学園祭が終わって、颯太の高校最後の大会が終わった。
そしてみんなお待ちかねの夏休みが間近に迫っている。
といっても、一年生、二年生と違ってただ遊び呆けることはできない。
僕たち三年は受験生だ。
一学期が終わり、夏休みに入るタイミングでみんな本格的に受験勉強を始める――のだけれど、そう簡単に気持ちは切り換えられない。
特に僕は、一周目の事があって勉強に身が入らなかった。
このまま同じ大学へ行くのか、それとももっと上を目指すのか。
そんな中、日向は保育士に向けて勉強をしていた。
リハビリはまだ続いているけれど、それを感じさせないほど前向きで明るい。
同時に一周目の学園祭がどれほど日向にとって悲しかったのかを痛感させられた。
彼女はずっと一人で戦っていた。自分だけのことならどれだけ辛くても耐えられたのだろう。
でも、周りに迷惑をかけてしまった。
学園祭の後、クラスの雰囲気は悪くなった。
それがつらくて苦しくて、そしてみんなの前から黙って消えてしまった。
自分がいないほうがクラスにとっていいかもそれない、なんて考えたのかもしれない。
本当のことはわからない。でも、責任感の強い彼女ならそう思っただろう。
放課後、日向のリハビリを終えて、薬をもらうまで自販機が並ぶ休憩スペースで待機していた。
少しの時間も無駄にしたくないからと、ノートを広げ勉強を始める。
彼女とは随分と仲良くなった。友達同士の関係性ではなく、お互いに理解しあえているような、そんな感じだ。
「都希くんは、まだ何も考えてないの?」
「え? 何が?」
「将来。大学は受けるんでしょ? みんなもう志望校決まってるのに、全然教えてくれないし。ちょっと寂しいな、なんて」
「ごめん。教えたくないわけじゃないんだ。ただ、どうしようかなって思ってるだけ。夢がないのに大学って入ってもただ無駄に時間を過ごすだけになるしね」
首を振って答える。今が精いっぱいなのだ。未来のことなんて考えられない。
すると日向は勉強していた手を止めて、少しだけ、おどけた表情で口を尖らせる。
「どうしたの?」
「たまにそういう言い方するよね。都希くん、一度大学に入ったことがあるみたい。もしかして未来から来たの?」
日向にとっては何気ない一言だったと思うけれど、僕にとっては大きな衝撃だった。
誤魔化そうと何か言いかけ、ドンッとテーブルに手があたり、上にあった物を落としてしまう。
慌てて拾っていると彼女が手伝ってくれた。くすくす笑いながら、「でも、それが本当なら嬉しいけどね」と言った。
僕は反射的に「なんで?」と聞き返す。
「だって、都希くん優しいから。悪いことがあればきっと変えようとしてくれる。今まであった良いことは全部都希くんのおかげなのかなって」
満面の笑みを浮かべる日向。
彼女の言う通りだ。すべてを変えたい。どんな些細なことでも、どんなに小さなことでも。
でも何度調べても彼女の病気は治るものではない。
良くなるどころか悪くなっている。
それは、どうしても変えられないことだった。
気を抜くと涙を流しそうになってしまう。
でも絶対に悲しい顔はしないと決めている。
彼女には、ずっと笑顔でいてほしいから。
少し深呼吸して、冗談を言うように答える。
「バレちゃったか」
「あ、やっぱりそうなんだ。どうだった? 私、立派な保育士さんになってた?」
「そうだね。子供に囲まれて幸せそうだったよ」
日向があと、どのくらい生きられるのかはわからない。
でも僕は最後のときまで嘘をつき通す。
何も、心配させたくないからだ。
◇
リハビリのおかげか、日向は学校生活も問題なく送ることができている。
表面上は平気なふりをして、誰もいないところでは休んでいたりするけれど。
日向は凄い。本当に尊敬できる。
彼女からすれば学校は楽しいところなのだろう。
でも夏休みは目前、クラスメイト達は何をするかばかり話していた。
もちろん、僕たちも例外なく。
いや、主に颯太が。
「夏はやっぱり海! プール! 後は祭りに花火だよなあ!? くぅー、楽しみだぜ」
中庭でシートを広げて弁当を食べていた。
これからの事を楽し気に語る颯太、微笑みながら聞く日向、それを観察している僕、そして冷ややかな目で見る園田。
