無事に衣装も出来上がっていき、大道具のセットなども合わせて準備は順調に進んでいた。
 演技の練習にも気合いが入り、みんな始めたばかりのころと比べ随分と上手くなっている。
 
 台本はストーリー性を高めるために、アニメーション映画を元に作りなおした。
 一途な王子様、は僕が演じるが、白雪姫と出会って一目ぼれし、狩人に命を狙われいなくなった彼女を探すことからはじまる。
 一方白雪姫である日向は、物語通り毒りんごを食べて眠らされてしまう。
 そして白雪姫を見つけた王子様がキスをして、深い眠りから目が覚めるのだ。

「鏡よ! 鏡!  世界で一番美しい人は誰?」

 女王役の女子生徒が叫ぶと、鏡からぎょっと顔が出てくる。
 ――颯太である。

「それは白雪姫だっ! 絶世の美女だっ!」

 ……まんま颯太だが、出番が少ないのでまあ良しとしよう。

 それから場面が変わって日向の出番だ。
 既に完成していた衣装を纏っている。
 黄色いスカートは、明るい彼女によく似合う。

「私が好きなお方はただ一人。あの……王子様だけ」

 それからミュージカルも取り入れた。
 驚いたことに、日向は演技だけでなく、歌もとても上手だった。

「凄いな。本当のオペラ歌手みたい」
「ね、三城さん凄いよね」
「これもう……プロの劇団じゃね?」

 なんて冗談のような、本気の感想がもれ出るほどだ。
 聞き惚れ、目を奪われ、心奪われる。
 でも、それがなぜなのかはかわかっていた。

「都希くん?」
「ああ、ごめんね」

 そして僕も王子としての演技をしながら、日向の事を考えていた。

 日向は誰よりも一生懸命で、真剣だ。
 与えられた役柄をただこなしているわけじゃない。
 誰かの記憶に残ってほしいと本気で願っている。

「王子、あなたのおかげで……」

 僕には、そう強く感じた。

 ◇

 練習も順調に進み、すべてが滞りなく進んでいた。
 日向の体調も気にかけているが、今のところ何か起きたことはない。

 初めはただ無事に終わってほしいと願っていた。
 でも今は、誰かの記憶に強く残るような、そんな舞台にしたいと思っている。

 その想いは日向を通して、クラスメイト全員に伝わっていた。
 一周目のときよりも一体感があって、みんなが学園祭という催しを楽しみながら全力を出している。

「えーと、あ、ここだここだ」
「なんかすごいね。なんというか……」

 言葉を選びながら困っている日向。

 学園祭の舞台をよりよくするために、僕たちは白雪姫を鑑賞しようという話になった。
 ネットで見ることもできたけれど、古い実写版の映画があるとのことで、学校終わり、レンタルDVD屋さんへやってきた。

 思っていたよりも古いお店のようだ。

 こういう場所に来るのは何年ぶりだろうか。
 小学生のころ、父親ときて以来かも。

 少し緊張しながら自動ドアをくぐる。
 電話で伝えておいたのだが、店主は見当たらない。奥で休んでいるのだろうか。

「手分けして探す?」
「そうだね。じゃあ、僕はあっちを」

 アニメーションは分けられているみたいだが、実写だとどこにあるのかわからない。
 名前順で探したかったけれど、どうやらないみたいだ。

 白雪姫ってファンタジーでいいのかな。いや、恋愛? それともSF?
 
