二周目だからだろうか。高校生活がとにかく楽しい。
 退屈に感じていた授業も、いつか終わるとわかっているからこそ真剣に聞いていられる。
 
 もちろん一番の理由は、日向や颯太、園田がいつも一緒にいてくれるからだろう。
 
 そして僕はこの二周目、おのずと使命感にかられていた。
 ここに戻って来たのは何か意味があるのではないかと。

 日向の事はもちろんだが、颯太の事も気になっていた。

「マジでプロ級だよな」
「この前、スカウトも来たらしいぜ」
「すげー颯太先輩」
 
 放課後、サッカーをしている颯太を眺めていたらそんな話をしている後輩たちがいた。
 素人の僕から見ても、颯太の動きは明らかにほかの部員と比べ飛びぬけていた。それこそ、プロになれるんだろうとわかるくらい。
 
 でも、僕が知っている颯太は将来サッカーを辞めている。少なくとも、大学に入ってからはしていないと、最後に会ったとき言っていた。
 
 理由は、わからない。
 けれど、颯太はサッカーを辞めたことを後悔しているように見えた。
 もちろんそれは、ただの推測でしかないけれど。
 
 遠くでは、園田が忙しなく動いて何かノートに書きこんでいた。
 マネージャーとしての業務をしっかりこなしていて、部員からの信頼も厚いらしい。
 
 二人が付き合いはじめたことは既に周知の事実で、みんな颯太を羨ましがっているとか。
 部活が終わるのを待って、颯太に声を掛ける。
 
「お疲れ様。凄かったね」
「いやー疲れた疲れた。見ててくれてありがとな! 都希も一緒にサッカーしようぜ。楽しいぜ」
「あいにく僕は足が器用に動かないんだよ。それに見てるほうが楽しい」
「ははっ、だったらちょうどマネージャー枠が空いてるぞ」
「それは園田に任せておくよ。それより颯太、まだ時間ある?」

 僕と颯太は二人で最寄りのショッピングモールに来ていた。
 ノートやらペンやら買うものがあるから一緒に行こうと誘ったのだ。
 
「思えば二人で出かけるのも久しぶりだな」
「そうかもね」
「お、スポーツショップだ。寄っていいか?」
 
 ここでも颯太の頭の中はサッカーばかりらしく、新しいボールを見つけて興奮していた。
 本当に好きなんだな。なのになぜ辞めたのだろう。
 僕はそれが知りたかった。
 
「颯太っていつからサッカーしてるの?」
「言ってなかったっけ。小学生からだよ」
「もしかして親の影響とか?」
 
 すると颯太は、いつにもなく悲しげな顔をして、それから少しだけ笑う。
 
「いや、親は全然。むしろ真逆だな。サッカーは辞めろっていつも言ってるよ」
「……そうなのか?」

 思えば何度か大会の応援に行った事はあるけれど、颯太の親を見たことがない。
 
「二人とも公務員だからな。安定した職業に就くために、サッカーより勉強しろって。おおっ、この靴下かっこよくねえか!?」

 颯太が無理やり話しを変えようとしていることに気づくも、僕は話を続ける。

「プロにはならないの?」

 問いかけるも答えはない。

「颯太ならきっと――」
「なれるわけねえだろ」

 すると颯太は、いつもは見せない冷めた表情を浮かべてこっちを見ていた。
 それからふっと笑顔になる。

「サッカーは高校で終わりだよ。ちゃんとわかってる。俺は下手だからな」
「でも――」
「ほら、文房具見に行こうぜ。もういいだろ、この話は」

 それから颯太とサッカーの話をすることはなかった。

 お節介だったかもしれない。
 でも、やっぱりサッカーをしているときの颯太は凄く楽しそうなのだ。

 数日後の昼休み、ラインの通知が鳴った。
 相手は、園田だった。

『ちょっといい?』

 二人で話すのは初めてだ。少なくとも、二周目では。

 校舎裏の通路で待ち合わせ。園田が待っていた。

「どうしたの?」
「小野寺、もしかして颯太になんか言った?」
「なんかって?」
「サッカーのことよ。進路のこととか、この先どうするのか、とかそんなこと」

 どうして知っているのか。いや、それより何の話なのか。

「前に少し言ったけど……」
「やっぱりね。で、どうだった? あいつ、ちょっと怒ったでしょ?」
 
 園田はまるで一部始終を見ていたかのように、確信めいて言った。

「そうだね。でもなんでわかったの? 颯太から聞いたの?」
「いつもよりプレイが雑だったからね。この前、小野寺とモールに行ったって聞いた次の日から。まあ颯太がメンタル弱くなる時はそうだから」

