れやすいレギュラーの波。ゼッケンの色は俺が赤、夏樹が青。最初のプライオリティは夏樹が持っている。
しかしゲットして波待ちを初めてしばらく、夏樹は更に沖へ向かってパドルを始めた。
(夏樹が沖に・・てことは)
セットが来る────。
夏樹は異常に、『感じ』がいい。
素人目には同じ波に見えても、全ての波はパワーも崩れ方も違う。良いライディングをするには波を選ぶ能力は必須。夏樹のスコアが安定しているのは、しっかり良い波を選んで乗っているからに他ならない。
度々世界のトップサーファーにビッグウェーブを掴めた理由を尋ねる記者がいるが、ある者は「波の割れる場所で光のリングが見える」と言い、またある者は「海亀が迎えに来た」と話す・・そういうスピリチュアル的な話が飛び出すのはそう珍しくもない。当然だがそれは本人のみに理解できるものであって、他者にとって参考になる類いのものではない。
サーフィンとはどれだけ海に馴染み、どれだけ深く海を理解しているか────そういうスポーツ。正直今の俺では、幼い頃からひたむきに海と向き合ってきた夏樹には到底及ばない。
ただ・・波に乗ったあとのライディングだけを切り取れば、俺の方が上・・!
俺は夏樹の後を追って沖へと移動した。セットは大きな波が数回、立て続けに訪れる。つまり一本目の波を夏樹に譲れば、二本目の波は確実に掴める。ただ勝負は二本の波の合計スコア。一本目は夏樹のおこぼれで運良くセットの波を掴めても、15分の間に二度もセットが来る可能性はほぼ無い。つまり二本目は自分でなんとかしなければいけないという事で。
無難なライディングでは夏樹に勝てない。ここはスコアを伸ばせる可能性のあるこのセットの波で、駄目元でも大技を狙うしか・・!
姉に連れられ俺達が大洗に来たのは昨日の早朝の事。何故ならこのビーチの特徴を少しでもつかまなくてはならないから。そこで俺が練習をしていたのはエアリアル────加速した勢いで空中へ飛び出す大技で、小波のコンディションでも高得点を狙える唯一のパフォーマンスだ。しかしまだ一度も着地に成功したことは無い。当然だが着地に失敗すれば配点はこないから、不完全な技をいきなり競技で試す奴なんかいない。だけど俺は、このくらいの大技を決めなくてはきっと夏樹に勝てない。
そんな俺の前に現れたのは、あの男────。
「・・前足のね、引きつけ方が甘いよ」
草加部吾一 ────夏樹とのスポンサー契約を検討しているFDDの代表。
「スター選手は皆、座り込むくらい膝曲げてるでしょう。ポイントはね、先に前足をしっかり曲げておくんだよ。回転を入れるときに後ろ足で蹴り込むと、その反動で板が前足に付いてきてくれる。・・分かる?」
夏樹をプロにしたい筈のあの男が、何故こうして障害となり得る俺にまでそんなアドバイスをするのか。いまいち読めない男ではあるが・・今の俺は藁をも掴まなくてはならない状況だ。波はもうすぐそこまで迫っている。迷っている時間はない。俺にはエアリアルで一発逆転を狙うしか活路は無い────!
【ゼッケン青、汐見夏樹選手の一本目】
夏樹がテイクオフしたそのすぐ後、俺も次に続くセットの二つめの波に合わせて、パドルを開始した。
【続いて赤の汐見央選手もテイクオフします】
集中しろ────俺の全てをこの一本に賭ける・・!!
板が滑り出す感覚。テイクオフするときに足を置く位置がブレないようには印を付けて嫌ってほど練習してきた。崩れる波を追い越す様に加速し、一気にボトムへ降りる。そのスピードを殺さぬ様にしっかり重心を傾けレールを入れる。そして目指すはパワーを溜め込み今にも崩れそうな波のリップ。
ボトムで後ろ足に体重をかけ力を込めると、その反動で一気に跳ね上がる感覚。オフザリップのときはすぐに回転を入れるが────もっと先の、空へ・・。
跳んだ。
心地よい浮遊感と、集中で音が無くなる感覚。
ここまでは何度か経験している。問題はこの先。身体の垂直を保つ為に上半身は伸ばさず身体を折って板から離さない。着地の衝撃を吸収するため膝は柔らかく。そしてあの男のアドバイスに習い、前足を十分に折って身体に近づけ、ほぼ同時に後ろ足を蹴り込むと身体は反転したが・・あの男の言った通り、板は身体の真下に滑り込むように前足にぴったりと付いてきた。
いける────!
もう夢中で、着水した。なんとしてもボードから落ちるな、耐えろ俺! 衝撃を吸収するためにしゃがみ込むくらいに膝を曲げると、しかし・・
逆にしゃがみ過ぎたのかバランスを崩し、後ろへ倒れそうになってしまった。
(────ヤバい・・落ちる!!)
