昼休みが終わってからもずっと日向のことを考えていた。
本当は花火を見たいはずだろう。でも、言い出せなかったのかもしれない。
放課後、二人きりになったタイミングで尋ねてみた。
「日向、本当はどう思ってたの?」
「本当って?」
「花火大会。遠慮してたのかなって」
「……何でもわかっちゃうんだね。都希くんには」
やっぱりそうだった。
悲し気な表情を浮かべてから、少しだけ微笑む。
「行きたいよ。でも、途中で疲れちゃったり体調が悪くなったりするかもしれない。みんな優しいから私を放っておけないだろうし。今は大丈夫だからって当日大丈夫とは限らないから、行くって言えなかったの」
行きたい、という気持ちよりも、みんなに迷惑をかけないことを優先する。
自分のことは二の次でいつも他人のことばかり考える。
それが、日向だ。
「だから、諦め――」
「だったら見に行こう」
彼女は驚いて目を見開く。
でも、僕は続けた。
「行こう。花火、きっと綺麗だよ」
「……そうだね。でも、申し訳ないから」
「お祭りの花火会場じゃなくて、とっておきの秘密の場所があるんだ。そこならゆっくり見られるし、帰りたいときもすぐに帰れる」
「そうなの? でも、それじゃあ瀬里ちゃんと萩原くんに申し訳ないし」
「ああ、ごめん。僕は二人のつもりで言ってたよ」
「え? 私と都希くんで?」
「そう。それだと気を遣わないでしょ? いや、遣うのは知ってるけど、気にしないでほしいって意味で」
「……いいの? 花火が一つも打ちあがらないうちから帰ろうって言うかもしれないよ?」
「そのときはいい散歩だったね、って言えばいいんじゃないかな」
それが面白かったのか、それとも嬉しかったのか、日向はお腹を抱えて笑った。
右手で涙を少しぬぐうようなそぶりをしてから、答える。
「見たい。花火、都希くんと一緒に見たい」
「わかった。じゃあ、それを目標にリハビリ頑張ろうね」
「うん、頑張る。都希くんは?」
「ん? 何が?」
「都希くんは、何を頑張るの? 夢、まだ見つからない?」
突然そう言われて困ってしまった。
タイムリープしてからずっと日向のことで頭がいっぱいだった。
颯太や園田こと、学園祭が無事終わってホッとしていたともいえる。
よく考えたら未来の事を知っているなんて最強じゃないか?
宝くじだって当てられるし、上がる株だって予想できる。
大金持ちになれるだろう。
ただ、どっちも見ていないので知らないけれど……。
「夢なんて――」
ない。そう言いかけて止まる。
いや、思っていたことがあった。
タイムリープしたからこそ、強く思ったことが。
「……とりあえず勉強かな。今よりもっと賢くなれるように」
「そっか。でも、それが一番大事だよね。――それじゃあ、本当に花火大会行ってもいいのかな?」
日向は期待と不安を込めているかのように再度尋ねてきた。
「もちろん。予定、空けといてね」
「はい。楽しみにしておくね」
日向の嬉しそうな顔を見ながら日記のことを考えていた。
今回も彼女は書いているはずだ。だとしたら、なんて書いているのか。
水族館や学園祭、そして花火についても。
少しでも、ほんの少しでも、良くなってるといいな。
◇
夏休み前の最後の授業は、思っていたよりもあっさりだった。
いや、期待しすぎだったのかもしれない。
卒業式ってわけじゃないし、受験も控えている僕たちに楽しんでこい、なんて担任も無責任なことは言えないからだ。
むしろ、この夏どうするのかはお前たち次第だ、みたいな感じだった。
事実、それは間違っていないだろうけれど。
そして早速花火大会――ではなかった。
日程は夏休みの真っただ中、八月二週目の日曜日。
日向や颯太、園田と会えなくなるのは寂しいと思っていたけれど、その七日後、僕たちは駅前のカフェに集まっていた。
ジャンボパフェを食べて、仲良くなった思い出の場所だ。
あれからも何度か四人で来ている。
もちろん日向の体調が良かったらということだったけれど、幸い問題はなかった。
集まったのに理由なんてなく、ただ、みんな同じことを思っていた。
もっと、もっとこの四人での時間を過ごしたい。
夏休みが終わるとさらに受験で忙しくなる。颯太はサッカーとの両立で時間が取れないし、園田だって同じくらい支えたいはずだ。
だから、自然と約束は決まった。
「よし、ジャンボパフェくださ――って、瀬里なんで手を下げるんだよ!?」
「今日はみんなお昼食べてきたって言ったでしょ? なんで頼もうとするの?」
「夏休みの思い出作りにと思って」
「そう。全部颯太の奢りで食べきる覚悟があるならいいんじゃない」
「お腹いっぱいのときにするもんじゃないな。やめておこう」
いつものやり取りに日向が笑って、僕もつられて笑う。
ここから先、僕はみんながどうなるのかはわからない。
颯太と園田は本当なら別れてしまっていたし、日向とはこの夏で連絡が取れなくなった。
だからこそ、少し不安も感じていた。
もしこれから先にもっと悲しい出来事があった場合、僕が原因かもしれないからだ。
過去を変えて、今が良くなったとしても、それによって良くない未来に変わることもあるかもしれない。
そんなことを考えていたけれど、隣の日向が僕を見て笑みを浮かべた。
「楽しいね。都希くん」
「――そうだね、日向」
きっといい未来が待っている。それを、彼女が肯定してくれた気分だった。