 園田は何か知っているようだった。颯太の口ぶりからすれば、親が認めてくれないのだろうか。

「園田はどう思ってるの?」
「何が?」
「颯太、プロのサッカー選手になれると思う?」

 すると園田は少し俯きふっと笑った。そして――。

「そんなのわからないわよ。でも、颯太は頑張ってるし、私は目指してほしいと思ってる。だけど、小野寺も聞いたんじゃない?」
「ああ……親が、あまりよく思ってないんだろ」
「そう。この話を聞いたことは颯太には秘密にしてほしいけど……実は、先月の大会でスカウトの話がきてたのよね。一度練習に参加してみないかって」
「そうなの? でも颯太はそんなこと一切言ってなかった。むしろ、俺なんかって」
「自信がないのよ。でも、それは親から言われているからだと思う。安定していない職業は、いつ切られてもおかしくないって。私も無責任なことは言えないしね」

 未来の颯太は就活生としてしっかりしていた。あれからどうなるのかは、僕にはわからない。
 颯太の親だって颯太を心配しているのだろう。園田だって、颯太の事を考えている。

 ……でも、颯太は心の底からサッカーが好きだ。僕は、それを知っている。
 何かできることがあればいいのだけれど。


 今、高校生活は順調だ。二周目だからということもある。
 けれど、それはいつもそばにいてくれる、明るくて頼もしいやつがいるからだ。

「都希、今日も弁当?」
「いや、今日は違うよ」
「おお! じゃあ一緒に学食行こうぜ!」

 入学してすぐの頃、まだ高校に慣れていない僕は、人見知りってわけではないけれど、友達を作る事に苦労していた。
 そんな時に声をかけてきてくれたのが荻原颯太だった。

『小野寺、一緒に飯食べようぜ!』

 意外と面倒見がよくて、それでいて真っすぐなやつ。

 颯太はすぐにクラスのムードメーカーになった。
 人懐っこい性格と抜群の運動神経で、みんなからも好かれている。

 サッカーをしている姿は人が変わったように格好よくて、何度か告白されているところを見たこともあった。
 でも決まって颯太は断っていた。

『俺はサッカーを優先するだろうし、そのことですれ違いになったり、迷惑かけたくないしな』

 と、言って。サッカーのことも相手のこともちゃんと真剣に考えている颯太はすごいと思った。
 一年の夏休み明け、引退した三年の代わりに入ったマネージャーの事が好きになったと聞いたときは、正直驚いた。
 それから颯太はよく園田の話をするようになった。
 きっかけは一目惚れ、なんて言っていたが、ほかに理由があったんじゃないかと思っている。
 それはただの憶測でしかないけれど。

「それでさ、見てくれよこの海外の選手。ドリブルすげえだろ? いやほんと、俺もこうなりてえなあ」

 食事をしながらサッカーの動画を見る颯太。
 ただ憧れの選手を見ている、だけではなく、その技術を見て勉強していることを知っている。
 今できることを全力でする、颯太がいつも言っていることだ。

「あのさちょっとお願いがあるんだけど」
「なんだ? めずらしいな」
「サッカー、やってみたいんだけど」

 ◇

 気持ちは追いついていないが、身体はよく動く。
 高校生の体ってすごい。
 でも、センスがまるでない。

「都希、もっと胸張って! 背中が丸い!」
「う、うんっ」

 思っていた以上に真剣に教えてくれる颯太の声に必死に応えながらドリブルの練習をする。
 サッカーボールを蹴りながら、ただひたすらに走った。

 汗だくでベンチに座ると、園田が声をかけてきた。

「急にどうしたの。サッカーがしたいだなんて」
「ちょっと、まあ興味が出てきて」
「ふーん。ほら日向、小野寺にお水をあげてね」
「は、はい!」

 なぜか日向も練習に付き合ってくれている。

 僕は、颯太をもっと知りたくなった。元々仲は良かった。でも、本当の颯太を知らない気がした。
 だから僕もサッカーをしてみようと思った。
 颯太のことを少しでも理解できるのではないかと思ったから。

