"お前も俺達をそういう気分にさせてるんだぞ"
その言葉の意味がどういうものだったのか────それを確認する間もないまま、怒涛のお盆期間はやって来ました。
店は連日大盛況。央君と夏樹君の二人は相変わらずスクール客の対応で忙しく・・そして普段と変わらずに仲睦まじくしていた。喧嘩でもしてるのかと思ったけれど、特に気にする様な事ではなかったのだろうか。
そうやって忙しく日々は過ぎていき、台風一過とばかりに再び平穏が戻ってきたのは、一週間後の事だった。
「明後日、デートしようか」
央君からそんな申し出があったのは店が落ち着きを取り戻した、八月も下旬に差し掛かろうかという頃。
「疲れが溜まる頃ってことで、スクール休みなんだ。陽葵もバイト休みの日でしょ。たまにはどこか出掛けない?」
「え、でも・・央君、疲れてるんじゃ・・」
そう聞くと、彼はふぅとため息をついた。
「この間陽葵が流されかけた件、俺が悪かったんだろうなぁって反省したのよ。久々の休みだったし、陽葵は俺に会いたかったんだもんね? それなのに俺がずっと寝てたから・・疲れてると思って言えなかったんでしょ?」
そして彼は子供にするみたいにヨシヨシと私の頭を撫でた。
「それなのに怒っちゃってごめんね。今回はちゃんと一緒に遊ぼうね」
私は恥ずかしくなって真っ赤になった。
この間の件は気まずいからもう蒸し返さないで欲しかった。でも当たってるし、ちゃんと私の気持ち考えてくれてるの嬉しい・・。だけど央君に無理して欲しくないって気持ちもあって・・。
「あ、あのっ」
「ん?」
「そ、それならその・・央君のお家で会うというのは、どうでしょう」
「え? どっか行きたいとことか無いの?」
「お休みの日に体力を回復しないと、身体を壊したりしたら大変です。ですからお家ならゆっくり過ごせるかなって。わ、私はその・・央君と会えるなら・・ど、どこでもいいので」
彼はちょっと驚いたような顔をした後・・ぎゅっと私を抱きしめた。
「かわいぃぃぃぃいい子ぉぉぉぉ」
スリスリと頭に頬擦りされて、私は益々赤面した。
「お、央君・・みんな見てますから・・」
という訳で決まったお家デートなのですが────そこで私は、汐見家と央君に関わる重大な真実を知ってしまう事になるのだ。
「いらっしゃ〜い」
玄関で央君と夏樹君と亮司さん、イケメン親子三人に出迎えられて、私は恐縮して身を縮こまらせた。相変わらず顔面が異常に良い人達だ。それだけでも萎縮するのに・・何故か全員ハーフパンツ一丁の上半身裸。寝起きなのか海あがりなのか、首からタオルをかけている。
こ、これは・・眼福、と喜んでいいものなのか。眩しすぎて目のやり場に困る。
「俺の部屋こっちね」
央君の部屋は2階にあるらしく、階段へと案内される。
「・・汐見家では皆さん、裸で過ごされるんですか・・?」
「ん? まぁ男ってそんなもんじゃない?」
そ、そういうものなのか・・。お茶とコーラどっちがいい?と聞かれ、お茶と答えると、階段登った廊下に置いてある小型の冷蔵庫から彼はペットボトルをピックアップして、脇のドアを開けた。
六畳程度の部屋の中にはベッドと机、漫画や雑誌の並んだ本棚。19インチの小型テレビ。特に変わったところもないごく一般的な部屋だと言える。
「あんま綺麗じゃないけど、まーてきとーに座ってー」
ソファや椅子などは無いので、床に腰を下ろしてベッドに背を預ける。クローゼットの中からTシャツを取り出しそれを着込んだ央君は、私にお茶のペットを渡して、自身はコーラを手に私の隣に腰を下ろす。
「ごめんねー、休みの日までこんなとこまで来てもらっちゃって。陽葵んちって遠いんだもんね」
「あ、うん。うちは千葉市だから」
「都会だ!」