本当は花火を見たいはずだろう。でも、言い出せなかったのかもしれない。
放課後、二人きりになったタイミングで尋ねてみた。
「日向、本当はどう思ってたの?」
「本当って?」
「花火大会。遠慮してたのかなって」
「……何でもわかっちゃうんだね。都希くんには」
やっぱりそうだった。
悲し気な表情を浮かべてから、少しだけ微笑む。
「行きたいよ。でも、途中で疲れちゃったり体調が悪くなったりするかもしれない。みんな優しいから私を放っておけないだろうし。今は大丈夫だからって当日大丈夫とは限らないから、行くって言えなかったの」
行きたい、という気持ちよりも、みんなに迷惑をかけないことを優先する。
自分のことは二の次でいつも他人のことばかり考える。
それが、日向だ。
「だから、諦め――」
「だったら見に行こう」
彼女は驚いて目を見開く。
でも、僕は続けた。
「行こう。花火、きっと綺麗だよ」
「……そうだね。でも、申し訳ないから」
「お祭りの花火会場じゃなくて、とっておきの秘密の場所があるんだ。そこならゆっくり見られるし、帰りたいときもすぐに帰れる」
「そうなの? でも、それじゃあ瀬里ちゃんと萩原くんに申し訳ないし」
「ああ、ごめん。僕は二人のつもりで言ってたよ」
「え? 私と都希くんで?」
「そう。それだと気を遣わないでしょ? いや、遣うのは知ってるけど、気にしないでほしいって意味で」
「……いいの? 花火が一つも打ちあがらないうちから帰ろうって言うかもしれないよ?」
「そのときはいい散歩だったね、って言えばいいんじゃないかな」
それが面白かったのか、それとも嬉しかったのか、日向はお腹を抱えて笑った。
右手で涙を少しぬぐうようなそぶりをしてから、答える。
「見たい。花火、都希くんと一緒に見たい」
「わかった。じゃあ、それを目標にリハビリ頑張ろうね」
「うん、頑張る。都希くんは?」
「ん? 何が?」
「都希くんは、何を頑張るの? 夢、まだ見つからない?」
突然そう言われて困ってしまった。
タイムリープしてからずっと日向のことで頭がいっぱいだった。
颯太や園田こと、学園祭が無事終わってホッとしていたともいえる。
よく考えたら未来の事を知っているなんて最強じゃないか?
宝くじだって当てられるし、上がる株だって予想できる。
大金持ちになれるだろう。
ただ、どっちも見ていないので知らないけれど……。
「夢なんて――」
ない。そう言いかけて止まる。
いや、思っていたことがあった。
タイムリープしたからこそ、強く思ったことが。
「……とりあえず勉強かな。今よりもっと賢くなれるように」
「そっか。でも、それが一番大事だよね。――それじゃあ、本当に花火大会行ってもいいのかな?」
日向は期待と不安を込めているかのように再度尋ねてきた。
「もちろん。予定、空けといてね」
「はい。楽しみにしておくね」
日向の嬉しそうな顔を見ながら日記のことを考えていた。
今回も彼女は書いているはずだ。だとしたら、なんて書いているのか。
水族館や学園祭、そして花火についても。
少しでも、ほんの少しでも、良くなってるといいな。
◇
夏休み前の最後の授業は、思っていたよりもあっさりだった。
いや、期待しすぎだったのかもしれない。
卒業式ってわけじゃないし、受験も控えている僕たちに楽しんでこい、なんて担任も無責任なことは言えないからだ。
むしろ、この夏どうするのかはお前たち次第だ、みたいな感じだった。
事実、それは間違っていないだろうけれど。
そして早速花火大会――ではなかった。
日程は夏休みの真っただ中、八月二週目の日曜日。
日向や颯太、園田と会えなくなるのは寂しいと思っていたけれど、その七日後、僕たちは駅前のカフェに集まっていた。
ジャンボパフェを食べて、仲良くなった思い出の場所だ。
あれからも何度か四人で来ている。
もちろん日向の体調が良かったらということだったけれど、幸い問題はなかった。
集まったのに理由なんてなく、ただ、みんな同じことを思っていた。
もっと、もっとこの四人での時間を過ごしたい。
夏休みが終わるとさらに受験で忙しくなる。颯太はサッカーとの両立で時間が取れないし、園田だって同じくらい支えたいはずだ。
だから、自然と約束は決まった。
「よし、ジャンボパフェくださ――って、瀬里なんで手を下げるんだよ!?」
「今日はみんなお昼食べてきたって言ったでしょ? なんで頼もうとするの?」
「夏休みの思い出作りにと思って」
「そう。全部颯太の奢りで食べきる覚悟があるならいいんじゃない」
「お腹いっぱいのときにするもんじゃないな。やめておこう」
いつものやり取りに日向が笑って、僕もつられて笑う。
ここから先、僕はみんながどうなるのかはわからない。
颯太と園田は本当なら別れてしまっていたし、日向とはこの夏で連絡が取れなくなった。
だからこそ、少し不安も感じていた。
もしこれから先にもっと悲しい出来事があった場合、僕が原因かもしれないからだ。
過去を変えて、今が良くなったとしても、それによって良くない未来に変わることもあるかもしれない。
そんなことを考えていたけれど、隣の日向が僕を見て笑みを浮かべた。
「楽しいね。都希くん」
「――そうだね、日向」
きっといい未来が待っている。それを、彼女が肯定してくれた気分だった。