保健室で眠っている日向の横で、色々と考えていた。
園田も心配していたが、僕が見ていると言ったら安心して仕事へ戻っていった。
先生曰く、貧血だそうだ。少し休んだら治るだろうとのことだった。
日向も一度意識を取り戻したが、ゆっくり眠ってもらっている。
大事に至らなくて良かったが、筋ジストロフィーとまったく無関係というわけではないだろう。
日向には時間がない。色々調べたりもしているが不治の病だ。
病気のことに関しては、僕にできることは何もない。
でも、日向の望みを、やりたいことを、叶えることはできる。
一周目、彼女にとって特に悲しかったのは、学園祭だろう。
ヒロインに選ばれたにもかかわらず当日、参加することができなかった。
責任感の強い彼女はひどく自分を責めただろう。
もう絶対にそんな思いはさせたくない。
「ん……あれ、都希くん? まだここにいたの?」
「おはよう。心配だったからね。もう少し寝ててもいいよ」
「でもみんなやってるのに私だけ……」
「園田がしっかりやってるから大丈夫。だから、もう少し休んで」
「……ありがとう」
といってもすぐには眠れなかったらしく、天井を見上げながら何かを考えていた。
ずっと見つめるのも悪いので、窓の外を眺めていると、名前を呼ばれた。
「昔から身体が弱いんだよね。いつも……こうやって誰かに迷惑をかけちゃうんだ。ごめんね」
もし僕が日向の立場なら、自分がつらい時にこんなことを言えるだろうか。
自分のことよりも人のことを気遣える日向は本当に凄い。
「そんな事考えなくていいから、ゆっくり休んで」
「……ありがとう」
そのまま日向は眠った。
ほどなくして園田と颯太がやってきた。
倒れた際にどこもぶつけなかったのが幸いだった。
「日向、本当に大丈夫なの? もう少し休んでいったほうがいいんじゃないの?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう瀬里ちゃん」
何度も体調の確認をする園田を見ていると、やっぱり何かに気づいているみたいだ。
僕は悩んでいた。二人に日向の病気の事を話すべきなのか。
ただ言っても何か変わるものでもない。それどころか日向だって余計に気を遣うようになるだろう。
四人で集まることもなくなるかもしれない。
それは彼女が望んでいることだとは思えなかった。
「まあでも大丈夫そうでよかったな! 帰りは都希、家まで頼んだぜ!」
「え、いやそんな悪いよ!?」
「わかった」
「ええ、都希くん!?」
「方向もほとんど一緒だし、気にしないで」
いつもの帰り道、園田はまるで母親のように日向を心配していた。
「もうすぐそこだからここで大丈夫だよ。今日はありがとうね」
儚げな彼女を見ながら、僕はもっと知りたいと思った。
もっと一緒の時間を過ごしたいし、もっと理解したい。
そんなことを考えていると、日向が僕の顔を覗き込む。
「ねえ、都希くん明日って何か予定ある?」
「ん? 明日? は何もないけど」
「もしよかったら……少しお出かけしない?」
突然のことに驚いた。
こうやって誘われたことは、一周目も含めてない。
「体調は大丈夫なの?」
「大丈夫。でも、人が多いところは疲れちゃうから……公園、でも構わないかな? 駅前の自然公園とか」
「僕は嬉しいよ。でも、無理しないでね」
「うん。都希くんは優しいね」
「そうかな」
ふと日向の日記を思い返す。そういえば、駅前の公園のこと書いていた。
お昼頃から行こうと話がまとまり、待ち合わせも決めた。
「じゃあ詳しい事はグループラインにメッセージ送っておくよ」
「え? グループラインに? どうして?」
「四人で行くんじゃないの?」
「……違うよ。都希くんと二人でもっと話したいと思ったから」
まさかだった。
日向が慌てて訂正して、二人も呼ぶ? と再度尋ねてきた。
「いや、僕も二人で話したいな」
日向と二人で話したい。心からの言葉だった。
僕の返事に、彼女は黙って微笑む。
「嬉しい。それじゃあまた明日」
別れた直後、振り返ってとびきりの笑顔で手を振る日向。
もしかしたら本当にただの貧血で、病気なんて患っていないのかもしれない。
