そんな風にいい感じに誤解が誤解を呼んでシヴァの正体の露見を防いだ芝崎汪。もちろん、本人は何も分かっていない。いつも通りの勘違いの賜物である。

なんなら、学校で代田刑事に声をかけた時も『なーんかあの後ろ姿見覚えあるな~。既視感感じるなぁ~。』からの「あ、刑事さん。」という言葉が口から飛び出ただけであるし、更に補足を付け加えるなら「あ、(昨日のドラマに出てた)刑事さん(に、似てるんだ)。」というセリフになる。

つまりは代田刑事のことに気づいていた訳では無い。たまたま代田刑事だっただけである。なんて偶然。

他にも、代田刑事の「どこまで分かっていた?」という問いかけに関しても、

「どこまで、と言われましても……あ、でも形見がひったくり犯さんに戻ったのは少なくとも嬉しく思いますよ。」

というこの芝崎汪の回答。
これにも補足をつけると

「どこまで、と言われましても(僕はポロッと小説の1文言っちゃっただけだし)……あ、でも(あの小説で)形見がひったくり犯さんに戻ったのは少なくとも(読者として)嬉しく思いますよ。」

という風になる。なんて酷い。
必要な情報が全てすっぽ抜けても尚会話が通じてしまうこの悲劇。

テストに関しても、芝崎汪は自分がテストで軒並み1位を取っているだなんて気がついてもいないし、なんならテストの分からない問題はシャーペン転がして答えを決めている。
全ては運による奇跡である。これは酷い。

どうせ酷い点数だから、と受け取って直ぐに点数も見ず折りたたんでしまうテストも、周りからは「あー、王様点数見なくたって満点だって分かってるもんね。」と解釈されていた。
誰かこいつに日本語を教えてやってくれ。

しかも、芝崎汪はこのまま仕舞い込んだテストを見直すことも忘れてしまうので、気づくことは一生ない。他のプリント達とまとめてカバンから引っこ抜かれて自室の机上に放置されている。


閑話休題。


そんなこんなで僕、芝崎汪は本日最後の授業を、ぼんやりと聞き流していた。
僕は正直勉強が得意じゃない。
数学とかは公式を覚えておけばそこそこなんとかなるが、歴史や国語などは壊滅的で、いつもテストではシャーペンをコロコロしてマークシートの答えを埋めている。

その小説の作者の気持ちを答えろとか本人じゃないからわからなくない?
小説を読むのは好きでも、その辺は苦手。
古典はもっとわからない。前回のテストはずっとシャーペン転がしてた。

(……しかも最後が歴史って余計に眠くなるなぁ……)

おじいちゃん先生が教科書を読み上げるその声が更に眠気を助長させる。

このままだと寝てしまう、と「今日はチャトランガに誰が来るかなー」なんて考えながら眠気を逃そうと窓の向こうに流れる雲を眺め始めた。

松野君を誘ってもいいけれど、毎日毎日誘うのも申し訳ない。本人にも用事があるだろうし。

(今日も(サーンプ)さんとチェスかなぁ。)

(サーンプ)さんと三日月(チャーンド)さんは大体は毎日チャトランガに顔を出している。
なので僕がチャトランガを訪れる時は基本(サーンプ)さんとのチェスを楽しんでいる。
以前なら三日月(チャーンド)さんともよく対戦していたが、最近パソコンをいじっている事の方が多いので、彼女の作業が一段落したときは対局している。

あれ?ここ本当に反社会組織?
(ボス)チェスしかしてないな??

まあ、そもそも僕は喧嘩やそう言った事に無縁の人間だ。
僕に出来るのはボードゲームだけだ。

(あ、そうだ。チャトランガにオセロ持ってこ。)

以前から持っていこう持っていこうと思いつつ、何だかんだで持って行っていなかったオセロ盤。
チェスを始めたばかり松野君も、オセロならルールが単純だし、チェスに行き詰まった時にはいい息抜きになるだろう。

それに、オセロもチェスと同じように奥の深いマインドスポーツだ。(サーンプ)さんがオセロではどんな戦法を見せるのかとても気になる。

後に、このオセロが更なる勘違いの火種となるのだが、この時の僕は(サーンプ)さんと対戦することに頭がいっぱいで知る由もないのだった。

と言うか知ってたら持っていかなかった。
絶対持っていかなかった。