理都は自身の性別に違和があるわけではない。男に生まれた自分をそのまま受け入れている。「少女趣味」といわれることが怖いだけだ。
なぜ怖いのか。
まず、自分の周りにいる男子は、制服の良し悪しなどこれっぽっちも興味がない。やれズボンの丈がどうとか、アレンジがとか、いちいち気にしない。裸じゃなければいいという程度の認識しか。
加えて、理都が好きな「キラキラしたもの」にも、興味を示さない。可愛い文房具やシールなど、存在していること自体知らなさそうな関心の薄さである。
だから、理都がそういったものを好む趣味を知れば、否応なしに「変わり者」認定されるだろう。
高校は狭い社会だ。人間関係を円滑にするには、まずは周りに埋没することだ。十六年生きてきた人生、理都の世渡り術といえばそれぐらいである。
理都は今日も、華々しい高校生活を送るでもなく、いっそ地味に過ごしたいという日陰根性を募らせたまま、一日を過ごす。
登校すると、教室では女子たちが新制服についてさっそく寸評会を行っていた。「このリボン可愛い」「大きさもバランスもちょうどいいよね」「それ! 私も思った―」俺も思った―、なんて台詞は言わない。言った先には地獄が待っている。うわあ、会話混ざりて―、と心の中で女子の輪に羨望のまなざしを向けながら、理都本人は自分の座席に着いて窓の外をぼうっと見つめる。ままならないこの世を憂《うれ》うポーズ。
「音羽―、宿題やった―?」
「ああ、うん」
「見せて」
図々しく人の課題をねだる理都の友人、江國《えくに》は、鞄からプリントを渡すと我が物顔で奪い取る。自己中も甚だしいが、彼は彼でいいところがたくさんあるため、今のところプラスマイナスゼロ。
江國は理都の答案用紙をせっせと書き写しながら、器用に口を動かす。
「みんな、制服の話してるなー」
「ああ、うん」
理都は何気なさを装って江國に同意した。
「どっちがよかった? 前のやつと今の」
「えーっと……、今かな?」
江國は「ふーん」とつぶやいて、答えを丸写ししたプリントを理都に返した。
「女子はいいよなあ」
理都はぽつりとつぶやいた。何となく江國には、自分の抱えているちょっとしたモヤモヤを打ち明けてしまいたくなるような、不思議なオーラがあるのだ。
「どうしたん?」
江國はきょとんとしている。普段は傍若無人なくせに、肝心な時にとても優しく相手に寄り添う彼は、そのマイペースな性格のわりにたいそう周りから好かれる。
「いや、男はスカート履けなくて、女子はスカートもズボンも変じゃなくて、リボンもネクタイも似合うって、ファッションアイコンとして女子は有利だよなあって思っただけ」
「お前、ファッションに興味あったんだ」
「興味っていうか……」
理都はあいまいに答えを濁す。彼に自分の趣味を打ち明けていいのかどうか、まだ判断はついていない。
すると江國は一つの提案を出した。
「みんなに見られるのが嫌なら、誰もいない空間で好きな恰好すればいいじゃん」
寝耳に水だった。理都は、何かの悟りを開いたかのように呆然と目を見開く。
「……そ、そうか。その手があったか……」
「いや、誰でも思いつくかと……」
江國は若干あきれつつ、「好きな自分でいればいいと思うよ」と理都に答えを示した。
チャイムが鳴り、担任教師が登壇する。生徒たちが席に着く中、理都はいまだ悟りを得たかのような顔つきでぼーっと友のそばに居座り、担任から注意を食らってあわてて着席した。
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