「お前がチャトランガ幹部太鼓だったんだな。」
そう代田が告げた瞬間、先程までベソベソと泣いていた大森の表情が変わった。
口角が吊り上がり、いつもの子犬のような笑顔からは想像もできないような、意地の悪い笑みへの変貌に、ぞわりと背筋が粟立つ。
そして、事は一瞬だった。
「小台!」
「っ!?」
今までの素人丸出しの動きは何だったのか。
振り向き様に小台の拳銃を掴み銃口をずらす。そして小台のつま先を踏みつけ、流れるように脛を蹴り上げた。
痛みに緩んだその手から拳銃を捻り、簡単に奪い取った大森は、それを迷うことなく、蹲る小台の横へと撃ち込んだ。
パァンパァンッと夜の廃墟に響く乾いた音に、場には緊張が走る。
「……随分と拳銃に手馴れてるじゃねぇか。」
片手の射撃など、普通は反動で肩がイカれる。
しかし、大森は肩を痛めた様子もなければ、撃ち込んだ場所も正確に同じ場所に2発。
相当拳銃に慣れている証拠だった。
日本の警察の拳銃使用はそれほど多くない。銃規制の強い日本では定年まで警察官として勤めたところで一発撃つか撃たないか、なんてのもザラな話だ。
「これでも一応幹部なので。そこそこに訓練はしてますよ。」
なんてことないように蹲る小台の頭に拳銃を向ける大森。それは代田達が動いたら小台を撃つ、という牽制だ。
「状況証拠にすらなり得ない証拠ばかりでしたが、まぁいいでしょう。私も詰めが甘かったのは事実ですからね。いやぁ、無意識とは何とも恐ろしい。」
クスクスと笑う大森は口調すらも代田達が知るものでなく、まるで同じ顔をした別人を見ているかのようだ。普段の大森を知らない公安の男でさえ、先程との変わりように目を見開く。
「微妙に使えない新人を演じるのは骨が折れましたよ。小台刑事を尾行することすら、素人感を出さなくてはいけないんですから。」
「では君が本当に……」
「ええ。私がチャトランガ幹部太鼓ですよ。おめでとうございます。よくたどり着けました。」
なんて軽く馬鹿にしたように告げる大森に、代田は嫌そうに眉を寄せた。
素直な後輩が実は自分の追う反社会的組織の幹部だなんて正直信じたくなかった。
それでも目の前でこうも変わればどちらが本性かなんて分かりきったことで、代田がどんなに信じたくなくても認めざるを得ない現実であった。
「そこまでですよ、太鼓さん。」
突然廃墟に響いた声に代田と公安の男は咄嗟に周りを警戒する。拳銃に手をかけようとした所で「おっと、物騒なものは出さないで下さいよ。」と大森が小台の頭へ拳銃を押し付けた。そのため、代田達は胸や腰にあるホルスターから手を離し、両手を上げたまま、声の聞こえた背後へと視線を向けた。
そこに居たのは全身を黒い服に覆われた7人の人影だった。
それぞれ柱に寄りかかっていたり、廃材の上に座り込んでいたりと好き勝手に寛いでいる。
全員黒いフードを深く被っているため、顔も分からない。
それどころかブカブカのパーカーのせいで体のラインも分からず、分かることなど身長が高いか低いか程度だ。
そして太鼓という名を呼んでいる以上、相手の素性で考えられるのはチャトランガの幹部、もしくは構成員だろう。
「……なんでこの場所がわかったんだ。大森が連絡をしている素振りは無かったはずだ。」
声が震えないよう、ゆっくりと、けれどもしっかりとした声で代田がそう尋ねれば、黒フードの中でも一際存在感の強い人物が僅かに首を傾げたのがわかった。
「わかるも何も。僕たちは最初からここに居ましたよ。後から来たのはあなた方です。」
そう、淡々と告げる声は機械を通したような声で、暗くて見えないがもしかしたら変声機を付けているのかもしれない。
「あと太鼓さん。それしまってください。」
それ、と示されたのは十中八九大森の持つ拳銃だろう。
しかし、この場で自らの優位を示す人質から手を引く理由がわからない。人質などいなくてもどうとでもなるという余裕の現れなのだろうか。
謎の人物の指示に、意外にも大森はすんなりとその銃口を退けた。
「承知しました、シヴァ様。」
という言葉と共に。
「シヴァ……!?」
「シヴァ本人が何故ここに……!?」
動き出したのは今日。ましてや大森を太鼓として糾弾したのも今しがたの話だというのに、シヴァは代田達の動きを読み、先回りしていたというのか。
(有り得るのか……!?いくら内通者が居たとしても肝心の大森は情報を持っていなかったはず……!)