いや、そうであってほしい。
家へ帰ると、母さんが不思議そうに僕を見ていた。
「都希、なんかいいことあったの?」
「なんで?」
「凄く嬉しそうな顔してるわよ。彼女でもできた?」
「なっ、できてないよ」
「そう?」
明日の事を考えていたからだろうか。
自分でもわからなかったが、もの凄く顔に出ていたらしい。
明日、様子を伺いながら病気のことについて聞けたら聞こうと思っている。
けれど、日向と二人でゆっくり話せることがなにより楽しみだ。
五月X日
テレビを見ていたら、駅前の自然公園の特集をしていた。色とりどりの花が咲いていて、湖がきれいな所だ。
でも一番気になったのは、湖を自由に動き回れるスワンボートだった。
なんだか楽しそう。でも、瀬里ちゃんはサッカー部のマネージャーで忙しいし、一緒に行く相手もいないしなあ。
一人で行って疲れて動けなくなったら困るし。きっと一人で行っても楽しくない。
いつか、いつか誰かと行けたらいいな。
◇
貧血のこともあったので、日向の家の近くで待ち合わせをした。
今日は快晴で日差しも暖かく、まさに公園日和だ。
「都希くん、どうしたの?」
「いや、いつもお洒落だなと思って」
日向は小さな花柄のワンピースにブラウンのサンダル、少し大きめのトートバッグを持っていた。
髪はいつもは下しているけれど、今日は纏めている。
なんだか気恥ずかしくてその事に触れることはできなかったけれど、いつも以上に可愛い日向に見惚れてしまっていた。
「そんなことないよ。でも、ありがとう」
公園までの道のりを並んで歩く。
天気や学校のことなどありきたりな話をしていたら、自ずと一年生と二年生の時の話になった。
日向の事を知ってはいたけれど、クラスは一度も一緒にならなかった。
お互いにクラスを超えて友人をつくるほど社交的なタイプではないし、関わることはなかった。
と、僕は思っていたのだけれど。
「え、図書室で?」
「そう。やっぱり忘れてたんだ」
日向が言うには、僕と初めて話したのは三年生になってからではないらしい。
図書室でテスト勉強をしているとき、偶然隣同士だったらしく、そこで少し話をした、そうだ。
「……ごめん、覚えてない」
「ちょっとしか会話してないし、仕方ないよ。私は、都希くんの字が綺麗だったからよく覚えてたの」
だからこの前、やっぱり、なんて言ってくれたのか。
覚えていないことがなんだか申し訳なかったけれど、嬉しくもあった。
「そういえば都希くん、もうサッカーはしないの?」
「楽しかったけど、始めるのには遅すぎたかな。颯太を見てるだけで満足かも」
「もったいないなあ。続けてたらきっと上達するって瀬里ちゃん言ってたよ」
「嬉しいけど、颯太を見てるとね」
「ほんと上手だよね。瀬里ちゃん、私と二人のときはいつも萩原くんの事褒めてるよ。優しいって」
「へえ園田がそんな事いうんだ。颯太に言ったら喜びそうだな」
「ダメダメ。そういうの絶対恥ずかしがるから」
「そんな気がするよ。そういえば日向はいつから園田と仲いいの? 高校入学から?」
「え? 私と瀬里ちゃんは、中学生から一緒だよ」
「そうなんだ? 知らなかった」
だから仲良いのか。でも、性格は真逆に見える。
いや、それがいいのかな。
「私、中学生のときにこっちに転校してきたんだ」
「そうだったんだ。知らなかった」
「うん。でも、周りはもう仲の良いグループができていて、なかなかクラスに馴染めなかった私に声をかけてくれたのが瀬里ちゃんだったの」
「園田って一見人に興味なさそうに見えて、そういうとこあるよね」
「少し誤解されやすいところもあるけど、本当はすごく優しくて困ってる人を放っておけないタイプなんだよね」
「確かにそうだね。みんなの事、よく見てるもんね」
「私が困ったときは、いつも瀬里ちゃんが助けてくれる。いつも甘えっぱなしで、申し訳ないけどね」
「園田はそんなこと思ってないよ。日向と一緒にいて楽しいって言ってたよ」
「そうだといいんだけどね」
日向と園田はお互いを本当によく理解しているし、信頼しあっている。
けれど病気の事は言わなかった。
それが彼女の優しさだということはわかっているが、きっと教えて欲しかっただろう。
