大変なものを見てしまった・・。


 陽葵の手に口づける夏樹と、その前で顔を赤らめる陽葵の姿────・・



 え? 陽葵来てたん? 俺ぜんぜん知らんかったけど。

 え? 夏樹の応援てコト? もしかして勝った方がどうとかって言う以前に、あいつらの中ではもう始まっちゃってたりする??



 やばい────・・・・すげぇ辛いかも。


 待て待て。しかも夏樹はスポンサー契約もかかってるんだぞ。俺が勝っちゃったりなんかしたらその話も無くなったりとかして、父さんにも姉ちゃんにも「何してくれてんだ」って引かれるのでは?


 まずい。俺の空気読む癖が・・

 でもどう考えてもこの状況、俺が負けた方が全てにおいてイイよな。

 夏樹は勝ってプロサーファー資格手に入れて。好きな子との恋も成就して、スターダムへ・・

 俺ってアイツが主人公の物語の、超当て馬キャラじゃね? いや、そんな感じは昔からあったけどさ。俺ってば何を血迷って、あいつに張り合おうとかしてるんだろう────・・



「央」


 呼ばれた声に気づいて俺は振り返った。


「・・姉ちゃん」


 そこに居たのは姉の渚だった。歳の離れたしっかり者の、だけど血の繋がりの無い姉は、いつになく真面目な表情で俺にこう言った。


「負けんじゃないわよ」


 そう睨まれて俺は動揺して姉ちゃんから目を逸らした。まるで心の中を見透かされたような気がして。なんだってこいつはこう、いつも痛いとこ突いてくるんだろ。


「まぁ・・やれるだけのことはやるよ・・」


 正直俺と夏樹じゃ順当にいけば夏樹の勝ちだ。それはスコアにも現れてる。夏樹は第1第2ラウンド、共にトップスコアだし。そう、俺が無駄に足掻いたりせず、順当にさえいけば・・


「あんたの着てるその新しいウェットスーツね、陽葵ちゃんからのプレゼントよ」

 ────・・


「は・・?」


 姉の突然のその言葉に俺は驚きすぎて、逸らしていた視線を戻してあいつの顔を見た。

 それは・・どういう・・?


「コンテストで受賞したのよ彼女。その賞金をあんたの為に使って欲しいって預かったの。父さんには私からって言ってあるけどね」


 な────・・


「なんで・・」

「あの作品はあんたの為に書いたものだからって。今商業化の話が進んでるけど、少なくともあの作品の印税に関しては、あんたの為に使いたいって。あんたのスポンサーになりたいんですって」



"将来の収入のことなら私が頑張りますから!"



 前に陽葵が言った言葉が脳裏をよぎった。

 なんでだよ・・なんで今になってもそこまでするんだ・・?

 一方的に別れるって言ったのは俺の方なのに・・


「あんた、読んだの? あの作品」

「え・・いや、まだ・・」

「良かったわよ。・・間違いから始まる、本当の恋の物語」






◇◆◇◆◇◆



 ────なぁ、夏樹・・。


 なんだかんだお前はいつだって正しくて

 俺はいつだって間違えてばかり。


"考え直したら? 随分つまんない理由で別れたみたいだけど"


 お前の言う通りだな。陽葵のことだってサーフィンのことだって、結局諦めきれないのに遠回りして。



【それでは、第二ヒートの両選手はエントリーして準備をお願いします】


 そんなだからお前にも愛想尽かされるのかもしれないけど────。



 浜で俺を待ち構えていた夏樹は相変わらず揺るぎない瞳で俺を見据えた。子供の頃から変わらない、俺の憧れてた真っ直ぐな瞳。

「悪いけど俺は相手が央でも負けるつもりないから」


 ・・俺はもう間違えちゃいけない。
 

 俺に愛想を尽かした?
 いや・・違うよな。


 お前は多分ずっと────俺に『負けるな』って言ってる。

 お前だけじゃなくて、父さんも姉ちゃんも、そして・・陽葵も。俺はちゃんと皆に想われている。それを信じられないのは全部俺が弱いせいで。


 そうなんだよな・・?



「・・お前がそこまで言うなら本気でやってやるよ・・」


 俺は真っ直ぐに俺に向けられた夏樹の視線に、強い睨みを返した。


「後で泣くことになっても、もう知らねーからな!」


 俺がそう凄むと、あいつはその見慣れた美貌に微笑を浮かべた。



「望むところ」




【それでは、第二ヒート、スタートです!】