「うん、割と周りは、ビルとかマンションとか高い建物ばっかりですかね」
「今度俺も陽葵んち行ってみたいな〜」
「あ、でも・・わざわざ来ても特に何もないよ。駅前の商業施設くらいしか」
「陽葵がどんなとこで暮らしてんのか見てみたいし。通ってた中学校とか、行きつけのコンビニとか、仲良い友達とか、そういうの知りたいじゃん」
『仲良い友達』────・・
「お、央君。今日はちょっと、央君に話したいことがあって」
私が中学でイジメにあっていた、そのきっかけとなった『小説を書く』という趣味の事・・
央君に話したら、中学の同級生達の様に引かれてしまうのではないか。そんな思いから怖くて今まで言い出せなくて、人に隠す様なことが本当に私のやりたい事なのかって、少し見失っていた。だけどこの間海で流されかけて、『死』を感じたとき────思ったから。やっぱり私は小説を書きたいんだって。読んだ人がキラキラとした感動を覚える様な・・そんな『楽しみ』を届けたいんだ。
だけど央君は、何故か過剰に反応した。
「えぇ嘘!? 俺なんかした!?」
「え? いや、央君は別に何も・・」
「えっ。なんだ焦った。話あるとか言われたら別れ話かと思うじゃんかっ」
央君は・・私が別れ話をしたら、焦ってくれるんだな・・。
なんだかほっこりした。やっぱり私・・央君のこと好きだな。だからこそ嘘つきたくない。もっとちゃんと・・向き合いたい。
「私・・実は趣味で、小説を書いてるんです」
「え・・」
央君は驚いた表情を見せた。そりゃそうだよな。だけどこれで怯んじゃいけない。
「純文学とかそういう高尚なやつじゃなくて、ラノベっていうか・・その、誰でも楽しめる漫画の延長線みたいな感じのやつなんですけど。小説投稿サイトっていうサイト上で、趣味で公開してるんです。ゆくゆくはそれが仕事に繋がったりするのが、理想ではあるんですけど・・」
オタクだって、引かれてるかな。だけど彼の反応は────・・
「すごいじゃん!!」
────え・・
「誰でもできるってもんじゃないし! それって俺も読んでもいいの?」
「え? いや、それはちょっと恥ずかしいので・・。女性向けの恋愛ものみたいなやつばっかりだし、央君が読んでも面白くないと思いますし」
「えぇ〜、そうなの? 読みたかったのに、残念だなぁ・・。あ、そういえばごめんな! ウチでバイトさせちゃってるせいで小説書くヒマ無かったんじゃない?」
央君────全然引いたりとかしないんだな・・。この人はちゃんと私という人間を、ありのまま受け入れてくれるんだな。
「いいんです。そのお陰で大事なこと、色々分かったんです」
自分がしてきた間違いも、誰かとちゃんと向き合うことも、人を好きになるって意味も全部全部・・央君がこうして手を引いて、私を広い世界に連れ出してくれたから。
「全部央君のお陰なんです。私と付き合ってくれて、ありがとう」
私は彼の目を見て、そう心からの言葉を送った。すると央君はあの太陽の様な明るい笑顔で、私の頭をポンと撫でた。
「じゃあ俺も渡しちゃおっかな〜」
彼は立ち上がり机の上に置いてあったらしい茶色の小袋を手に取って、満面の笑みでそれを私の方へと差し出した。
「バイトも友達付き合いも、苦手なこと頑張ってる陽葵ちゃんに」
包みを開けると、中から出て来たのは海の色の天然石で作られた、涼しげなデザインのイヤリングだった。
「わ・・可愛い」
「この間似合ってたからさ。うちの店で売ってるやつで悪いけど」
「ううん! すごく嬉しい! ありがとう!」
「つけてみたら?」
「あ、うん」
耳に着けると、シャランと僅かに揺れる音がして、心臓を落ち着かせない。
「可愛いよ」
私を見つめる彼の優しい目が、きゅんと胸を切なくときめかせた。
どうしよう。嬉しい。