「颯太、あなたはサッカー頑張ってたし、本当に偉いと思う」
「なんか……不穏な始まりだな。一応聞こうか、瀬里」
「私たちは三年生。受験生よ。世間はそんな横暴を許さないわ。いえ、学力がそれを許さないといっておこうかしら」
問答無用で正論を叩きつけると、颯太が頭を抱えた。
サッカーにすべてをかけていたからこそだが、勉強がおろそかになっているらしい。
といっても、颯太はやるときはやる男だ。
一周目でもしっかり大学に合格している。
今回はサッカーを続けるとのことだが、それを理由に勉強をしない理由はない。
特に親が厳しいからこそしっかりする必要があるだろう。
大丈夫、ちゃんと大学に合格していたよと言いたいが、言えないのが歯がゆい。
「頑張ろう颯太。僕は信じてるよ」
「都希ぃー! じゃあ、みんなで勉強会は!?」
「みんなそれぞれ分野が違うんだから。甘えないの」
「くぅー、だったら祭りぐらいは行こうぜ!? それを糧に頑張るからよお!」
颯太にしてはというと失礼だけれど、ちゃんとした意見だった。
祭りは日付も決まっているし、大体一日くらいだ。
しっかり勉強さえしていれば空けられないこともない。
そして僕も日向を花火に誘おうと思っていた。
しばらく園田が悩んだあと、「私はいいけど、二人は?」と尋ねてきた。
僕は大丈夫だけれど、日向がなんていうのか心配だった。
彼女は少し困った顔をして悩んでいる。
最近大きな不調はないといえ、人混みの中を長時間歩き回るのは不安なのかもしれない。
「僕はやめとくよ。人が多いの苦手だしね」
「ええ都希ぃ」
「それより颯太、園田と二人で行ってきなよ。勉強してたら二人でのデートもなかなか行けないだろ」
「やっぱり颯太より小野寺のほうが女心をわかってるわね」
「瀬里ぃ二人で行きたかったのか! 行こう! 二人で行こう! デートしよう」
園田は僕に目配せして笑う。
本当はみんなで行きたいと思っていたのかもしれないが、僕が断った理由を察したのだろう。
日向も「二人で楽しんできてね」と微笑んでいた。
そしてみんなお待ちかねの夏休みが間近に迫っている。
といっても、一年生、二年生と違ってただ遊び呆けることはできない。
僕たち三年は受験生だ。
一学期が終わり、夏休みに入るタイミングでみんな本格的に受験勉強を始める――のだけれど、そう簡単に気持ちは切り換えられない。
特に僕は、一周目の事があって勉強に身が入らなかった。
このまま同じ大学へ行くのか、それとももっと上を目指すのか。
そんな中、日向は保育士に向けて勉強をしていた。
リハビリはまだ続いているけれど、それを感じさせないほど前向きで明るい。
同時に一周目の学園祭がどれほど日向にとって悲しかったのかを痛感させられた。
彼女はずっと一人で戦っていた。自分だけのことならどれだけ辛くても耐えられたのだろう。
でも、周りに迷惑をかけてしまった。
学園祭の後、クラスの雰囲気は悪くなった。
それがつらくて苦しくて、そしてみんなの前から黙って消えてしまった。
自分がいないほうがクラスにとっていいかもそれない、なんて考えたのかもしれない。
本当のことはわからない。でも、責任感の強い彼女ならそう思っただろう。
放課後、日向のリハビリを終えて、薬をもらうまで自販機が並ぶ休憩スペースで待機していた。
少しの時間も無駄にしたくないからと、ノートを広げ勉強を始める。
彼女とは随分と仲良くなった。友達同士の関係性ではなく、お互いに理解しあえているような、そんな感じだ。
「都希くんは、まだ何も考えてないの?」
「え? 何が?」
「将来。大学は受けるんでしょ? みんなもう志望校決まってるのに、全然教えてくれないし。ちょっと寂しいな、なんて」
「ごめん。教えたくないわけじゃないんだ。ただ、どうしようかなって思ってるだけ。夢がないのに大学って入ってもただ無駄に時間を過ごすだけになるしね」
首を振って答える。今が精いっぱいなのだ。未来のことなんて考えられない。
すると日向は勉強していた手を止めて、少しだけ、おどけた表情で口を尖らせる。
「どうしたの?」
