────二月。
『貴方様の作品が受賞致しました。この度は誠におめでとうございます。つきましては下記URLに必要事項をご記載のうえご返信頂きますようお願い申し上げます』
私はメールボックスに届いた文面を確認して、PCの前でただ画面を眺めていた。
何でなんだろう。
こういうときだけ、こんな・・
これではまるで────央君との思い出を金に変えたみたいだ・・。
私はメール末尾に記載されていた連絡先をスマホに打ち込んだ。しばらくするとコール音が鳴る。
「すみません。私、コンテストで受賞をしたひまわりという者ですが・・恐れ入りますが、そちらに汐見渚さんはいらっしゃいますでしょうか・・」
◆◇◆◇◆◇◆
四月に入り、私は二年に進級した。新しいクラスに央君の姿は無い。私は一年前と相も変わらず、休み時間に一人無言で窓の外を眺めている。
だけどそこに探している人は以前と違う。今はただ遠くから眺める事しか出来なくなってしまった、大好きな人────。
そして進級間もない四月二十一日。運命の日はやって来る。
早朝から電車を乗り継ぎ約三時間。駅に降りると、この土地を舞台に描かれたアニメのポスターや等身大パネルが飾ってあるのが見えた。聖地巡礼のスポットなのだろうか。
一つしかない改札を出てすぐのロータリーに、白いファミリーワゴンが止まっている。私が車の様子を伺いながら恐る恐る近寄って行くと、こちら側の車の窓が開いて、中から眼鏡をかけた知的な印象の美女が顔を出した。
「陽葵ちゃん!」
央君と夏樹君の姉・汐見渚さんは、今日も美しい顔に笑顔を見せた。
「おはようございます渚さんっ・・! すみません、わざわざ迎えに来て頂いて」
「すぐ近くだから大丈夫よ。ごめんね最寄り駅までしか来られなくて。遠かったでしょう?」
「と、とんでもない! すごく有難いです!」
────今日は日本サーフィン連盟が開催するプロツアー初戦。そしてその前に同時開催となる、プロトライアルの日。開催地となる茨城県の大洗海岸は、駅から車で30分程のところにある夏は海水浴場指定もされる広いビーチで、関東圏ではメジャーなサーフスポットであるという。お店がある亮司さんに代わって渚さんは昨日から泊まりで二人に付き添っているのだそうだ。トライアルの映像は動画配信もされるため家でも見る事は出来るのだけど・・渚さんのご厚意に甘えて、私は現地へとやって来たのである。
央君達三人の夢を叶える為の大舞台────やっぱり直接見てみたい・・!
競技サーフィンは参加者のライディングに付される評点を競う競技。このトライアルに関しては四人ずつ15分間でヒートと呼ばれる試合を行い、ベストスコア二本の合計点が高い上位二名が次のラウンドへと駒を進める事が出来る。プロ資格を得る為には最終ラウンドを勝利し、更にこの後開催されるプロツアー本戦で第二ラウンドまで勝ち上がらないといけない。
「結構な難関ですよね・・」
「そうね。プロの中に混じっても一勝はしなきゃいけないし。ただ1ウェイブで7点以上、もしくはベスト2ウェイブの合計が11点以上を出せば勝ち上がり関係なくプロ資格を得られるという抜け道もある。どちらかと言えば、こっちの条件の方が可能性はあるかもね。まぁ、これはその日の波の影響も大きいから、運みたいなものだけど」
「そうなんですか?」
「そう。大波の日を引き当てれば可能性は充分あるけど、小さい波ではなかなか目を引く様なライディングを見せるのは難しい。波の割れる位置が深さと関係している事は知ってるわね?」
「はい」
「つまり小波はインサイドに近い位置で割れるから、浜へ到達するまでの距離が短いという事よね。この間にトップターンやカットバックといった技を何度も入れるのは極めて難しい。小波はパワーも無くて加速するのも一苦労だしね。結果として上手い選手でも高い配点を得るのは難しくなるの」
「今日の波は・・どうなんでしょう」
「・・腿から腰くらいの高さ・・。超ではないけど小波のコンディションね。セットなら腹くらいまであるって感じかしら」
セット──── 一定の間隔でやってくる、二、三本まとまって到達する大きめの波のこと。小波コンディションにおいて、上級サーファーはセットのみを狙うというのが定石らしい。しかし競技において、これはなかなか難しいのだと渚さんは言う。
