休日が重なる週末は、美琴と二人でカフェ巡りをする事が多い。私の昔からの趣味がカフェ巡りで、学生時代から美琴には度々付き合ってもらっている。今回も新しく出来たと情報を仕入れたので早速二人でやって来ている。
「ほんと、薫って毎回良く見つけるよねー」
「趣味なのでね。いつも付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそだよ! 色んな所に連れてってもらえて私はラッキー!」
ニコニコしてカフェオレを飲む美琴はいつも通り楽しそうで、一緒にいると元気をもらえる。美琴と来るカフェは私の楽しみの一つである。
「薫はカフェで仕事してるのに休日もカフェにいるなんて、生粋のカフェっ子」
「明るくて優しい場所が好きなの。テンション上がる」
「アニメも?」
「アニメも良いね。心が動くよね。家にこもりっきりにならなきゃ出会えなかった世界だから、その点では元旦那に感謝かも」
「……そっか……」
「あー、別に何も暗い気持ちの話じゃないからね? そのおかげでお互いやりたい事に気付けたから良かったと思ってるし、向こうの提案でお金も家ももらっての円満離婚だから。ほら、あの人お金だけは持ってたでしょ?」
「……うん」
「えーと、家が広かったおかげで美琴と住めてありがとうまであるし、普通に連絡だって取り合ってるよ! 今海外飛び回ってるんだって。充実してるらしい!」
「……今度連絡あったら私にもお礼させて」
いや! そうじゃなくて!
どうしよう、美琴が暗い顔になってしまった。せっかくの楽しい時間に私が余計な事を言ってしまったのだ。気にしなくて良いのに、美琴は優しいから当時の私の気持ちを想像してすぐに気にしてしまう。私は本当に何も気にしていないから、今回のようについぽろっと口に出してしまう事があって、その度に反省している。
「あ、美琴。見て、季節のパフェ」
「! シャインマスカットだ〜!」
だから、そういう時はこうして美味しい物で話を変える。美琴は美味しい物が大好きなのである。そんな彼女に私は日々料理の作り甲斐を感じていた。
メニューのデザート面を一通り見て店員さんにシャインマスカットのパフェを二つ注文する頃には、美琴の顔に笑顔が戻っていてほっと一息ついた。楽しい時間なのだから、お互い楽しまないともったいない。
「そういえばさ、」と、心が切り替わった様子の美琴が言うので、私はコーヒーを手に美琴の方へ目を向ける。
「この間薫と観てたアニメ、今度映画やるじゃん? 観に行くよね?」
「もちろん」
すると、美琴はスマホを取り出して調べ始める。
「金曜の夜なんてどう?」
「良いけど、仕事は?」
「ノー残業デーなので大丈夫! では、プレミアムシートで予約しました。大人の嗜みという事で」
「意義なし」
当たり前だよねのテンションであっという間に予定が決まった。大人ならではの特別料金みたいな、こういう贅沢だって全然良いと思う。やりたい時にやりたい事やらないと、いきなり出来ない日が来る事を私達は知っているから。価値観が似ている所とスピーディーに予定が決まる所が、特にお互い一緒に居て楽な理由だと思う。
「へへっ。頑張って働くぞー!」
美琴が小さくガッツポーズを決めた所で、隣のテーブルの親子の元に私達が頼んだものと同じパフェが届いた。
写真通りの美味しそうなパフェに思わず視線が引き寄せられると、そのパフェは子供の前に置かれる。嬉しそうにスプーンを持つ女の子にこぼさないよう注意するお母さんの親子二人組は、なんだか微笑ましかった。
「……可愛いね」
美琴の言葉にうんと頷いて、ハッと美琴に目を向ける。
美琴は、優しく微笑んでいた。
「私ね、子供って大事だと思う」
「……うん」
「だから今は私が頑張って働くから、未来は託したぞって心の中で思ってる。私は自分の子供を産めないけど、でも君たちの今は私が守る!って、勝手に人の子供のヒーローになると世界が明るく見えるんだって、最近気付いたんだ」