 部活が終わったあとの自主練の時間ならと、教えてくれることになった。

「一年、もっと動け! そんなんじゃ試合でもたないぞ!」

 僕が休憩している間も颯太はチームメイトと練習を続けていた。
 颯太は僕が知っている颯太よりしっかりしていて、それでいて少し怖いところもあるんだとわかった。
 でもやっぱり明るくて、一生懸命で、チームメイトのことをよく見ている。
 
 そして颯太を見ている園田は、僕が知っている園田よりも優しい表情を浮かべていた。

 ああ、そうか。だから颯太は。
 そういうことだったのか。

「はい、都希くん」
「ありがとう日向。でも、僕に付き合って残らなくてもよかったのに」
「なんだか楽しそうだなって。瀬里ちゃんの事も分かって嬉しいよ。みんな、凄いね」
「……だね。さて、そろそろ練習再開しようかな。暑かったら、無理しないでね」
「大丈夫だよ。都希くんもね」

 結局ボールはあっちこっちに飛んでいき、上手くドリブルをすることはできなかった。
 颯太にもまだまだだな、なんて言われたけれど、颯太の事がより分かった気がする。

 帰り道、四人で歩いていたら公園でサッカーをしている子供たちがいた。
 少し遠くだけれど、颯太は子供たちをじっと見ている。

 その視線に誰よりも早く気付いた園田が「あの子、怪我してるね」と声をかけた。

「だな。ちょっと行ってくるわ。――たんまたんま! ちょっとたんま!」

 駆け寄る颯太の後について園田も子供たちのところへ向かった。
 話を聞いている颯太の横で、園田は鞄からテーピングを取り出している。

 やっぱりそうだ。颯太が園田の事を好きになったのは、誰よりも颯太の事を理解してくれているからだろう。
 サッカーが好きで、サッカーを優先する颯太を当たり前に受け入れてくれる。
 それでいて迷惑を迷惑と思わない、そんな空気があるからだ。

 練習をみてもらったのは一週間だけで、そのあとは颯太の時間を奪ってしまうのも申し訳ないのでやめることにした。
 でも、素直に楽しかった。

「もったいないなあ。都希、続けたらいい線行くと思うぜ。特にあそこの――」
「颯太」
「ん、どうした?」
「サッカーしてる颯太、かっこいいよ」
「ははっ、いきなりなんだよ」
「園田もそう思ってる。いや、そう言ってたよ。日向もかっこいいって言ってた」
「本当かあ? でもまあ遊びは高校生までだな。大学生になったら勉強して就活して――」
「それでもいいと思う。でも僕は、サッカーしてる颯太が好きだな。生き生きしてて、楽しそうだ」

 心からそう思っていた。颯太の進路に口を出すようなおこがましいことはしない。
 でも、素直な気持ちは伝えたい。

「俺も好きだよ。サッカーしてる自分の事は。まあ……もう少し考えてみるか。親友が、ここまで動いてくれたしな」
「動く? どういうこと?」
 
 少しドキっとしていたら、颯太がいつもの人懐っこい笑顔を見せた。
 
「俺のためにサッカー一緒にしてくれたんだろ。そしてその作戦は大成功だ。――親友とやるサッカーは、めちゃくちゃ楽しかったわ」
 
 何もかもバレていたみたいだ。でも、そう言って笑う颯太は、今までで一番いい顔をしていた。
 
 しばらくして、園田から声を掛けられた。
 それは、驚きの言葉だった。
 
「それ、本当なの?」
「ジュニアユースの練習に参加してみるんだって」
 
 スカウト先のチームに連絡したらしい。
 颯太は「最近、サッカー楽しいからな」と笑っていたとのことだ。
 
「そっか。良かった」
「小野寺、ありがとね」
「ん、何が?」
「颯太、前よりもサッカーが楽しそう。あなたとサッカーしてから変わったのよ」
「そうなの? いつもと変わらないように見えたけど」
「サッカーが誰より好きだけど、誰よりも気を遣ってるからね。でも、あなたみたいに寄り添ってくれる人が友達で私も嬉しいわ。これからもよろしくね」
「ああ、もちろん」
 
 これから先、颯太がどんな選択をするかはわからない。
 でも、どんな選択をするにしろ後悔のないよう自分の思う道を進んでいってくれたら嬉しい。
 
「それと、サッカーしてるときの姿かっこいいって言ってたわよ。――日向がね」
 
 微笑みながら去っていく園田。
 全然、格好よくはなかったと思うけれど、日向がそう思ってくれるならもう少し続けてもいいかもしれない。