しかしゲットして波待ちを初めてしばらく、夏樹は更に沖へ向かってパドルを始めた。
(夏樹が沖に・・てことは)
セットが来る────。
夏樹は異常に、『感じ』がいい。
素人目には同じ波に見えても、全ての波はパワーも崩れ方も違う。良いライディングをするには波を選ぶ能力は必須。夏樹のスコアが安定しているのは、しっかり良い波を選んで乗っているからに他ならない。
度々世界のトップサーファーにビッグウェーブを掴めた理由を尋ねる記者がいるが、ある者は「波の割れる場所で光のリングが見える」と言い、またある者は「海亀が迎えに来た」と話す・・そういうスピリチュアル的な話が飛び出すのはそう珍しくもない。当然だがそれは本人のみに理解できるものであって、他者にとって参考になる類いのものではない。
サーフィンとはどれだけ海に馴染み、どれだけ深く海を理解しているか────そういうスポーツ。正直今の俺では、幼い頃からひたむきに海と向き合ってきた夏樹には到底及ばない。
ただ・・波に乗ったあとのライディングだけを切り取れば、俺の方が上・・!
俺は夏樹の後を追って沖へと移動した。セットは大きな波が数回、立て続けに訪れる。つまり一本目の波を夏樹に譲れば、二本目の波は確実に掴める。ただ勝負は二本の波の合計スコア。一本目は夏樹のおこぼれで運良くセットの波を掴めても、15分の間に二度もセットが来る可能性はほぼ無い。つまり二本目は自分でなんとかしなければいけないという事で。
無難なライディングでは夏樹に勝てない。ここはスコアを伸ばせる可能性のあるこのセットの波で、駄目元でも大技を狙うしか・・!
姉に連れられ俺達が大洗に来たのは昨日の早朝の事。何故ならこのビーチの特徴を少しでもつかまなくてはならないから。そこで俺が練習をしていたのはエアリアル────加速した勢いで空中へ飛び出す大技で、小波のコンディションでも高得点を狙える唯一のパフォーマンスだ。しかしまだ一度も着地に成功したことは無い。当然だが着地に失敗すれば配点はこないから、不完全な技をいきなり競技で試す奴なんかいない。だけど俺は、このくらいの大技を決めなくてはきっと夏樹に勝てない。
そんな俺の前に現れたのは、あの男────。
「・・前足のね、引きつけ方が甘いよ」
草加部吾一 ────夏樹とのスポンサー契約を検討しているFDDの代表。
「スター選手は皆、座り込むくらい膝曲げてるでしょう。ポイントはね、先に前足をしっかり曲げておくんだよ。回転を入れるときに後ろ足で蹴り込むと、その反動で板が前足に付いてきてくれる。・・分かる?」
夏樹をプロにしたい筈のあの男が、何故こうして障害となり得る俺にまでそんなアドバイスをするのか。いまいち読めない男ではあるが・・今の俺は藁をも掴まなくてはならない状況だ。波はもうすぐそこまで迫っている。迷っている時間はない。俺にはエアリアルで一発逆転を狙うしか活路は無い────!
【ゼッケン青、汐見夏樹選手の一本目】
夏樹がテイクオフしたそのすぐ後、俺も次に続くセットの二つめの波に合わせて、パドルを開始した。
【続いて赤の汐見央選手もテイクオフします】
集中しろ────俺の全てをこの一本に賭ける・・!!
板が滑り出す感覚。テイクオフするときに足を置く位置がブレないようには印を付けて嫌ってほど練習してきた。崩れる波を追い越す様に加速し、一気にボトムへ降りる。そのスピードを殺さぬ様にしっかり重心を傾けレールを入れる。そして目指すはパワーを溜め込み今にも崩れそうな波のリップ。
ボトムで後ろ足に体重をかけ力を込めると、その反動で一気に跳ね上がる感覚。オフザリップのときはすぐに回転を入れるが────もっと先の、空へ・・。
跳んだ。
心地よい浮遊感と、集中で音が無くなる感覚。
ここまでは何度か経験している。問題はこの先。身体の垂直を保つ為に上半身は伸ばさず身体を折って板から離さない。着地の衝撃を吸収するため膝は柔らかく。そしてあの男のアドバイスに習い、前足を十分に折って身体に近づけ、ほぼ同時に後ろ足を蹴り込むと身体は反転したが・・あの男の言った通り、板は身体の真下に滑り込むように前足にぴったりと付いてきた。
いける────!
もう夢中で、着水した。なんとしてもボードから落ちるな、耐えろ俺! 衝撃を吸収するためにしゃがみ込むくらいに膝を曲げると、しかし・・
逆にしゃがみ過ぎたのかバランスを崩し、後ろへ倒れそうになってしまった。
(────ヤバい・・落ちる!!)