彼女のお母さんから初めに連絡をもらったのは園田だ。
どんな思いで日向の報せを聞いたのだろう。病気のことを言ってくれなかったこと、気づけなかったこと、すごく悲しかっただろう。それこそ想像もつかないぐらい。
いや、それは日向もだ。今も、言えないことに苦しんでいるのかもしれない。
「きっとそうだよ。親友っていいね」
「うん。でも、都希くんと荻原くんもそんな関係に見えるよ。お互いを信頼しあってる気がする」
「そうだといいけどね」
「恥ずかしいんでしょ」
「さあ、どうだろう」
なんて、そんな事を話していると到着した。
駅前の自然公園は、都内にあるとは思えないほど広い。
入口の看板に目を向けると、大きな湖を一周できるマラソンコースのようなものが記載されていた。
滑り台やブランコなどの遊具がある広場、アスレチック、ドッグランなどもある。
思えば公園なんて久しぶりだな。小学生ぐらいの頃は元気に走り回っていた気がするけれど。
中に入ると、犬を連れて散歩をしている人がいた。
小さなトイプードル。それを見て日向が笑顔になる。
そういえば動物が好きだったな。動物園にも行きたいって日記に書いていた。
……今度、誘ってみようかな。
「太陽は出てるけど涼しいね」
「そうだね。それに心なしか空気も澄んでる気がする」
緑が多いからだろう。草木をなびかせる風が心地よかった。
どこか遊びに行くとなっても、ショッピングモールだったり、カラオケだったりゲームセンターだったり、屋内の騒がしい場所が多い。
こんなに穏やかな気持ちになれるのは久しぶりだった。
緑道にそって歩いていると、大きな芝生の広場に出た。
子供連れやカップルのような人たちがレジャーシートやポップアップテントを広げて思い思いの時間を過ごしている。
この広場を過ぎれば湖がある。
そのとき僕のお腹がぐうとなって、日向が顔を見上げてきた。
「都希くんお腹すいてるの? 先にご飯にする?」
「実は、朝あんまり食べてなくて。でも、このあたりってご飯屋さんあるのかな?」
何を話そうか、と緊張して朝ご飯が喉を通らなかったとはとても言えない。
そしてハッと気づく。ご飯屋さんなんて人が多いだろう。日向は、きっと疲れてしまうはずだ。
「だったら、このあたりで食べる?」
すると突然、少し笑いながら、日向は鞄から何かを取り出す。それは何と、お弁当箱だった。思わず、前のめりになってしまう。
「え、もしかして作ってきてくれたの!?」
「もう少し後でと思ってたけど、お腹空いてるならちょうどいいね」
まさかだった。驚きすぎて声が少しうわづってしまったかも。でも、嬉しい。
「あの辺はどうかな? 木陰もあるし」
日向が指をさした場所は、大きなクスノキの下。緑の芝生に日陰ができ、とても気持ちよさそうだった。
頷いて答えると、すごく嬉しそうな顔をしていたらしく、笑われてしまう。
さらに彼女はレジャーシートまで出してくれた。
「ごめん。なんでも用意してもらって」
「誘ったのは私だから気にしないで」
日向はお弁当のほかにウェットティッシュや二人分のお茶を水筒に入れて持ってきてくれていた。本当に準備がいい。
「至れり尽くせりでほんと申し訳ないな」
「楽しみで張り切りすぎちゃっただけ。公園なんて久しぶりだしね」
「次に来るときは、僕もいろいろ準備してくるよ」
「次、か……。そうだね。ありがとう」
笑っているけれど、どこか悲し気に答える日向。
一周目では気づかなかったが、彼女は未来の話をするとき複雑そうな表情を浮かべている。
未来に対する不安を抱えながら、必死に明るく振る舞っていたんだということが今ならわかる。
それをわかっていたから、できるだけ言わないようにしていたのに、言葉の選択を間違えてしまった。
明るくて前向きなところが日向のいいところだ。
本当は、少しくらい弱音をはいてもいいんだって伝えたい。
けれど、僕が病気の事を知っているなんて彼女は一切思っていない。
何も言えないことが歯がゆかった。
そんなことを考えていたのに、日向がお弁当箱を開けた瞬間、完全に意識を奪われてしまった。
