四人での勉強会といっても、時間と場所は限られていた。
 颯太と園田は放課後に部活がある。なので、二人の部活が終わった後、集まることになった。
 場所は、みんなの家から一番中心にある園田の家に決まった。

 今日は、一回目の勉強会だ。

 一周目ではなかった出来事に不安を感じてしまう。
 そのおかげといっては変だけれど、今この状況自体が普通じゃない事に改めて気づく。
 何が起きるかわからない。それって、こんなに怖いものなんだな。

 ただそれよりも、園田が勉強会をしようと言い始めたことに驚いていた。
 以前も四人では遊んでいたけれど、自分から発端で言い始めるタイプではなかったのだ。
 颯太との付き合いで仕方なく、なんて思っていたりもした。

 けれど今、その理由が分かったかもしれない 。

「お姉ちゃんのお友達ですか?」

 都内の一戸建て庭付き。驚いたのは、玄関の扉を開けたら小さな園田が出てきたことだ。
 もとい――園田の妹。

「ほんとだ。いっぱい人がいる」

 次に現れたのは、目元が園田に似ている弟。

 小学生とは聞いていたが、もう少し大きい弟妹だと思っていた。
 けれど、二人とも低学年くらいの年齢だ。
 帰ってきた園田にくっつき嬉しそうにしている。
 
「お前ら、元気にしてたか?」
「わ、颯太兄ちゃんだ!」
「ほんとだ、遊んで!」
「ダメよ。今から勉強するの。ごめんね、言ってたように騒がしくて」
「お前たち、あとで遊んでやるからな」

 先日の昼休みにちらっと聞いていたが、これは大変そうだ。

 日向も知っていたらしく、僕だけが知らなかった。

 園田に案内されて玄関から二階へ。
 部屋は六畳ほど、意外というべきか、ピンク色を基調とした実に女の子らしい部屋だと思った。
 僕の視線に気づいたのか、園田が少しだけ恥ずかしそうにしていた。

「さて、お茶持ってくるわ。日向、どこも触られないように見張ってて」
「はーい、わかった」

 笑いながら答える日向。そんなことするわけないと思っていたら、颯太が壁の写真を触りそうになって日向に怒られていた。
 さすが園田。よくわかってる。

 それから園田が持ってきてくれた冷たいお茶を飲んで、教科書を開いた。
 次のテストの範囲を割り出し、順番に問題を解いていく。
 わからない所はお互いに聞きあったり、この問題はテストにでそうだとか、この公式は覚えとかないといけないだとか、気づいたことは共有して勉強を進めていった。

「瀬里、これ合ってるか?」
「全然違うけど。よくこれで進級できたわね?」
「言葉が強いな」

 相変わらずの二人の掛け合いに笑いながらも、僕も少し焦っていた。
 覚えているところもあるけれど、記憶にないものがある。
 大学生になって勉強していないことはやっぱり忘れるなあ。

「前から思ってたけど、都希くんの字って綺麗だよね」
「そう? 普通じゃない?」
「そんなことないよ。丁寧な感じがする」

 ありがとう、と返してから気づく。前からって……?

 尋ねようとしたけれど、日向の真剣な表情でまた今度にしようと思った。
 それからみんなで何度か質問を繰り返し、日向や颯太、園田ともいっぱい話をした。

 勉強が終わったあと、颯太は約束したからと、園田の妹や弟と遊ぶといって庭へ行き水を掛け合っていた。
 こういうことは絶対忘れないんだよな。

 それから何度か勉強会を続けて、今日が最後の日。残念ながら中止になった。
 颯太はサッカーの急な用事で来れなくなり、日向は母親と用事ができたと帰ることになった。

「今日は解散だね。ありがとう園田」

 もう少しみんなでできればよかったけれど、後は自分でしよう。
 そう思っていたら、園田が――。

「別に二人ですればいいんじゃない?」

 と言ってくれた。
 家に上がるのはさすがに申し訳ないので、近くの図書館に移動した。
 読書や自習ができる談話室がある。
 四人だとあまり騒がしくなってもいけないので使ったことはなかったが、二人なら大丈夫だろう。
 窓際の席に並んで座り、ノートを開く。