最高の夏の思い出だ・・。
その言葉の意味がどういうものだったのか────それを確認する間もないまま、怒涛のお盆期間はやって来ました。
店は連日大盛況。央君と夏樹君の二人は相変わらずスクール客の対応で忙しく・・そして普段と変わらずに仲睦まじくしていた。喧嘩でもしてるのかと思ったけれど、特に気にする様な事ではなかったのだろうか。
そうやって忙しく日々は過ぎていき、台風一過とばかりに再び平穏が戻ってきたのは、一週間後の事だった。
「明後日、デートしようか」
央君からそんな申し出があったのは店が落ち着きを取り戻した、八月も下旬に差し掛かろうかという頃。
「疲れが溜まる頃ってことで、スクール休みなんだ。陽葵もバイト休みの日でしょ。たまにはどこか出掛けない?」
「え、でも・・央君、疲れてるんじゃ・・」
そう聞くと、彼はふぅとため息をついた。
「この間陽葵が流されかけた件、俺が悪かったんだろうなぁって反省したのよ。久々の休みだったし、陽葵は俺に会いたかったんだもんね? それなのに俺がずっと寝てたから・・疲れてると思って言えなかったんでしょ?」
そして彼は子供にするみたいにヨシヨシと私の頭を撫でた。
「それなのに怒っちゃってごめんね。今回はちゃんと一緒に遊ぼうね」
私は恥ずかしくなって真っ赤になった。
この間の件は気まずいからもう蒸し返さないで欲しかった。でも当たってるし、ちゃんと私の気持ち考えてくれてるの嬉しい・・。だけど央君に無理して欲しくないって気持ちもあって・・。
「あ、あのっ」
「ん?」
「そ、それならその・・央君のお家で会うというのは、どうでしょう」
「え? どっか行きたいとことか無いの?」
「お休みの日に体力を回復しないと、身体を壊したりしたら大変です。ですからお家ならゆっくり過ごせるかなって。わ、私はその・・央君と会えるなら・・ど、どこでもいいので」
彼はちょっと驚いたような顔をした後・・ぎゅっと私を抱きしめた。
「かわいぃぃぃぃいい子ぉぉぉぉ」
スリスリと頭に頬擦りされて、私は益々赤面した。
「お、央君・・みんな見てますから・・」
という訳で決まったお家デートなのですが────そこで私は、汐見家と央君に関わる重大な真実を知ってしまう事になるのだ。
「いらっしゃ〜い」
玄関で央君と夏樹君と亮司さん、イケメン親子三人に出迎えられて、私は恐縮して身を縮こまらせた。相変わらず顔面が異常に良い人達だ。それだけでも萎縮するのに・・何故か全員ハーフパンツ一丁の上半身裸。寝起きなのか海あがりなのか、首からタオルをかけている。
こ、これは・・眼福、と喜んでいいものなのか。眩しすぎて目のやり場に困る。
「俺の部屋こっちね」
央君の部屋は2階にあるらしく、階段へと案内される。
「・・汐見家では皆さん、裸で過ごされるんですか・・?」
「ん? まぁ男ってそんなもんじゃない?」
そ、そういうものなのか・・。お茶とコーラどっちがいい?と聞かれ、お茶と答えると、階段登った廊下に置いてある小型の冷蔵庫から彼はペットボトルをピックアップして、脇のドアを開けた。
六畳程度の部屋の中にはベッドと机、漫画や雑誌の並んだ本棚。19インチの小型テレビ。特に変わったところもないごく一般的な部屋だと言える。
「あんま綺麗じゃないけど、まーてきとーに座ってー」
ソファや椅子などは無いので、床に腰を下ろしてベッドに背を預ける。クローゼットの中からTシャツを取り出しそれを着込んだ央君は、私にお茶のペットを渡して、自身はコーラを手に私の隣に腰を下ろす。
「ごめんねー、休みの日までこんなとこまで来てもらっちゃって。陽葵んちって遠いんだもんね」
「あ、うん。うちは千葉市だから」
「都会だ!」
「うん、割と周りは、ビルとかマンションとか高い建物ばっかりですかね」