日向の作ったお弁当があまりにも美味しそうで。
園田も心配していたが、僕が見ていると言ったら安心して仕事へ戻っていった。
先生曰く、貧血だそうだ。少し休んだら治るだろうとのことだった。
日向も一度意識を取り戻したが、ゆっくり眠ってもらっている。
大事に至らなくて良かったが、筋ジストロフィーとまったく無関係というわけではないだろう。
日向には時間がない。色々調べたりもしているが不治の病だ。
病気のことに関しては、僕にできることは何もない。
でも、日向の望みを、やりたいことを、叶えることはできる。
一周目、彼女にとって特に悲しかったのは、学園祭だろう。
ヒロインに選ばれたにもかかわらず当日、参加することができなかった。
責任感の強い彼女はひどく自分を責めただろう。
もう絶対にそんな思いはさせたくない。
「ん……あれ、都希くん? まだここにいたの?」
「おはよう。心配だったからね。もう少し寝ててもいいよ」
「でもみんなやってるのに私だけ……」
「園田がしっかりやってるから大丈夫。だから、もう少し休んで」
「……ありがとう」
といってもすぐには眠れなかったらしく、天井を見上げながら何かを考えていた。
ずっと見つめるのも悪いので、窓の外を眺めていると、名前を呼ばれた。
「昔から身体が弱いんだよね。いつも……こうやって誰かに迷惑をかけちゃうんだ。ごめんね」
もし僕が日向の立場なら、自分がつらい時にこんなことを言えるだろうか。
自分のことよりも人のことを気遣える日向は本当に凄い。
「そんな事考えなくていいから、ゆっくり休んで」
「……ありがとう」
そのまま日向は眠った。
ほどなくして園田と颯太がやってきた。
倒れた際にどこもぶつけなかったのが幸いだった。
「日向、本当に大丈夫なの? もう少し休んでいったほうがいいんじゃないの?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう瀬里ちゃん」
何度も体調の確認をする園田を見ていると、やっぱり何かに気づいているみたいだ。
僕は悩んでいた。二人に日向の病気の事を話すべきなのか。
ただ言っても何か変わるものでもない。それどころか日向だって余計に気を遣うようになるだろう。
四人で集まることもなくなるかもしれない。
それは彼女が望んでいることだとは思えなかった。
「まあでも大丈夫そうでよかったな! 帰りは都希、家まで頼んだぜ!」
「え、いやそんな悪いよ!?」
「わかった」
「ええ、都希くん!?」
「方向もほとんど一緒だし、気にしないで」
いつもの帰り道、園田はまるで母親のように日向を心配していた。
「もうすぐそこだからここで大丈夫だよ。今日はありがとうね」
儚げな彼女を見ながら、僕はもっと知りたいと思った。
もっと一緒の時間を過ごしたいし、もっと理解したい。
そんなことを考えていると、日向が僕の顔を覗き込む。
「ねえ、都希くん明日って何か予定ある?」
「ん? 明日? は何もないけど」
「もしよかったら……少しお出かけしない?」
突然のことに驚いた。
こうやって誘われたことは、一周目も含めてない。
「体調は大丈夫なの?」
「大丈夫。でも、人が多いところは疲れちゃうから……公園、でも構わないかな? 駅前の自然公園とか」
「僕は嬉しいよ。でも、無理しないでね」
「うん。都希くんは優しいね」
「そうかな」
ふと日向の日記を思い返す。そういえば、駅前の公園のこと書いていた。
お昼頃から行こうと話がまとまり、待ち合わせも決めた。
「じゃあ詳しい事はグループラインにメッセージ送っておくよ」
「え? グループラインに? どうして?」
「四人で行くんじゃないの?」
「……違うよ。都希くんと二人でもっと話したいと思ったから」
まさかだった。
日向が慌てて訂正して、二人も呼ぶ? と再度尋ねてきた。
「いや、僕も二人で話したいな」
日向と二人で話したい。心からの言葉だった。
僕の返事に、彼女は黙って微笑む。
「嬉しい。それじゃあまた明日」
別れた直後、振り返ってとびきりの笑顔で手を振る日向。
もしかしたら本当にただの貧血で、病気なんて患っていないのかもしれない。
いや、そうであってほしい。