「たまにそういう言い方するよね。都希くん、一度大学に入ったことがあるみたい。もしかして未来から来たの?」
日向にとっては何気ない一言だったと思うけれど、僕にとっては大きな衝撃だった。
誤魔化そうと何か言いかけ、ドンッとテーブルに手があたり、上にあった物を落としてしまう。
慌てて拾っていると彼女が手伝ってくれた。くすくす笑いながら、「でも、それが本当なら嬉しいけどね」と言った。
僕は反射的に「なんで?」と聞き返す。
「だって、都希くん優しいから。悪いことがあればきっと変えようとしてくれる。今まであった良いことは全部都希くんのおかげなのかなって」
満面の笑みを浮かべる日向。
彼女の言う通りだ。すべてを変えたい。どんな些細なことでも、どんなに小さなことでも。
でも何度調べても彼女の病気は治るものではない。
良くなるどころか悪くなっている。
それは、どうしても変えられないことだった。
気を抜くと涙を流しそうになってしまう。
でも絶対に悲しい顔はしないと決めている。
彼女には、ずっと笑顔でいてほしいから。
少し深呼吸して、冗談を言うように答える。
「バレちゃったか」
「あ、やっぱりそうなんだ。どうだった? 私、立派な保育士さんになってた?」
「そうだね。子供に囲まれて幸せそうだったよ」
日向があと、どのくらい生きられるのかはわからない。
でも僕は最後のときまで嘘をつき通す。
何も、心配させたくないからだ。
◇
リハビリのおかげか、日向は学校生活も問題なく送ることができている。
表面上は平気なふりをして、誰もいないところでは休んでいたりするけれど。
日向は凄い。本当に尊敬できる。
彼女からすれば学校は楽しいところなのだろう。
でも夏休みは目前、クラスメイト達は何をするかばかり話していた。
もちろん、僕たちも例外なく。
いや、主に颯太が。
「夏はやっぱり海! プール! 後は祭りに花火だよなあ!? くぅー、楽しみだぜ」
中庭でシートを広げて弁当を食べていた。
これからの事を楽し気に語る颯太、微笑みながら聞く日向、それを観察している僕、そして冷ややかな目で見る園田。
「颯太、あなたはサッカー頑張ってたし、本当に偉いと思う」
「なんか……不穏な始まりだな。一応聞こうか、瀬里」
「私たちは三年生。受験生よ。世間はそんな横暴を許さないわ。いえ、学力がそれを許さないといっておこうかしら」
問答無用で正論を叩きつけると、颯太が頭を抱えた。
サッカーにすべてをかけていたからこそだが、勉強がおろそかになっているらしい。
といっても、颯太はやるときはやる男だ。
一周目でもしっかり大学に合格している。
今回はサッカーを続けるとのことだが、それを理由に勉強をしない理由はない。
特に親が厳しいからこそしっかりする必要があるだろう。
大丈夫、ちゃんと大学に合格していたよと言いたいが、言えないのが歯がゆい。
「頑張ろう颯太。僕は信じてるよ」
「都希ぃー! じゃあ、みんなで勉強会は!?」
「みんなそれぞれ分野が違うんだから。甘えないの」
「くぅー、だったら祭りぐらいは行こうぜ!? それを糧に頑張るからよお!」
颯太にしてはというと失礼だけれど、ちゃんとした意見だった。
祭りは日付も決まっているし、大体一日くらいだ。
しっかり勉強さえしていれば空けられないこともない。
そして僕も日向を花火に誘おうと思っていた。
しばらく園田が悩んだあと、「私はいいけど、二人は?」と尋ねてきた。
僕は大丈夫だけれど、日向がなんていうのか心配だった。
彼女は少し困った顔をして悩んでいる。
最近大きな不調はないといえ、人混みの中を長時間歩き回るのは不安なのかもしれない。
「僕はやめとくよ。人が多いの苦手だしね」
「ええ都希ぃ」
「それより颯太、園田と二人で行ってきなよ。勉強してたら二人でのデートもなかなか行けないだろ」
「やっぱり颯太より小野寺のほうが女心をわかってるわね」
「瀬里ぃ二人で行きたかったのか! 行こう! 二人で行こう! デートしよう」
園田は僕に目配せして笑う。
本当はみんなで行きたいと思っていたのかもしれないが、僕が断った理由を察したのだろう。
日向も「二人で楽しんできてね」と微笑んでいた。