「今度俺も陽葵んち行ってみたいな〜」
「あ、でも・・わざわざ来ても特に何もないよ。駅前の商業施設くらいしか」
「陽葵がどんなとこで暮らしてんのか見てみたいし。通ってた中学校とか、行きつけのコンビニとか、仲良い友達とか、そういうの知りたいじゃん」
『仲良い友達』────・・
「お、央君。今日はちょっと、央君に話したいことがあって」
私が中学でイジメにあっていた、そのきっかけとなった『小説を書く』という趣味の事・・
央君に話したら、中学の同級生達の様に引かれてしまうのではないか。そんな思いから怖くて今まで言い出せなくて、人に隠す様なことが本当に私のやりたい事なのかって、少し見失っていた。だけどこの間海で流されかけて、『死』を感じたとき────思ったから。やっぱり私は小説を書きたいんだって。読んだ人がキラキラとした感動を覚える様な・・そんな『楽しみ』を届けたいんだ。
だけど央君は、何故か過剰に反応した。
「えぇ嘘!? 俺なんかした!?」
「え? いや、央君は別に何も・・」
「えっ。なんだ焦った。話あるとか言われたら別れ話かと思うじゃんかっ」
央君は・・私が別れ話をしたら、焦ってくれるんだな・・。
なんだかほっこりした。やっぱり私・・央君のこと好きだな。だからこそ嘘つきたくない。もっとちゃんと・・向き合いたい。
「私・・実は趣味で、小説を書いてるんです」
「え・・」
央君は驚いた表情を見せた。そりゃそうだよな。だけどこれで怯んじゃいけない。
「純文学とかそういう高尚なやつじゃなくて、ラノベっていうか・・その、誰でも楽しめる漫画の延長線みたいな感じのやつなんですけど。小説投稿サイトっていうサイト上で、趣味で公開してるんです。ゆくゆくはそれが仕事に繋がったりするのが、理想ではあるんですけど・・」
オタクだって、引かれてるかな。だけど彼の反応は────・・
「すごいじゃん!!」
────え・・
「誰でもできるってもんじゃないし! それって俺も読んでもいいの?」
「え? いや、それはちょっと恥ずかしいので・・。女性向けの恋愛ものみたいなやつばっかりだし、央君が読んでも面白くないと思いますし」
「えぇ〜、そうなの? 読みたかったのに、残念だなぁ・・。あ、そういえばごめんな! ウチでバイトさせちゃってるせいで小説書くヒマ無かったんじゃない?」
央君────全然引いたりとかしないんだな・・。この人はちゃんと私という人間を、ありのまま受け入れてくれるんだな。
「いいんです。そのお陰で大事なこと、色々分かったんです」
自分がしてきた間違いも、誰かとちゃんと向き合うことも、人を好きになるって意味も全部全部・・央君がこうして手を引いて、私を広い世界に連れ出してくれたから。
「全部央君のお陰なんです。私と付き合ってくれて、ありがとう」
私は彼の目を見て、そう心からの言葉を送った。すると央君はあの太陽の様な明るい笑顔で、私の頭をポンと撫でた。
「じゃあ俺も渡しちゃおっかな〜」
彼は立ち上がり机の上に置いてあったらしい茶色の小袋を手に取って、満面の笑みでそれを私の方へと差し出した。
「バイトも友達付き合いも、苦手なこと頑張ってる陽葵ちゃんに」
包みを開けると、中から出て来たのは海の色の天然石で作られた、涼しげなデザインのイヤリングだった。
「わ・・可愛い」
「この間似合ってたからさ。うちの店で売ってるやつで悪いけど」
「ううん! すごく嬉しい! ありがとう!」
「つけてみたら?」
「あ、うん」
耳に着けると、シャランと僅かに揺れる音がして、心臓を落ち着かせない。
「可愛いよ」
私を見つめる彼の優しい目が、きゅんと胸を切なくときめかせた。
どうしよう。嬉しい。
最高の夏の思い出だ・・。