 なんて考えていると、店主のおじさんに声をかけられた。

「何かお探しかい?」

 電話したことを伝えると、ああ、ここだよと教えてくれた。
 物腰の柔らかい人だ。無事に見つけて日向を探す。
 すると彼女は、ひとつのDVDを手に取って見ていた。

 ロミオとジュリエットだ。
 
 そういえば前に演劇を見てすごく良かったと言っていた。
 僕が後ろから声をかけると、驚いたのか肩を震わせ急いで棚に戻す。

「あ、ご、ごめんね?! 見つかったんだ」
「おじさんが教えてくれたよ。それじゃあ借りようか」

 驚いたことに白雪姫の映画は2本もあった。
 古いのと新しいのだそうだ。
 2本とも借りて、会員登録の手続きを終える。返却は七日後。
 それを過ぎると延滞料金が発生する。

 当たり前だけれど、ネット動画の視聴に慣れた僕たちにとっては新鮮だった。

 帰り道、日向と白雪姫の話をしながら歩いていた。
 最近は学園祭の準備などで帰りが遅くなることも多いので日向の家の前まで一緒に来ている。
 気を遣わせないように、もう少し劇の話をしたいから、とか何かと理由をつけて。
 
「都希くん、いつもありがとね。それじゃあ、また明日、白雪姫は視聴覚室で」
「そうだね。日向、あとこれ」

 こっそり借りていたロミオとジュリエットのDVDを鞄から取り出す。

「……え? これって、ロミオとジュリエット?」
「見たかったんじゃないかなと思って。返却まで七日あるし。もし忙しくて見られなくても全然大丈夫だから。気にしないで」

 日向は驚いていた。でも、嬉しそうだった。

「それじゃあ――」
「都希くん」

 DVDを手渡し帰ろうとしたとき、日向はなぜか僕を呼び止めた。
 改めてお礼を言われるのかなと思ったが、そうではないみたいだ。

 なぜなら、腕を軽く引っ張られていたから。

「まだ、時間ある?」
「え? あるけど」
「良かったら映画、今から一緒にみない?」

 目の前にある三階建ての小さなマンションを指差して日向が言った。


 日向の家に入るのは、これが初めてだ。
 一周目でのアパートを除いて。

「お母さんは仕事で夜まで帰ってこないから、気を遣わないでね」
「お邪魔します」

 玄関に入るとすぐに洗面所があり、廊下を挟んで向かいに部屋がある。
 そこが日向の部屋だそうだ。
 廊下の突き当りの部屋がダイニングキッチンらしい。
 
「ちょっとだけ待ってね」

 部屋の外で待機しながら、これが自分の部屋だと片付けに時間がかかりそうだな、なんて思っていた。
 でも、日向はすぐ呼んでくれた。

「あんまり綺麗じゃないけど、ごめんね」
「いや、めちゃくちゃ綺麗だよ」

 ベッドに机、落ち着いた色合いの部屋だった。
 物は整理整頓されていて、随分と綺麗だ。
 ただ、枕元にはいくつかぬいぐるみが並べられていて、日向らしいなとも感じる。
 その中でも一際大きく存在感をはなっていたのが、僕があげたオオサンショウウオで、ちょっと嬉しかった。

 少しそわそわしている僕に、日向は笑いながら「座っていいよ」とクッションを置いてくれた。

「誰かを家に上げたの初めてかも」
「そうなんだ。園田は?」
 
 ないよ、と一言。お茶を持ってくるね、とダイニングへ向かう。
 あまりじろじろ見るのも悪いなと思いつつも、ちょっとだけ部屋を見渡す。
 コルクボードには、写真がいくつも貼ってあった。
 その中には、いつしかモールで撮った四人のプリクラもある。

 颯太が変顔をして、園田が真面目に撮ってと怒っている。それを見て僕と日向が笑っている。
 四人の関係性がよくわかる、そんな瞬間を写したプリクラだった。
 日向がこれを選んで飾っていることがなんだか嬉しかった。
 僕も同じものを家に飾っているから。

 部屋に戻ってきた日向の手には、お茶とコップ、そしてお菓子があった。

「麦茶しかないんだど」
「気を遣わなくて大丈夫だよ。ありがとね」
「初めてのお客様だから、おもてなししなきゃ」

 笑いながらお茶を入れてくれたあと、DVDを取り出した。
 白雪姫が2本、ロミオとジュリエットが1本。

「先にロミオとジュリエットを見ようか。僕も見たいし」
「んー、でもあんまり遅くなるのも悪いから。白雪姫を見て、その後時間があったらにしよ。誘っておいてなんだけど、都希くんはお家に帰らなくて大丈夫なの?」 
「さっき連絡しといたから問題ないよ。それより、僕も一緒に見たかったし」