これが、この得体の知れない人物が、シヴァ。
喉の奥がやけに乾いて感じ、代田は無意識に唾を飲み込む。
「太鼓のマヌケ~。1番先に正体バレるなんて!」
緊張の糸が張り詰めた空間に、場に合わない高い声が響いた。そちらも機械を通した音声で、本来の声は分からないが、高さや抑揚、話し方からして女性のようだ。
大森の顔が、廃材に座って足をパタパタと揺らす小柄な人影へと向いた。その人影が、声の主らしい。
「川、私はマヌケじゃありません。というかこの代田刑事がしつこすぎたんです。」
(あれが、川……体格から推測するなら恐らくまだ子供……!)
小柄な大人、という可能性もあるが、チャトランガ自体、構成員は未成年が多いとの噂だ。
幹部が子供である可能性も十分にある。
その事実に代田の胸には再びやるせなさが込み上げる。
「川さん、太鼓さんのせいじゃありません……僕の見通しが甘かったんです……」
「ちょっと川~第三の目ちゃんをいじめないで~!」
「裏声気持ち悪っ!?てか虐めてないじゃない!べ、別に責めてないからっ!」
ほんとに責めてないからね!?と両手をワタワタと動かす川。そして茶化したのは恐らく男。役割から考えれば蛇か三叉槍だろう。
(そして、あいつが新しい幹部第三の目……)
黒い手袋で隠された手で顔を覆い嘆いた、線の細い人影。川達のやり取りから彼が新しい幹部の第三の目で間違いないだろう。
(……いや、待て。今『見通しが甘かった』と言ったか?)
つまり、彼の計算では太鼓の正体が突き止められることは無かったということだ。
太鼓が言ったようにこちらが提示できたのは状況証拠になるかも怪しいものばかり。
それも太鼓の些細な無意識下での言葉に過ぎない。
(……それに、今この場で太鼓があっさり認めたこと、有利な状況下で人質を手放したこと……どちらも行動が不可解だ。)
「気がついたようですね。そう、私があっさりと幹部だと認めたことも、我々チャトランガが、今になって貴方々に接触したことも理由があります。」
とはいえ、シヴァ様がこの場にいらっしゃるのは予想外でしたが。と続けた大森……もとい太鼓の言葉に、代田は余計に恐ろしく感じた。
太鼓は何も知らされていない。
そしてシヴァは俺たちの動きを先読みし待ち伏せしていた。
しかし、第三の目の発言からそれは計画になかったことだと分かる。
それなのに、誰1人シヴァへ懐疑的な目を向けていない。
シヴァの行動こそが全て正しいと思っていることがよく伝わるこの場の空気が、代田達からすればあまりにも異常で気味が悪い。
普通なら上が計画を無視し、変更を伝えず、勝手に動けば上の考えが分からず、下は不信感や不満が積もっていくはずだ。
それが一切無いというのは、あまりにも妄信的だ。
(……これがチャトランガという組織……)
「……その、理由というのは?」
恐らく同じ薄ら寒さを感じながらも、公安である男はそれを表面には出さず、至って冷静に問い返す。
それに応えたのはシヴァだった。
「……蛇さん。」
そうシヴァが呼びかけると、ひとつの人影が1歩前へと出た。
「はい。まずはこちらをご覧下さい。」
彼が左手に持つタブレットを操作する。
そしてその画面に現れた人物達の映像に、代田も公安の男も目を見開いた。
「野々本……!?」
「やつは『弓の射手』の交渉人……!」
それは林懐高校の野々本春と1人の男が話している映像だった。
そう代田が告げた瞬間、先程までベソベソと泣いていた大森の表情が変わった。
口角が吊り上がり、いつもの子犬のような笑顔からは想像もできないような、意地の悪い笑みへの変貌に、ぞわりと背筋が粟立つ。
そして、事は一瞬だった。
「小台!」
「っ!?」
今までの素人丸出しの動きは何だったのか。
振り向き様に小台の拳銃を掴み銃口をずらす。そして小台のつま先を踏みつけ、流れるように脛を蹴り上げた。
