日向と一緒に公園でボートに乗ってから数週間が経過した。
 レクリエーションも無事に終わり、僕たち四人は以前よりも随分と仲良くなった。

 その間に、日向の日記を見返しながらそれとなく彼女の願いを叶えていった。
 しかしそのたびに、やり切れない思いが募っていた。
 彼女が書いてある事は、本当に些細なことばかりだったからだ。

 なのに、誰にも言えなかった。

 どれだけ我慢してきたのだろうか、望むことが悪いと思っているのだろうか。
 いくら考えても、それは日向にしかわからないだろう。

 園田は時折、日向の体調を気にしていた。
 もしかすると、彼女も何かに気づいているのかもしれない。

「なあ都希」

 今日はお弁当がなく、久しぶりの学食。
 懐かしいうどん定食を食べていたら、颯太が何やら神妙な表情を浮かべていた。

「ん? どうかした? サッカーで何かあったの?」
「悩んでる事があったら、いつでも言ってくれよ」
「……何が?」
「最近、変だぜ。何かに思い詰めてるような感じがする。もっと頼れよ。俺でも、瀬里でも、三城さんでも」

 いつもの冗談めいた感じは一切ない。真剣に僕を心配してくれているようだった。
 ただ、簡単に頼れるものではない。特に日向には。
 そもそも、僕がタイムリープしてきただなんて話しても信じてもらえないだろう。

「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
「本当か? まあ、いいけど。何かあったらすぐ言えよ」

 完全に信じてはくれていないみたいだけれど、困惑させたくない。
 それにもし真実を話して誰が幸せになる? 日向が、不治の病にかかっているだなんて。

「ちょっと詰めてー」
「ご、ごめんね? 突然に」

 するとそこに、園田と日向がやってきた。学食を食べるなんてめずらしい。
 二人とも美味しそうなきつねうどんだ。ちなみに僕のうどん定食は天丼がついている。

「何の話してたの?」
「男同士の秘密の話だぜ」
「何の話してたの? 小野寺」
「俺って無視されてる?」

 日向がくすくす笑って、僕が答える。

「まあでも、颯太の言う通り。男同士の話だよ」
「ふうん。やっぱり、あっちいこうか? 日向」

 なんて冗談を言う園田。いや、本気かもしれないけれど。
 食堂はいつもより人が多かった。その理由は、みんな話し合っているからだ。
 周りの声に耳を澄ますと、聞こえてくるのはあの事(・・・)ばかり。

「学園祭、何の演劇するか決まった?」
「うちのクラスはこれから。投票で決めるかなー」
「シンデレラしたいなー」

 もうすぐ学園祭の準備に取り掛かるのだ。
 僕たち三年生にとっては高校最後の大事な行事でもある。
 これが終わると本格的に受験勉強で忙しくなるだろう。

 そして一周目、日向にとって最悪な出来事でもある。

 僕はそれを回避するつもりだ。
 日向が僕たちの前から姿を消したのは、この学園祭が一番のきっかけだったに違いない。

 とはいえ、まだ悩んでいた。
 本当にまた同じことが起きるのか? それは、避けられないのか。

 うちの学校は学年で出し物が決まっている。一年生は展示会で、二年生が模擬店、三年生は演劇だ。
 クラスの出し物を変えたいと先生に頼んでみたが、流石にただのいち生徒の僕でルールを変えることはできなかった。
 でもなんとか上手く進めて、日向が直前で休んでも問題なく終われるようにしたい。

「そういえば今日からだっけか。学園祭について話し合うの」

 颯太の言う通り、五時限目を使って話を進めていく。
 そこで僕は学園祭の実行委員に立候補する予定だ。

 色々と決めることができるから。

「楽しみだね。一体、何になるのかな」

 昼休みの終わり、最後の日向の言葉が心に重くのしかかった。

 ◇

 五時限目、クラスメイトたちは様々な表情を浮かべていた。
 楽しみだという人もいれば、面倒だと思う人がいて、それよりも勉強したい、なんて考えている人もいるだろう。

 一番楽し気に見えたのは日向だった。
 彼女はドラマをよく見ると言っていたし、物語が好きなのだろう。

 まず先生が前に出て、初めに実行委員を決めると言った。
 決まれば実行委員を中心に話を進めていくのだ。

「男女で二人だな。立候補するやついるか?」

 僕はすぐに手を挙げた。
 一番驚いていたのは颯太だった。予め伝えておくか悩んだけれど、理由を聞かれたらうまく答えられる自信がなかった。
 それよりもその場で「何となく?」と言ったほうがいいかなと思った。

「おお、小野寺やってくれるか。後は女子だが――」

 そして僕は、その後の先生の言葉に驚いた。

「三城、大丈夫なのか?」
「はい。やってみたいです」

 斜め横を見ると、なんと日向が手を挙げていたのだ。
 前回、彼女は実行委員なんて立候補していなかったのに。
 いや、それは僕も同じだけれど。
 でもこれだと、余計に彼女の負担が増える。

「先生、私もしてみたいです」

 するとこそで、園田が手を挙げた。

「どうした園田。男女一人ずつだぞ」
「受験もありますし、負担を軽くしたほうがいいかなと思います」
「まあ……それもそうだな」
「はい! 俺もやります!」

 そこで元気よく声を上げたのは颯太だった。
 園田と付き合っているのは周知の事実なので少し茶かされるも、先生が了承した。

 放課後、僕はまず日向に声をかけにいった。

「日向、どうして立候補したの?」
「最後だし、やってみたいなって。それに、都希くんと一緒なら楽しそうだから」

 僕が立候補したことで日向も立候補したのなら、申し訳ないことをしたかもしれない。
 でも、嬉しかった。
 日向がそう思ってくれていることが。

「都希ぃ! なんで立候補したんだよ! 先に言えよ!」

 すると颯太がやってきた。隣には園田もいる。

「なんとなく、ちょっと楽しそうだなって」
「まあでも、確かにな! 四人でできるなんて最高だな!」

 僕は園田をちらりと見た。あまりこういうことはしたがらないと思っていたけれど――。

「私も颯太と同じ。四人なら、楽しそうだしね」

 みんな同じ気持ちみたいだ。
 僕は今まで学園祭の演劇をなんとか回避したいと思っていた。でも違う。
 日向の体調を考慮しながら、どう楽しむか、どう成功させるかを考えなければいけない。
 この四人ならきっとそれができるはずだ。