 部屋にDVDプレイヤーがあるのは、もともと映画が好きでよく部屋でみているからだという。
 まず、一本目の白雪姫を再生する。日向が僕の隣に座る。

「せっかくならポップコーンでも買ってきたらよかったね」
「だったら僕が買ってこようか?」
「冗談だよ。そういうところ優しいよね」

 昔の白雪姫の映画はCGなんて使っていなかったので、意外と演劇でも使えそうな場面が多かった。
 
 やがて話は進み、狩人から命を狙われるシーンが流れる。
 日向は本当に自分が襲われているかのような表情を浮かべていた。

 その後、七人の小人と出会う。

「七人の小人って、実は十六人いたらしいよ」
「え、そうなの?」
「キャラクターの原案では十六人いたんだけど、選ばれたのは七人なんだって」
「へえ、どうしてその七人が選ばれたの?」
「性格に焦点をあてたときに、わかりやすいからだって」

 日向はやると決めたら調べ尽くすタイプで、演目が決まったとき、図書館までいって白雪姫の事を調べていた。その時に知った情報だそうだ。
 本人は演劇に使えないから調べても意味がないとわかっているんだけど、なんて言うが、僕はそう思わない。
 日向を見ているとわかるからだ。
 どれだけ努力をしているのか。どれだけ真剣に考えているのか。言わなくても、ちゃんと伝わってくる。

 そして最後、王子様のキス。

 舞台でももちろんこのシーンはある。
 当然、本当に唇を重ねたりはしない。

 直前で暗転して、誰にも見えないようになるのだ。

 そして照明がつくと、眠りから覚めた姫と手を繋ぎ、ハッピーエンド。

 映画を見ながら一時停止をしたり、演劇の話をしていたからか、上映時間よりもはるかに長い時間を見ていた。

「凄く良かった。昔の映画って見にくいのかなって思ってたけど、全然そんなことないし、むしろ画面の中の俳優さんが際立ってて見入ってしまった」
「確かに。俳優さんの演技って凄いよね」
「都希くんも上手だよ」
「え? 僕が? いや、日向に比べると――」

 そんなことないと言いかけたとき、日向のスマホが鳴った。

「もしもし? え? わかった。うん……。はい、それじゃあね」
「お母さん? もう帰ってくるって? それじゃあ、続きは明日にしようか」

 すると日向は、首を横に振った。お母さんは介護士をしているらしく、急に夜勤の人が休みになったため、仮眠をとって続けて仕事をするという。

「そっか。それはさみしいね」
「よくあることだから大丈夫」

 大丈夫と言いながらもどこか寂し気な日向。うちは両親のどちらかは絶対いるので一人になることはない。
 ……どんな気持ちでいるのだろう。

「ねえ、都希くん。都希くんさえよければ、もう少し一緒に映画みない?」
「え? 僕は構わないけど、いいのかな」
「大丈夫だよ。お母さんにもラインはしておくから」

 それって余計に大丈夫じゃないような気がする。でも、それ以上は聞かなかった。
 ただ、続けて映画を見る前に何か食べようとなった。
 コンビニで買ってこようかと思ったけれど、日向が簡単なものでいいなら作るよと言ってくれた。

「味は保証しないけどね。なにか食べたいものある? あー、でもたいしたものは作れないかも――」

 冷蔵庫の中を確認しながら呟く日向。

「何でもいいよ――ってそれも困るよね。でも、本当に無理しないで。作れるものならなんでも」
「オムライスなら作れそうだな。卵がたくさんあるから」
「それは……めちゃくちゃ嬉しい。実は大好物で」
「そうなの? じゃあ、オムライスにしよう」