一周目も、僕たちは四人で水族館に行った。あの時は、颯太が園田と二人だと恥ずかしいからついてきてほしいと言われたからだ。
 僕と日向は、友達の友達ぐらいの距離感で、特別な会話もなかった。

 でも今は一周目とは違う。
 次はもっと、日向と話せるといいな。

 僕は、予め調べていた水族館の情報と合わせて、待ち合わせに最適な駅の場所をスマホで共有した。といっても、一周目の時に色々話し合って決めていたことをそのまま共有しただけだが。
 その場所が一番都合がよくて、全員すぐに納得し話はスムーズに終わった。

 すると颯太が眉をひそめていた。明らかに何かを疑っているみたいだ。
 僕を見ながら、何か言いたそうにしている。

「どうしたの?」
「都希、お前ってもしかして……」

 颯太が何か言いかける。

 僕は、今朝の日向を思い出した。
 もしかしてやりすぎたのだろうか? 今までの僕なら絶対にここまでしない。
 付き合いの長い颯太なら僕の中身が違うことに気づい――

「実はめちゃくちゃ水族館好きなんだろ! じゃないとこんなに調べるわけねえよなあ!」
「そうね。これだけしっかり調べてるなんて、よっぽど楽しみなのね」

 いや、違った。ほっと胸をなでおろす。
 園田もほとんど同時にそう思っていたらしい。
 もちろん水族館は好きだ。というか、みんな好きだと思うけど。

 とはいえ張り切っているみたいで恥ずかしいので、否定しようかと思っていたら

「小野寺くん水族館好きなんだね。私も好きだよ! 確か、イルカショーがあるんだよね? 楽しみだな」

 日向が嬉しそうに言った。彼女が笑ってくれたのなら、それでいいか。


 水族館の話が決まってから何か特別なことがあったわけではないが、毎朝、僕と日向は自然に登校するようになっていた。

「小野寺くんが教えてくれたバンド、凄く良かった。デビューしたばかりとは思えないね」
「ヴォーカルの声がいいんだよね。気にいってもらえてよかった」
 
 少し後に、ミリオンセラーのアルバムを出すバンド。
 一周目、日向と僕が仲良くなったきっかけでもある。
 本当は彼らがもっと有名になってから話題になるのだが、先日リリースしたデビューシングルを日向に勧めた。
 ちょっとズルいかもしれないが、もちろん気に入ってくれて、僕たちは距離を縮めていた。

 ただ、病気のことは一切聞けずにいた。日向から話すことはもちろんないし、素振りもない。
 果たしてこのままでいいのだろうか。無理に聞くことはしないと決めた。
 でも、もっと本音を言い合えるほうがいい。

「小野寺くんって、将来バンドしたいなとか思ってるの?」
「え? いや全然。何かしたいとかはないよ。でも……」
「でも?」
「このままじゃいけないなって思ってる。夢とかあればいいんだけど、そういうのもなくて。三城さんは?」

 突然、日向から将来の事を聞かれて未来の自分を思い出した。
 大学に通っていただけで、サークルも何もしてこなかった。
 就職もなかなか決まらず、ただ生きているだけの日々。

 そして僕はふと気づく。残酷なことを尋ねてしまった。
 将来の夢、絶対に聞いてはいけないことだ。

 しかし日向はとびきりの笑顔を浮かべた。

「子供が好きだから、保育士になりたいんだよね。保育士の資格がとれる大学に行きたくて勉強してるんだけど、わからないことばっかりで」

 すると彼女は、鞄から保育士の本を見せてくれた。
 知らなかった。付箋がいっぱい挟まっていて、真面目な彼女らしさが感じられる。

 思い出した。日向と一度、迷子の子供をあやしたことがある。
 あの時、彼女は子供と目線を合わせるように屈み、優しく話を聞いていた。その子も安心したように笑っていた。

 そういうことだったんだな。

「保育士か、いいね。三城さんならきっと子供たちに好かれる保育士になれるよ」
「そうかなあ? そうだといいなあ。実は、ピアノも練習してるんだ」
「へえ、聴いてみたいな」
「もう少し上手になったらね」
「楽しみにしてる――日向っ」

 そのとき、日向が転びそうになった。咄嗟に身体を支える。
 彼女の小さな体が僕の腕の中にすっぽりと収まる。
 腕の中で彼女は僕の顔を見上げる。目があって、それからお互いに反らした。