家へ帰ると、母さんが不思議そうに僕を見ていた。
「都希、なんかいいことあったの?」
「なんで?」
「凄く嬉しそうな顔してるわよ。彼女でもできた?」
「なっ、できてないよ」
「そう?」
明日の事を考えていたからだろうか。
自分でもわからなかったが、もの凄く顔に出ていたらしい。
明日、様子を伺いながら病気のことについて聞けたら聞こうと思っている。
けれど、日向と二人でゆっくり話せることがなにより楽しみだ。
五月X日
テレビを見ていたら、駅前の自然公園の特集をしていた。色とりどりの花が咲いていて、湖がきれいな所だ。
でも一番気になったのは、湖を自由に動き回れるスワンボートだった。
なんだか楽しそう。でも、瀬里ちゃんはサッカー部のマネージャーで忙しいし、一緒に行く相手もいないしなあ。
一人で行って疲れて動けなくなったら困るし。きっと一人で行っても楽しくない。
いつか、いつか誰かと行けたらいいな。
◇
貧血のこともあったので、日向の家の近くで待ち合わせをした。
今日は快晴で日差しも暖かく、まさに公園日和だ。
「都希くん、どうしたの?」
「いや、いつもお洒落だなと思って」
日向は小さな花柄のワンピースにブラウンのサンダル、少し大きめのトートバッグを持っていた。
髪はいつもは下しているけれど、今日は纏めている。
なんだか気恥ずかしくてその事に触れることはできなかったけれど、いつも以上に可愛い日向に見惚れてしまっていた。
「そんなことないよ。でも、ありがとう」
公園までの道のりを並んで歩く。
天気や学校のことなどありきたりな話をしていたら、自ずと一年生と二年生の時の話になった。
日向の事を知ってはいたけれど、クラスは一度も一緒にならなかった。
お互いにクラスを超えて友人をつくるほど社交的なタイプではないし、関わることはなかった。
と、僕は思っていたのだけれど。
「え、図書室で?」
「そう。やっぱり忘れてたんだ」
日向が言うには、僕と初めて話したのは三年生になってからではないらしい。
図書室でテスト勉強をしているとき、偶然隣同士だったらしく、そこで少し話をした、そうだ。
「……ごめん、覚えてない」
「ちょっとしか会話してないし、仕方ないよ。私は、都希くんの字が綺麗だったからよく覚えてたの」
だからこの前、やっぱり、なんて言ってくれたのか。
覚えていないことがなんだか申し訳なかったけれど、嬉しくもあった。
「そういえば都希くん、もうサッカーはしないの?」
「楽しかったけど、始めるのには遅すぎたかな。颯太を見てるだけで満足かも」
「もったいないなあ。続けてたらきっと上達するって瀬里ちゃん言ってたよ」
「嬉しいけど、颯太を見てるとね」
「ほんと上手だよね。瀬里ちゃん、私と二人のときはいつも萩原くんの事褒めてるよ。優しいって」
「へえ園田がそんな事いうんだ。颯太に言ったら喜びそうだな」
「ダメダメ。そういうの絶対恥ずかしがるから」
「そんな気がするよ。そういえば日向はいつから園田と仲いいの? 高校入学から?」
「え? 私と瀬里ちゃんは、中学生から一緒だよ」
「そうなんだ? 知らなかった」
だから仲良いのか。でも、性格は真逆に見える。
いや、それがいいのかな。
「私、中学生のときにこっちに転校してきたんだ」
「そうだったんだ。知らなかった」
「うん。でも、周りはもう仲の良いグループができていて、なかなかクラスに馴染めなかった私に声をかけてくれたのが瀬里ちゃんだったの」
「園田って一見人に興味なさそうに見えて、そういうとこあるよね」
「少し誤解されやすいところもあるけど、本当はすごく優しくて困ってる人を放っておけないタイプなんだよね」
「確かにそうだね。みんなの事、よく見てるもんね」
「私が困ったときは、いつも瀬里ちゃんが助けてくれる。いつも甘えっぱなしで、申し訳ないけどね」
「園田はそんなこと思ってないよ。日向と一緒にいて楽しいって言ってたよ」
「そうだといいんだけどね」
日向と園田はお互いを本当によく理解しているし、信頼しあっている。
けれど病気の事は言わなかった。
それが彼女の優しさだということはわかっているが、きっと教えて欲しかっただろう。
