過去の出来事を一周目とするならば、今の僕は二周目ということになる。

 そして、彼女は生きている。今はまだ。

 病気について詳しく聞きたいが、彼女にとって僕はただのクラスメイトだ。
 それも今日から一緒になったばかり。
 いきなりそんなこと聞くわけにはいかない。
 
 それから教室で日向と話すことはなかった。
 でも、何度か目が合った気がする。

 放課後になって颯太が声を掛けてきた。
 始業式ということもあり、学校は早く終わった。

 教室を出て、下駄箱の前で待ち合わせ。
 二人は後から来るとのことで待っていた。

 ほどなくして、廊下を歩いてくる園田と、その隣に日向がいた。

 艶やかな長い黒髪、小柄で可愛らしい姿はほんと変わらない。

「お待たせ。ちょっと先生に呼ばれて遅くなったわ」

 当たり前だが、園田は赤髪じゃない。ほんのりと茶色い髪。
 けれど、すらりと長い手足に整った容姿はそのままだ。
 
「大丈夫! 俺たちも今来たところだ!」
「それ、外で待ち合わせのときに使うセリフじゃない?」
「一度言ってみたかったんだよな」

 颯太と園田のいつものやり取りにふと笑みがこぼれる。
 横に目を向けると日向も笑みを浮かべていた。

 ああそうだ。この瞬間が、僕はたまらなく好きだったんだ。

「って、それよりまずは紹介しないとな。こいつが都希だ。いいやつだから仲良くしてやってほしい!」
「……お、終わり? 颯太、さすがに簡単すぎない?」
「そうか?」

 そういえばこんな感じだった。
 最後の記憶がスーツ姿でしっかりしていたので勘違いしていた。

「小野寺都希です。一年と二年では話したことなかったけど、二人の事は知ってるよ。園田さんと三城さんだよね」

 できるだけ平静を装って自己紹介した。
 すると園田が、なんで知っているの? という顔をしていたので、急いで補足する。

「えっと、颯太がずっとマネージャーの事が可愛いって言ってたから、すぐわかったよ。あと、友達の三城さんのことも」
「……え?!」
「ふうん、そんな事言ってたんだ? 私はいいけど、颯太、日向の事も見てたの?」
「あ、いや!? と、都希!?」

 慌てる颯太。豪快そうに見えて、意外にからかいがいがあることを思い出す。
 そしてどこか冷たそうに見える園田だが、本当はとても優しい。
 もちろん、それも一周目があったからこそ知っていることだが。

「だったら自己紹介の必要はないかもしれないけど、一応。園田瀬里です」
「――三城日向です。今朝はありがとうね。小野寺くん」

 日向が僕に笑いかけてくれる。
 今朝の不調を感じさせない、日向らしい明るい笑顔。やっぱり変わらない。
 本当はいつも無理をしていたのかもしれないけど、僕は日向のこの笑顔が好きだった。
 
「今朝? 何かあったのか?」

 考えるより先に言葉が出る颯太も、変わらない。

「何でもないよ颯太。それより、行かないの?」
「行く行く。瀬里、三城さん行こうぜ」
「ええ。駅前にオープンしたカフェに行くんでしょ」
「私、そこ行ってみたかったんだ」

 そして僕たちは並んで駅前へ向かった。

 一周目は、三人でどんな話をしたのだろう。
 カフェに行くのを断ってしまった僕はしばらくの間、日向と話しをすることはなかった。
 だからか、今こうして一緒に過ごせていることが嬉しく思える。

 そんなことを考えているとカフェに到着した。
 駅正面の横断歩道を渡り、右手にある。
 モダンな雰囲気の建物で、一面ガラス張りの窓にテラス席もあり、明るく開けたカフェだ。
 
 オープンから日がたってないからか、思ったよりも混雑している。
 
 少しだけ待って案内された席は、窓際、四人掛けのテーブル。

 何気なく座るも、すごく懐かしくなった。
 放課後、何度かここに来てたな。

「都希、もうちょっと寄ってくれ」
「あ、うん」

 颯太に促されて奥へ寄る。僕の隣に颯太、向かいに日向と園田が座る。
 一周目、四人でカフェに来ていたときは颯太と園田が並んで座り、僕と日向が並んで座っていた。

 やがて店員さんが注文を取りにやってくる。

 颯太はコーラ、園田はカフェオレ、日向はオレンジジュース。

「ブラックコーヒーでお願いします」

 興奮していてわからなかったが、だんだんと眠気が襲ってきていた。
 多分、寝不足なんだろう。

 確かこの頃はスマホゲームにはまっていた気がする。

 ん、やけに静かだな?

「都希、お前いつからそんな大人になったんだ?」
「え? 何が?」
「いや、無理しなくていいぞ。俺はわかってる」
「何の話?」
「ブラックなんて飲んだことないだろ……無理しやがって……」

 何の話だと思っていたら、今が高校生だという事に気づく。
 この頃は一度もブラックコーヒーなんて飲んだことはなかったし、確かに渋すぎる。
 でも今はブラックコーヒーが飲みたい気分なんだ。

 とはいえかっこつけていると思われているのも恥ずかしい。

「小野寺ってそういうとこあるんだ」

 すると園田が冗談交じりで言った。

「ブラックコーヒー飲めるなんて、小野寺くんすごいね」

 隣で日向は感心したように頷いている。

 まあ、そう思われてもいいか。
 いや、やっぱり嫌かも。

「美味しいよブラック。でも、颯太には早いかもね」
「な、なんだとぉ!?」

 颯太が僕の脇腹を何度も突き、園田と日向は笑っている。
 高校生って、こんな事でも楽しめるんだな。

 その後、飲み物が到着するまで、話が盛り上がり――なんてことはなかった。

 颯太はどこかそわそわしていて、園田と日向は二人で話をしている。
 
 勢いのまま四人で来たけれど、よく考えたらほぼ初対面だ。人見知りしているのかも。
 普通に考えたらそうか。

 颯太も彼女ができて喜んでいるけど、付き合いはじめてからはまだ日が浅い。
 実は緊張しているのかもしれないな。

 とはいえ、僕も何て話を切り出したらいいのか困っていた。
 颯太はずっとモジモジしているし、一応今日が初対面の二人との距離感も難しい。

 ……どうしよう。

 そのときふと、日向の日記に書いていたことを思い出す。

『せっかく行けた駅前のカフェ、本当は――』

 僕は、咄嗟に手を挙げた。
 
「あ、あのすいません!」

 気づけば動いていたという感じだ。
 店員さんがすぐに気づいて駆け寄ってくれる。

「はい。追加のご注文でしょうか?」
「あ、はい――えっと、このジャンボパフェお願いしたいんですけど」
「「「……え?」」」

『ジャンボパフェ、食べてみたかった』

 だったら、食べてみればいいんじゃないかと思った。

 でもそのとき、三人とも驚いた様子で、目を見開いていた。