「この波で7点以上を出すのは現実的ではないわね。2ウェイブで11点以上という条件も、5.5ポイント以上の高スコアを2本出さなければならないと考えると、セットの波を狙わないと難しい。だけど15分という時間の中では、一度もセットが来ないこともある。つまりセットを狙って沖にばかり居ると、結果として一本も乗れないうちにヒートが終了してしまうって事もよくある話なのよね。かと言ってインサイドに配置してしまうと、得点を伸ばせる可能性のあるセットの波を掴まえるのは難しい。なかなか考えものよね・・」
なるほど・・単純な実力以外にも、どこに配置するかという戦略的な要素もあるってことか・・。競技サーフィンとはなかなか奥が深いものらしい。
大洗海岸へと着くと、海岸に建てられた横断幕と、運営本部とみられるテントが見えて、それを中心に人が屯しているのが見えた。既に第一ラウンドのヒート表が発表になっていたので、私達も本部前に張り出されていたヒート表を確認した。夏樹君は第2ヒート、央君は第8ヒートに組み込まれており、念の為それを写真におさめておいた。開催時間が近づいてくると、練習で海に入っている選手に対して海から上がるように指示するアナウンスが流れ、周囲には物々しい雰囲気が流れ始めた。
【第1及び第2ヒートの選手は、本部でエントリーをお願いします】
そのアナウンスを聞いて渚さんは、目に見えてソワソワし始めた。
「ごめん陽葵ちゃん。私ちょっと夏樹のところ行ってくる。あの子サーフィン以外の事に関しては、ちょっと頭足りなくて・・央とは喧嘩してるみたいだし、一人でちゃんと出来るか様子見てくるわ!」
「あ、はいっ。私のことは、どうぞお構いなく!」
渚さんはダーッと本部の方へ走って行った。夏樹君てなんか、みんなに心配されてるなぁ。確かにちょっと不思議な感じではあるけど、そんなに普段ぼーっとしてるのだろうか。
なんにせよ、第二ヒートでさっそく夏樹君の出番。しっかり応援せねば。央君だけじゃなく、夏樹君にも芽留ちゃんにも夢を叶えてもらいたい────。
「夏樹君・・頑張れ・・!」
『貴方様の作品が受賞致しました。この度は誠におめでとうございます。つきましては下記URLに必要事項をご記載のうえご返信頂きますようお願い申し上げます』
私はメールボックスに届いた文面を確認して、PCの前でただ画面を眺めていた。
何でなんだろう。
こういうときだけ、こんな・・
これではまるで────央君との思い出を金に変えたみたいだ・・。
私はメール末尾に記載されていた連絡先をスマホに打ち込んだ。しばらくするとコール音が鳴る。
「すみません。私、コンテストで受賞をしたひまわりという者ですが・・恐れ入りますが、そちらに汐見渚さんはいらっしゃいますでしょうか・・」
◆◇◆◇◆◇◆
四月に入り、私は二年に進級した。新しいクラスに央君の姿は無い。私は一年前と相も変わらず、休み時間に一人無言で窓の外を眺めている。
だけどそこに探している人は以前と違う。今はただ遠くから眺める事しか出来なくなってしまった、大好きな人────。
そして進級間もない四月二十一日。運命の日はやって来る。
早朝から電車を乗り継ぎ約三時間。駅に降りると、この土地を舞台に描かれたアニメのポスターや等身大パネルが飾ってあるのが見えた。聖地巡礼のスポットなのだろうか。
一つしかない改札を出てすぐのロータリーに、白いファミリーワゴンが止まっている。私が車の様子を伺いながら恐る恐る近寄って行くと、こちら側の車の窓が開いて、中から眼鏡をかけた知的な印象の美女が顔を出した。
「陽葵ちゃん!」
央君と夏樹君の姉・汐見渚さんは、今日も美しい顔に笑顔を見せた。
「おはようございます渚さんっ・・! すみません、わざわざ迎えに来て頂いて」
「すぐ近くだから大丈夫よ。ごめんね最寄り駅までしか来られなくて。遠かったでしょう?」
「と、とんでもない! すごく有難いです!」
────今日は日本サーフィン連盟が開催するプロツアー初戦。そしてその前に同時開催となる、プロトライアルの日。開催地となる茨城県の大洗海岸は、駅から車で30分程のところにある夏は海水浴場指定もされる広いビーチで、関東圏ではメジャーなサーフスポットであるという。お店がある亮司さんに代わって渚さんは昨日から泊まりで二人に付き添っているのだそうだ。トライアルの映像は動画配信もされるため家でも見る事は出来るのだけど・・渚さんのご厚意に甘えて、私は現地へとやって来たのである。
央君達三人の夢を叶える為の大舞台────やっぱり直接見てみたい・・!