 はじめは黙々と問題を解いていたが、どうにもわからない問題に手が止まった。
 聞こうと思い顔を上げたとき、園田のほうから声をかけてきた。
 
「ねえ小野寺」
「ん? どうしたの?」
「日向の事、よく見ててあげてね」
「……どういう意味?」
「たまに体調が悪そうなのよね。今日は違うみたいだけど、たまに嘘ついてるから」

 驚いた。園田は気づいていたのだ。僕なんて一周目は何もわからなかったというのに。

「……わかった。園田も困ったことがあったら言ってね」
「私? そう見えるの?」
「あまり人を頼らないからね」

 すると園田は少し微笑みながら窓の外を眺める。

「別に困ってる事なんてないわよ。むしろ、逆」
「逆?」
「前は……正直そうだった。誰かと関わるのは疲れるし、家の事もあったからまっすぐ帰らなきゃなって。でも、颯太と日向、それに小野寺といると楽しいよ。なんでかわかる?」
「……いや?」

 園田はこんな事を言う人ではなかった。一周目と何が違うのだろうか。

「あなたが色々気にかけてくれているからよ。気づいてない? 私なんかより、全然気配りできるわ。水族館で遅刻した私たちの事も『気にしないでいいよ』なんて言ってくれたり、颯太のサッカーのことも。それに、今も私を心配してくれてる。だから、日向を任せてもいいかなって思ったんだけど」

 彼女からそんな褒められるとは思ってもいなかったので、驚いて声がでなかった。
 僕は高校時代から何も成長していないと思っていた。
 それが二周目の、二十二歳の僕のコンプレックスでもあった。
 でも、そんなことないと園田が否定してくれたみたいだった。

 成長しているよ、と言ってくれているようだった。

 それに……日向を任せる?

「ありがとう。でも日向をって――」
「勉強以外の質問は受け付けません。テスト、頑張らないと駄目でしょ。その調子だと、去年よりも悪くなるかもしれないわよ。頑張ってね」
「……本当によく見てるね」
「何の話?」

 クスリと笑う園田。

 二周目、なんて自分で決めつけているけど、眠る前、起きるたびに不安になってしまう。
 何もかも夢で、目が覚めたら大学生に戻ってるんじゃないかと。

 今が楽しい。颯太がいて、園田がいて、日向もいる。

 もっと、この時間を過ごしていたい。そんなふうに思うようになっていた。

 そして勉強会のおかげか、テストはそこそこ良かった気がする。
 本当は二回目で、ちょっとズルしているみたいだけれど、苦労したので許してほしい。

 そして驚いたこともあった。
 テストが終わった翌月、学校の行事で先輩後輩の交流を深めるためのレクリエーションがある。
 その実行委員になんと園田が立候補したのだ。
 続くように僕と日向も入り、颯太はどうしても部活が休めないので泣く泣く断念した。

 園田は皆の中心となって準備を進め、一周目よりもクラスに溶け込んでいた。
 以前ならあり得ないほど積極的な姿を不思議に思っていたら、園田から声をかけられる。

「なんで? って思ってるでしょ」
「……心が読めるみたいだね?」
「そんなことないわよ。自分でもわからないの。知ってると思うけど、私、あんまり人から慕われるタイプじゃないの。どっちかというと距離を置かれるタイプ。ずっと、それでいいと思ってた。でも、四人の勉強会が思ってたより楽しくて。もう少し、自分から色んな人と話して関わっていくのもいいかもって思ったのよ。……なに、その笑顔」
「え、そんな笑ってた?」
「かなりね」

 そう言いながら園田も笑った。

 ずっと、一周目と何が違うのかと考えていた。
 違うこと、それは僕が二周目だということ。僕の行動が変わったということ。
 もしそれで、周りも良い方向に変わっているのならこんな嬉しいことはない。
 
 でもその時、事件が起こった。

 準備の途中で日向が――意識を失ったのだ。