美琴は、きらきらと目を輝かせながらそんな事を口にする。辛い治療を続けてきた先の離婚で、心身共に疲れ切っていたあの頃の美琴からは想像もつかないその笑顔。
「薫。私今、幸せだよ」
お待たせいたしましたと、私達の席にも女の子と同じパフェが届いた。瑞々しいマスカットが旬であると主張するようにつるりと光る。
「薫と一緒に暮らしてからずっと、私幸せ。いつもありがとう」
ニカっと美琴が笑ってくれると、私も嬉しいし、温かな気持ちになる。美琴が幸せと笑ってくれると、私も同じように幸せだと感じる。
「私も幸せ。いつもありがとう」
同じ気持ちだといいな。私はいつも、同じ立場でものを見て話せる人でありたい。だって美琴は私の大事な友達兼同居人だから。
+
「美味しかったねー! また行こうね!」
「うん。新しい旬のパフェ出たらすぐ報告するわ」
「次はなんだろ〜? いちごかなぁ?」
ウキウキする美琴の横顔は学生時代から変わらないように見える。美琴の隣はいつも私をタイムスリップさせるから、私達二人はずっと子供のままなのかもしれない。
と、そんな事を思ったのでポツリと呟いてみると、「いや、もうだいぶいい年した大人だよ」と、何言ってるの?とでも言いたげな顔で言われてしまい、美琴にしては意外な反応が返ってきたので笑ってしまった。
「え、だって私達バツイチだよ? わりとヘビーな人生の一大イベント乗り越えてる自覚ある?」
「ほんとだ。そう言われるとキツい」
「キツいよ〜、職場の若い子と話す時いつも気をつかうんだから」
「それは偉い。大人の証拠だ」
「でも多分向こうの方が気をつかってくれてる」
「それもそう。みんな優しい幸せな世界」
お腹から笑う事って大人になると減るものだ。正しくその通りで、一度私は笑う事すら忘れてしまうくらい遠い世界の話になってしまった時があったけれど、でも今は美琴と暮らし始めた事で、よくある事の一つになった。
笑顔は大事。笑顔でいると楽しい事も一緒に増えていく気がするから。いや、楽しいから笑顔なのか? どちらにしろ幸せの根源みたいなものだと思う。
「今さ、犬が気になってるんだけど薫どう思う?」
「私は猫派かな」
「猫かー。身近にいなかったからどうやって飼えばいいかわかんないんだよな……」
「帰ったら検索してみる?」
「それか、今からペットショップ行っちゃう?」
「それだ」
思いついたら即行動。私達は今からペットショップへ向かう事に。辺りは夕暮れが近づいてきて、段々と空気が冷たくなってきている時刻だった。
私はこの時間帯が好きだ。澄み切った空が色を変え、少し切ない気温に寂しさを感じ始める頃合い。もう帰ろうかと家族を思い浮かべる時間。
「うわー、今日即決しちゃったらどうしよう……やりそうじゃない?」
「あり得るからお互い止め合おう。さすがにそれはやり過ぎ」
「だよね? 命の話だから。私達は大人なんだから。責任があるんだから」
「その調子!」
「だって仕事も忙しいし、明日も仕事なんだから。明日も、仕事なんだから……」
「……いつか一緒に店とか出さない?」
え?と私を見る美琴。実は前々から私には野望があったのだ。それは自分のカフェを出す事。
一度は諦めたその夢が今、私の心の中にもう一度現れている。それはきっと、美琴が私に昔の私を思い出させてくれたから。
「それ、めっちゃ良いじゃん!」
「まだ何も手についてないけどね? 本当に、これからの話なんだけど」
「良いと思う! いつか二人のカフェ開こうよ! 二人でなら出来るでしょ!」
「で、これからそこの看板猫を探しに行くと」
「看板犬ね」
「じゃあどっちも探しに行くかー!」
私の声掛けに、おー!と手をあげる美琴。そんな今が一番楽しくて、一番わくわくした。きっとそれは私達二人だからだ。
今日が楽しい。明日が楽しい。いつかが楽しい。
実現しなくてもいい。二人で未来の話をするのが楽しいから。でも実現出来たら、きっともっと楽しい。
「よーし! 明日も頑張ろーう!」
「うん。頑張ろう!」
いつもありがとう、これからもよろしくね。