夏休みが終わり、新学期がやって来ました。
私は相変わらず────一人で過ごしています。
踊ってみた動画撮るとか映えスポットでなりきり写真撮るとか・・そんなノリにはやっぱりついていけないし。陰キャはSNSで自己を発信したりはしない。もしもするとすれば、二次元アバターかコスプレで別のものに成り替わるか・・自己ではない何かになったとき。それに私は、もともと一人で居るのが好きなのだ。
だけどそうした中でも当然、変化はあるわけで。
「あ。ひまりーん! カラオケ行くけど一緒に行かなーい?」
帰りの下駄箱でそう声をかけてきたのは芽留ちゃんと紗奈ちゃんだ。私は即答する。
「行きません」
「あー、そっか。ひまりんカラオケだめなんだっけ?」
「そんな頑なにならないでさぁ、一回行ってみたら楽しいかもよ? ほら見てよ。このダンスとか簡単だし」
「歌って踊って浮かれてる自分とか、ちょっと無いです。許されない気がします」
「誰にだよw」
「なんかこう・・もう一人の自分というか。なんか居るんです浮かれてる自分を冷ややかな目で見てる自分が!」
「考えすぎだっつの。もー面倒くさいからいーや、じゃあコスメでも見に行ってカフェでも行く? ひまりんに似合う色選んであげるよ」
「それは行きたいです」
「あ、じゃーさ、あそこのティラミスチーズパフェ食べよーよ。ほらドラッグストアの向かいにあるとこー」
放課後にたまに誘ってくれる友達が出来た。
夏樹君ともすれ違ったら挨拶するようになった。
好きな人と目が合って手を振ってくれたとき・・隠さずに手を振り返せる様になった。
そういう小さな幸せが全部、今の私の宝物。
だけど・・バイトで忙しかった夏が終わっても、やっぱり新作小説の執筆は進んでいなかった。
「うーん・・やっぱり流行りを考えると、美人で意地悪なライバルは必須だよなぁ。それにヒーローも、ウケが良いのはどう考えても央君タイプより夏樹君タイプ・・」
少女漫画では掴みどころの無い俺様男子を手懐けるのが醍醐味っていうか・・央君みたいな優しくて明るい男の子って、どちらかと言うと当て馬に多いキャラなんだよね。央君モデルのヒーローなら感情移入し易いのにな。
でも一番の問題は・・私がその作品で何を伝えるか────そのテーマというか、核となる部分が必要だ。きっと私にはそれが無いから、軽い印象の作品になってしまう。
央君と出会ってから経験した色々な感情・・人と知り合い大事に想う気持ち。どんなに流行りを取り入れても、それを伝えられなければ意味が無い。
焦る必要は無い。時間はたっぷりあるのだから。私にしか書けない物語を次こそは創りたい────。
◆◇◆◇◆◇
沖から私の方に向けて、うねりの波が迫って来る。私はパドルを開始する。波が最も高くなっている割れそうなところを見計らい、位置を調整して、リレーのバトンを受け取るときの様に、後ろから追いついてくる波と速度を合わせる────。
ふわっとボードのお尻が浮き上がる感覚。
しかしボードは滑り出す事は無く・・そのまま後方を吸い込まれる様に、割れる波に巻き込まれてしまう。
割れる瞬間の波の勢いは凄まじく、グルグルと何度も海中を回転し、もがいても中々海面へ出られない。苦しい。死ぬ・・! て本当に思う。ようやく何とか海中へと浮き上がり、ボードにしがみつき息を整え、再び沖へ向かってパドリングする。ブレイクポイントへと戻ると、央君達三人が笑顔で私を迎えてくれた。
「どーだった、ひまりん。乗れた?」
「いや・・またパーリングしちゃいました」
「んー、位置は良さそうだったけどねぇ。パドリングが足りないのかなぁ。ある程度波と速度合わせないとだからねぇ」
「板の位置がちょっと前過ぎなのかもね。重心が前にありすぎると、前に刺さっちゃうから」
「俺、次一緒に行って隣で見ててやるよ」
三人が口々にアドバイスをくれる。皆で入るときは順番に波を回しているのだけれど、せっかく譲ってもらった波に乗れないと、なんだか無駄にしたみたいで申し訳ないなぁ・・。
芽留ちゃんが次の波に乗って、次は夏樹君が乗って、それぞれ素晴らしいライディングを見せる。そして次に波の影が見えたとき、央君がこう言った。
「陽葵、行くよ」
央君の合図に合わせて、パドリングを開始する。ボードに乗る位置を少しだけ後ろにずらし、後ろを追いかけてくる波を確認しながらピークと思われる点を目指して右へ漕ぐと、すぐ隣りをぴったりと央君がキープしてくる。
「OKそのまま! 位置いいよ、陽葵!」
波がこちらへ近づいてくる。もう間近へと迫ったとき、私は本当にこの位置で大丈夫が確認しようと後ろを振り返ったのだけど・・
「そこで振り返るな陽葵! 位置合ってるから前見て死ぬ気で漕げ!」