競技サーフィンは参加者のライディングに付される評点を競う競技。このトライアルに関しては四人ずつ15分間でヒートと呼ばれる試合を行い、ベストスコア二本の合計点が高い上位二名が次のラウンドへと駒を進める事が出来る。プロ資格を得る為には最終ラウンドを勝利し、更にこの後開催されるプロツアー本戦で第二ラウンドまで勝ち上がらないといけない。
「結構な難関ですよね・・」
「そうね。プロの中に混じっても一勝はしなきゃいけないし。ただ1ウェイブで7点以上、もしくはベスト2ウェイブの合計が11点以上を出せば勝ち上がり関係なくプロ資格を得られるという抜け道もある。どちらかと言えば、こっちの条件の方が可能性はあるかもね。まぁ、これはその日の波の影響も大きいから、運みたいなものだけど」
「そうなんですか?」
「そう。大波の日を引き当てれば可能性は充分あるけど、小さい波ではなかなか目を引く様なライディングを見せるのは難しい。波の割れる位置が深さと関係している事は知ってるわね?」
「はい」
「つまり小波はインサイドに近い位置で割れるから、浜へ到達するまでの距離が短いという事よね。この間にトップターンやカットバックといった技を何度も入れるのは極めて難しい。小波はパワーも無くて加速するのも一苦労だしね。結果として上手い選手でも高い配点を得るのは難しくなるの」
「今日の波は・・どうなんでしょう」
「・・腿から腰くらいの高さ・・。超ではないけど小波のコンディションね。セットなら腹くらいまであるって感じかしら」
セット──── 一定の間隔でやってくる、二、三本まとまって到達する大きめの波のこと。小波コンディションにおいて、上級サーファーはセットのみを狙うというのが定石らしい。しかし競技において、これはなかなか難しいのだと渚さんは言う。
「この波で7点以上を出すのは現実的ではないわね。2ウェイブで11点以上という条件も、5.5ポイント以上の高スコアを2本出さなければならないと考えると、セットの波を狙わないと難しい。だけど15分という時間の中では、一度もセットが来ないこともある。つまりセットを狙って沖にばかり居ると、結果として一本も乗れないうちにヒートが終了してしまうって事もよくある話なのよね。かと言ってインサイドに配置してしまうと、得点を伸ばせる可能性のあるセットの波を掴まえるのは難しい。なかなか考えものよね・・」
なるほど・・単純な実力以外にも、どこに配置するかという戦略的な要素もあるってことか・・。競技サーフィンとはなかなか奥が深いものらしい。
大洗海岸へと着くと、海岸に建てられた横断幕と、運営本部とみられるテントが見えて、それを中心に人が屯しているのが見えた。既に第一ラウンドのヒート表が発表になっていたので、私達も本部前に張り出されていたヒート表を確認した。夏樹君は第2ヒート、央君は第8ヒートに組み込まれており、念の為それを写真におさめておいた。開催時間が近づいてくると、練習で海に入っている選手に対して海から上がるように指示するアナウンスが流れ、周囲には物々しい雰囲気が流れ始めた。
【第1及び第2ヒートの選手は、本部でエントリーをお願いします】
そのアナウンスを聞いて渚さんは、目に見えてソワソワし始めた。
「ごめん陽葵ちゃん。私ちょっと夏樹のところ行ってくる。あの子サーフィン以外の事に関しては、ちょっと頭足りなくて・・央とは喧嘩してるみたいだし、一人でちゃんと出来るか様子見てくるわ!」
「あ、はいっ。私のことは、どうぞお構いなく!」
渚さんはダーッと本部の方へ走って行った。夏樹君てなんか、みんなに心配されてるなぁ。確かにちょっと不思議な感じではあるけど、そんなに普段ぼーっとしてるのだろうか。
なんにせよ、第二ヒートでさっそく夏樹君の出番。しっかり応援せねば。央君だけじゃなく、夏樹君にも芽留ちゃんにも夢を叶えてもらいたい────。
「夏樹君・・頑張れ・・!」