「あ、ありがとう……ごめんね」
「う、うん。気を付けてね」

 躓くところなんてなかった。やっぱり、身体の調子は良くないのだろうか。

「……ねえ、小野寺くん」
「ん、どうしたの?」
「なんでたまに日向って呼ぶの?」
「……え?」
「カフェの帰りもそうだったし」

 全然気づいていなかった。
 下の名前で呼び始めたのは、一周目でも学園祭の頃だ。
 今はまだ三城さんと呼ぶようにしていたけど、咄嗟に日向と呼んでいたらしい。

 僕が言葉に詰まっていると、日向は「嬉しいけどね」と言った。

 校門についたところで、颯太と園田もやってきた。

「都希、なんか顔赤いぜ?」
「え、そう?」

「日向、なんか顔赤いよ?」
「え、そ、そう?」

 なぜか知らないけれど、僕たちは同じ事を聞かれていた。

 そういえば彼女は日記を書いているのだろうか。
 今日のことは、なんて書くんだろう。


 ◇

 四月XX日

 今日は四人で水族館に行った。
 金曜日、少し調子が悪くて心配してたけど昨日一日寝ていたからなんとか行けた。
 小野寺くんは学校でもよくボーっとしているけど水族館でもボーっとしていた。
 でも、速く歩くのがけっこうつらかったから小野寺くんのゆったりとしたペースに安心した。
 ちょっとしたハプニングもあったけど、すごく楽しかった。
 でもはしゃぎすぎのか、疲れが出て家に帰ってからベッドの上から動けない。
 今年に入ってから寝転んで日記を書くことが増えてきた。
 明日、ちゃんと学校に行けたらいいな。

 お土産もの屋さんで見つけた大きなオオサンショウウオのぬいぐるみ。
 つぶらな瞳と短い手足がかわいかった。でも、買うお金なんてない。
 それでもやっぱり、オオサンショウウオのぬいぐるみ欲しかったな。


 ◇
 
 水族館へ行く日がやってきた。
 四人のグループラインは一周目よりも活発に動いていて、毎日いろんな話をした。

 颯太と園田も、僕が知っているときよりも仲良くしているみたいだ。

 今日も、楽しめたらいいな。

 待ち合わせは水族館近くの駅だけれど、僕と日向は家が近いので二人で向かうことにした。
 颯太と園田も二人で向かうらしい。

 いつもの交差点、約束の時間の十五分前に着いてしまった。
 早すぎたかなと思っていたら、日向はすぐに現れた。
 
「早いね。小野寺くん」

 白いブラウスに淡いブルーのロングスカート。
 思えば、制服姿以外を見るのは二周目では初めてだ。
 
 ……可愛い。

「え? あ、ありがとう!?」

 すると日向が頬を赤らめた。心の中ではなく、どうやら口に出してしまっていたらしい。
 でも、本音だった。

「小野寺くんも似合ってるよ。いつもより大人っぽく見える」
「ただのシャツとデニムだよ。でも、ありがとう」
「今日は楽しみだね。水族館、ほんと久しぶり」
「僕も……楽しみだな」

 たわいもない話をしながら最寄りの駅へ行き、切符を買って電車へ乗り込む。

 水族館は四駅先だ。そこに颯太と園田が待っている。
 ただ、何かのイベントと重なっていたのか、人が凄く多かった。

 少し気を抜けば、すぐに誰かとぶつかりそうになる。
 日向が押し込まれないようにそっと手をとり、ドア側に誘導する。

「ここなら大丈夫」

 手すりを握った彼女を確認して、守るように背を向けた。
 背中に感じる微かな体温に少し緊張しながらも、この息苦しいほどの雑踏から彼女を守らなければという使命感に駆られていた。

 到着して改札を出ようとしたら、日向が声をかけてきた。

「小野寺くんって、女の子慣れしてない?」
「……どういうこと?」
「なんかすごく、リードがうまいというか……」
「そう、かな?」
「うん。人が多くてびっくりしたけど、小野寺くんがいてくれてよかった。ありがとね」

 ただ必死なだけだったが、そう思ってくれたことは嬉しくて、そして恥ずかしかった。
 
 日向から見て僕はどういうふうに映っているのだろうか。どういう存在なのだろうか。
 日記の最後、彼女は僕と花火を見たかったと書いてくれていた。
 少なくとも、一緒に花火を見たいと思える相手だったということだろうか。
 今回も、そう思ってくれると嬉しいけど。

 颯太と園田には悪いが、もう少しだけ二人で話していたい。
 そう思っていた矢先だった。

 颯太:『悪い。ちょっと乗る電車間違えて反対方向行ってる。戻るの時間かかりそう。着いたら先に入っててもらえないか?』
 園田:『ごめんね』