痛みに緩んだその手から拳銃を捻り、簡単に奪い取った大森は、それを迷うことなく、蹲る小台の横へと撃ち込んだ。
パァンパァンッと夜の廃墟に響く乾いた音に、場には緊張が走る。
「……随分と拳銃に手馴れてるじゃねぇか。」
片手の射撃など、普通は反動で肩がイカれる。
しかし、大森は肩を痛めた様子もなければ、撃ち込んだ場所も正確に同じ場所に2発。
相当拳銃に慣れている証拠だった。
日本の警察の拳銃使用はそれほど多くない。銃規制の強い日本では定年まで警察官として勤めたところで一発撃つか撃たないか、なんてのもザラな話だ。
「これでも一応幹部なので。そこそこに訓練はしてますよ。」
なんてことないように蹲る小台の頭に拳銃を向ける大森。それは代田達が動いたら小台を撃つ、という牽制だ。
「状況証拠にすらなり得ない証拠ばかりでしたが、まぁいいでしょう。私も詰めが甘かったのは事実ですからね。いやぁ、無意識とは何とも恐ろしい。」
クスクスと笑う大森は口調すらも代田達が知るものでなく、まるで同じ顔をした別人を見ているかのようだ。普段の大森を知らない公安の男でさえ、先程との変わりように目を見開く。
「微妙に使えない新人を演じるのは骨が折れましたよ。小台刑事を尾行することすら、素人感を出さなくてはいけないんですから。」
「では君が本当に……」
「ええ。私がチャトランガ幹部太鼓ですよ。おめでとうございます。よくたどり着けました。」
なんて軽く馬鹿にしたように告げる大森に、代田は嫌そうに眉を寄せた。
素直な後輩が実は自分の追う反社会的組織の幹部だなんて正直信じたくなかった。
それでも目の前でこうも変わればどちらが本性かなんて分かりきったことで、代田がどんなに信じたくなくても認めざるを得ない現実であった。
「そこまでですよ、太鼓さん。」
突然廃墟に響いた声に代田と公安の男は咄嗟に周りを警戒する。拳銃に手をかけようとした所で「おっと、物騒なものは出さないで下さいよ。」と大森が小台の頭へ拳銃を押し付けた。そのため、代田達は胸や腰にあるホルスターから手を離し、両手を上げたまま、声の聞こえた背後へと視線を向けた。
そこに居たのは全身を黒い服に覆われた7人の人影だった。
それぞれ柱に寄りかかっていたり、廃材の上に座り込んでいたりと好き勝手に寛いでいる。
全員黒いフードを深く被っているため、顔も分からない。
それどころかブカブカのパーカーのせいで体のラインも分からず、分かることなど身長が高いか低いか程度だ。
そして太鼓という名を呼んでいる以上、相手の素性で考えられるのはチャトランガの幹部、もしくは構成員だろう。
「……なんでこの場所がわかったんだ。大森が連絡をしている素振りは無かったはずだ。」
声が震えないよう、ゆっくりと、けれどもしっかりとした声で代田がそう尋ねれば、黒フードの中でも一際存在感の強い人物が僅かに首を傾げたのがわかった。
「わかるも何も。僕たちは最初からここに居ましたよ。後から来たのはあなた方です。」
そう、淡々と告げる声は機械を通したような声で、暗くて見えないがもしかしたら変声機を付けているのかもしれない。
「あと太鼓さん。それしまってください。」
それ、と示されたのは十中八九大森の持つ拳銃だろう。
しかし、この場で自らの優位を示す人質から手を引く理由がわからない。人質などいなくてもどうとでもなるという余裕の現れなのだろうか。
謎の人物の指示に、意外にも大森はすんなりとその銃口を退けた。
「承知しました、シヴァ様。」
という言葉と共に。
「シヴァ……!?」
「シヴァ本人が何故ここに……!?」
動き出したのは今日。ましてや大森を太鼓として糾弾したのも今しがたの話だというのに、シヴァは代田達の動きを読み、先回りしていたというのか。
(有り得るのか……!?いくら内通者が居たとしても肝心の大森は情報を持っていなかったはず……!)