央君の言葉を信じて、前を見て力の限りパドルした。するとあのボードの後方が浮き上がる感覚────そしてその後、ボードはエンジンをかけた様に、波の斜面を加速した。
もう夢中で身体を起こした。
ボードの上に立ち上がると・・一気に視界が開けた気がした。
自分の横を真っ直ぐに伸びていく、美しい波の傾斜────・・
本当に綺麗で。人間には制御できない自然の理と、一つになる一瞬。たった数秒のその景色が、何故こんなにも気分を昂揚させるのだろう。
きっとそれは儚いから。流れて消える波を止める事は何者にも出来はしない。だから尊い。何度も波に置いていかれ、時に波に撒かれて死にかけて────それでもまたこの一瞬の景色を見たいと願ってしまう。
全てを忘れ去ってしまうほどのあの昂揚を、もう一度・・と。
◆◇◆◇◆◇
サーフィンを終えて、私達四人はいつもの通り、ご飯を食べにカフェへとやって来ていた。
「やったね、ひまりん〜! もう立派なサーファーだね〜!」
「そうだよなぁ。うねりから乗れればもう初心者卒業じゃね?」
「おめでと」
「あ、ありがとう、みんなのお陰です」
皆の賞賛を受けて恐縮していると、そこへ亮司さんが飲み物を持ってやって来た。夏はスクールに出ずっぱりだったから、亮司さんのエプロン姿を見るのも久しぶりだ。
「亮司さぁん♡言ってくれれば芽留やるのにぃ」
「え? いや手伝ってくれるのはバイトの時だけでいいって。ゆっくりしてな」
「いやでもぉ…将来お嫁に行く時の為に仕事覚えといた方がいいかなぁって」
「? 芽留の彼氏んち、飲食店でも経営してんの?」
「ちがぁぁぁう! 芽留は彼氏いないもん! こんなにカワイイのにフリーなんですよ亮司さぁぁん!?」
「そ、そっか…なんかよくわかんないけど、彼氏できるといいね…」
「そうじゃなくてぇぇぇ」
亮司さんと芽留ちゃんのやり取りを、最早空気の様に流す汐見兄弟。昔からこんな感じなのだろうか・・。
「じゃ。カンパイでもしよっか。陽葵の初うねりからテイクオフ成功祝いって事で」
央君が笑顔でそうグラスを持つと、夏樹君と芽留ちゃんもやはり笑顔でそれに習う。
「おめでと〜! カンパーイ!」
本当に嬉しい。自分の努力の結果を一緒に喜んでくれる相手がいるなんて・・本当に幸せだな。
幸せ────だった。
この和気あいあいとした空気がそう長続きしないだなんて、この時の私達には分からなかったんだ。
私は相変わらず────一人で過ごしています。
踊ってみた動画撮るとか映えスポットでなりきり写真撮るとか・・そんなノリにはやっぱりついていけないし。陰キャはSNSで自己を発信したりはしない。もしもするとすれば、二次元アバターかコスプレで別のものに成り替わるか・・自己ではない何かになったとき。それに私は、もともと一人で居るのが好きなのだ。
だけどそうした中でも当然、変化はあるわけで。
「あ。ひまりーん! カラオケ行くけど一緒に行かなーい?」
帰りの下駄箱でそう声をかけてきたのは芽留ちゃんと紗奈ちゃんだ。私は即答する。
「行きません」
「あー、そっか。ひまりんカラオケだめなんだっけ?」
「そんな頑なにならないでさぁ、一回行ってみたら楽しいかもよ? ほら見てよ。このダンスとか簡単だし」
「歌って踊って浮かれてる自分とか、ちょっと無いです。許されない気がします」
「誰にだよw」
「なんかこう・・もう一人の自分というか。なんか居るんです浮かれてる自分を冷ややかな目で見てる自分が!」
「考えすぎだっつの。もー面倒くさいからいーや、じゃあコスメでも見に行ってカフェでも行く? ひまりんに似合う色選んであげるよ」
「それは行きたいです」
「あ、じゃーさ、あそこのティラミスチーズパフェ食べよーよ。ほらドラッグストアの向かいにあるとこー」
放課後にたまに誘ってくれる友達が出来た。
夏樹君ともすれ違ったら挨拶するようになった。
好きな人と目が合って手を振ってくれたとき・・隠さずに手を振り返せる様になった。
そういう小さな幸せが全部、今の私の宝物。
だけど・・バイトで忙しかった夏が終わっても、やっぱり新作小説の執筆は進んでいなかった。
「うーん・・やっぱり流行りを考えると、美人で意地悪なライバルは必須だよなぁ。それにヒーローも、ウケが良いのはどう考えても央君タイプより夏樹君タイプ・・」
少女漫画では掴みどころの無い俺様男子を手懐けるのが醍醐味っていうか・・央君みたいな優しくて明るい男の子って、どちらかと言うと当て馬に多いキャラなんだよね。央君モデルのヒーローなら感情移入し易いのにな。
でも一番の問題は・・私がその作品で何を伝えるか────そのテーマというか、核となる部分が必要だ。きっと私にはそれが無いから、軽い印象の作品になってしまう。