彼女のお母さんから初めに連絡をもらったのは園田だ。
どんな思いで日向の報せを聞いたのだろう。病気のことを言ってくれなかったこと、気づけなかったこと、すごく悲しかっただろう。それこそ想像もつかないぐらい。
いや、それは日向もだ。今も、言えないことに苦しんでいるのかもしれない。
「きっとそうだよ。親友っていいね」
「うん。でも、都希くんと荻原くんもそんな関係に見えるよ。お互いを信頼しあってる気がする」
「そうだといいけどね」
「恥ずかしいんでしょ」
「さあ、どうだろう」
なんて、そんな事を話していると到着した。
駅前の自然公園は、都内にあるとは思えないほど広い。
入口の看板に目を向けると、大きな湖を一周できるマラソンコースのようなものが記載されていた。
滑り台やブランコなどの遊具がある広場、アスレチック、ドッグランなどもある。
思えば公園なんて久しぶりだな。小学生ぐらいの頃は元気に走り回っていた気がするけれど。
中に入ると、犬を連れて散歩をしている人がいた。
小さなトイプードル。それを見て日向が笑顔になる。
そういえば動物が好きだったな。動物園にも行きたいって日記に書いていた。
……今度、誘ってみようかな。
「太陽は出てるけど涼しいね」
「そうだね。それに心なしか空気も澄んでる気がする」
緑が多いからだろう。草木をなびかせる風が心地よかった。
どこか遊びに行くとなっても、ショッピングモールだったり、カラオケだったりゲームセンターだったり、屋内の騒がしい場所が多い。
こんなに穏やかな気持ちになれるのは久しぶりだった。
緑道にそって歩いていると、大きな芝生の広場に出た。
子供連れやカップルのような人たちがレジャーシートやポップアップテントを広げて思い思いの時間を過ごしている。
この広場を過ぎれば湖がある。
そのとき僕のお腹がぐうとなって、日向が顔を見上げてきた。
「都希くんお腹すいてるの? 先にご飯にする?」
「実は、朝あんまり食べてなくて。でも、このあたりってご飯屋さんあるのかな?」
何を話そうか、と緊張して朝ご飯が喉を通らなかったとはとても言えない。
そしてハッと気づく。ご飯屋さんなんて人が多いだろう。日向は、きっと疲れてしまうはずだ。
「だったら、このあたりで食べる?」
すると突然、少し笑いながら、日向は鞄から何かを取り出す。それは何と、お弁当箱だった。思わず、前のめりになってしまう。
「え、もしかして作ってきてくれたの!?」
「もう少し後でと思ってたけど、お腹空いてるならちょうどいいね」
まさかだった。驚きすぎて声が少しうわづってしまったかも。でも、嬉しい。
「あの辺はどうかな? 木陰もあるし」
日向が指をさした場所は、大きなクスノキの下。緑の芝生に日陰ができ、とても気持ちよさそうだった。
頷いて答えると、すごく嬉しそうな顔をしていたらしく、笑われてしまう。
さらに彼女はレジャーシートまで出してくれた。
「ごめん。なんでも用意してもらって」
「誘ったのは私だから気にしないで」
日向はお弁当のほかにウェットティッシュや二人分のお茶を水筒に入れて持ってきてくれていた。本当に準備がいい。
「至れり尽くせりでほんと申し訳ないな」
「楽しみで張り切りすぎちゃっただけ。公園なんて久しぶりだしね」
「次に来るときは、僕もいろいろ準備してくるよ」
「次、か……。そうだね。ありがとう」
笑っているけれど、どこか悲し気に答える日向。
一周目では気づかなかったが、彼女は未来の話をするとき複雑そうな表情を浮かべている。
未来に対する不安を抱えながら、必死に明るく振る舞っていたんだということが今ならわかる。
それをわかっていたから、できるだけ言わないようにしていたのに、言葉の選択を間違えてしまった。
明るくて前向きなところが日向のいいところだ。
本当は、少しくらい弱音をはいてもいいんだって伝えたい。
けれど、僕が病気の事を知っているなんて彼女は一切思っていない。
何も言えないことが歯がゆかった。
そんなことを考えていたのに、日向がお弁当箱を開けた瞬間、完全に意識を奪われてしまった。
日向の作ったお弁当があまりにも美味しそうで。