これが、この得体の知れない人物が、シヴァ。
喉の奥がやけに乾いて感じ、代田は無意識に唾を飲み込む。
「太鼓のマヌケ~。1番先に正体バレるなんて!」
緊張の糸が張り詰めた空間に、場に合わない高い声が響いた。そちらも機械を通した音声で、本来の声は分からないが、高さや抑揚、話し方からして女性のようだ。
大森の顔が、廃材に座って足をパタパタと揺らす小柄な人影へと向いた。その人影が、声の主らしい。
「川、私はマヌケじゃありません。というかこの代田刑事がしつこすぎたんです。」
(あれが、川……体格から推測するなら恐らくまだ子供……!)
小柄な大人、という可能性もあるが、チャトランガ自体、構成員は未成年が多いとの噂だ。
幹部が子供である可能性も十分にある。
その事実に代田の胸には再びやるせなさが込み上げる。
「川さん、太鼓さんのせいじゃありません……僕の見通しが甘かったんです……」
「ちょっと川~第三の目ちゃんをいじめないで~!」
「裏声気持ち悪っ!?てか虐めてないじゃない!べ、別に責めてないからっ!」
ほんとに責めてないからね!?と両手をワタワタと動かす川。そして茶化したのは恐らく男。役割から考えれば蛇か三叉槍だろう。
(そして、あいつが新しい幹部第三の目……)
黒い手袋で隠された手で顔を覆い嘆いた、線の細い人影。川達のやり取りから彼が新しい幹部の第三の目で間違いないだろう。
(……いや、待て。今『見通しが甘かった』と言ったか?)
つまり、彼の計算では太鼓の正体が突き止められることは無かったということだ。
太鼓が言ったようにこちらが提示できたのは状況証拠になるかも怪しいものばかり。
それも太鼓の些細な無意識下での言葉に過ぎない。
(……それに、今この場で太鼓があっさり認めたこと、有利な状況下で人質を手放したこと……どちらも行動が不可解だ。)
「気がついたようですね。そう、私があっさりと幹部だと認めたことも、我々チャトランガが、今になって貴方々に接触したことも理由があります。」
とはいえ、シヴァ様がこの場にいらっしゃるのは予想外でしたが。と続けた大森……もとい太鼓の言葉に、代田は余計に恐ろしく感じた。
太鼓は何も知らされていない。
そしてシヴァは俺たちの動きを先読みし待ち伏せしていた。
しかし、第三の目の発言からそれは計画になかったことだと分かる。
それなのに、誰1人シヴァへ懐疑的な目を向けていない。
シヴァの行動こそが全て正しいと思っていることがよく伝わるこの場の空気が、代田達からすればあまりにも異常で気味が悪い。
普通なら上が計画を無視し、変更を伝えず、勝手に動けば上の考えが分からず、下は不信感や不満が積もっていくはずだ。
それが一切無いというのは、あまりにも妄信的だ。
(……これがチャトランガという組織……)
「……その、理由というのは?」
恐らく同じ薄ら寒さを感じながらも、公安である男はそれを表面には出さず、至って冷静に問い返す。
それに応えたのはシヴァだった。
「……蛇さん。」
そうシヴァが呼びかけると、ひとつの人影が1歩前へと出た。
「はい。まずはこちらをご覧下さい。」
彼が左手に持つタブレットを操作する。
そしてその画面に現れた人物達の映像に、代田も公安の男も目を見開いた。
「野々本……!?」
「やつは『弓の射手』の交渉人……!」
それは林懐高校の野々本春と1人の男が話している映像だった。