央君と出会ってから経験した色々な感情・・人と知り合い大事に想う気持ち。どんなに流行りを取り入れても、それを伝えられなければ意味が無い。
焦る必要は無い。時間はたっぷりあるのだから。私にしか書けない物語を次こそは創りたい────。
◆◇◆◇◆◇
沖から私の方に向けて、うねりの波が迫って来る。私はパドルを開始する。波が最も高くなっている割れそうなところを見計らい、位置を調整して、リレーのバトンを受け取るときの様に、後ろから追いついてくる波と速度を合わせる────。
ふわっとボードのお尻が浮き上がる感覚。
しかしボードは滑り出す事は無く・・そのまま後方を吸い込まれる様に、割れる波に巻き込まれてしまう。
割れる瞬間の波の勢いは凄まじく、グルグルと何度も海中を回転し、もがいても中々海面へ出られない。苦しい。死ぬ・・! て本当に思う。ようやく何とか海中へと浮き上がり、ボードにしがみつき息を整え、再び沖へ向かってパドリングする。ブレイクポイントへと戻ると、央君達三人が笑顔で私を迎えてくれた。
「どーだった、ひまりん。乗れた?」
「いや・・またパーリングしちゃいました」
「んー、位置は良さそうだったけどねぇ。パドリングが足りないのかなぁ。ある程度波と速度合わせないとだからねぇ」
「板の位置がちょっと前過ぎなのかもね。重心が前にありすぎると、前に刺さっちゃうから」
「俺、次一緒に行って隣で見ててやるよ」
三人が口々にアドバイスをくれる。皆で入るときは順番に波を回しているのだけれど、せっかく譲ってもらった波に乗れないと、なんだか無駄にしたみたいで申し訳ないなぁ・・。
芽留ちゃんが次の波に乗って、次は夏樹君が乗って、それぞれ素晴らしいライディングを見せる。そして次に波の影が見えたとき、央君がこう言った。
「陽葵、行くよ」
央君の合図に合わせて、パドリングを開始する。ボードに乗る位置を少しだけ後ろにずらし、後ろを追いかけてくる波を確認しながらピークと思われる点を目指して右へ漕ぐと、すぐ隣りをぴったりと央君がキープしてくる。
「OKそのまま! 位置いいよ、陽葵!」
波がこちらへ近づいてくる。もう間近へと迫ったとき、私は本当にこの位置で大丈夫が確認しようと後ろを振り返ったのだけど・・
「そこで振り返るな陽葵! 位置合ってるから前見て死ぬ気で漕げ!」
央君の言葉を信じて、前を見て力の限りパドルした。するとあのボードの後方が浮き上がる感覚────そしてその後、ボードはエンジンをかけた様に、波の斜面を加速した。
もう夢中で身体を起こした。
ボードの上に立ち上がると・・一気に視界が開けた気がした。
自分の横を真っ直ぐに伸びていく、美しい波の傾斜────・・
本当に綺麗で。人間には制御できない自然の理と、一つになる一瞬。たった数秒のその景色が、何故こんなにも気分を昂揚させるのだろう。
きっとそれは儚いから。流れて消える波を止める事は何者にも出来はしない。だから尊い。何度も波に置いていかれ、時に波に撒かれて死にかけて────それでもまたこの一瞬の景色を見たいと願ってしまう。
全てを忘れ去ってしまうほどのあの昂揚を、もう一度・・と。
◆◇◆◇◆◇
サーフィンを終えて、私達四人はいつもの通り、ご飯を食べにカフェへとやって来ていた。
「やったね、ひまりん〜! もう立派なサーファーだね〜!」
「そうだよなぁ。うねりから乗れればもう初心者卒業じゃね?」
「おめでと」
「あ、ありがとう、みんなのお陰です」
皆の賞賛を受けて恐縮していると、そこへ亮司さんが飲み物を持ってやって来た。夏はスクールに出ずっぱりだったから、亮司さんのエプロン姿を見るのも久しぶりだ。
「亮司さぁん♡言ってくれれば芽留やるのにぃ」
「え? いや手伝ってくれるのはバイトの時だけでいいって。ゆっくりしてな」
「いやでもぉ…将来お嫁に行く時の為に仕事覚えといた方がいいかなぁって」
「? 芽留の彼氏んち、飲食店でも経営してんの?」
「ちがぁぁぁう! 芽留は彼氏いないもん! こんなにカワイイのにフリーなんですよ亮司さぁぁん!?」
「そ、そっか…なんかよくわかんないけど、彼氏できるといいね…」
「そうじゃなくてぇぇぇ」
亮司さんと芽留ちゃんのやり取りを、最早空気の様に流す汐見兄弟。昔からこんな感じなのだろうか・・。
「じゃ。カンパイでもしよっか。陽葵の初うねりからテイクオフ成功祝いって事で」
央君が笑顔でそうグラスを持つと、夏樹君と芽留ちゃんもやはり笑顔でそれに習う。
「おめでと〜! カンパーイ!」
本当に嬉しい。自分の努力の結果を一緒に喜んでくれる相手がいるなんて・・本当に幸せだな。
幸せ────だった。
この和気あいあいとした空気がそう長続きしないだなんて、この時の私達には分からなかったんだ。