正直なところ目立たない顔立ちで雰囲気(ふんいき)も地味なのだが、笑うと目もとになんとも言えない愛嬌(あいきょう)がにじみ、桜の花びらがほころびるような、淡い華やぎが(かお)る。

 売れない詩人みたいなそんな(くさ)(たと)えをするじぶんがちょっと気持ち悪くて、苦い笑いがこみ上げてしまうけれど……。
   


 神奈川の大学で建築を学んだ僕は、8年前、全国展開している木造注文住宅メーカーに新卒入社した。

 希望した職種は、施工(せこう)管理。
 建築現場で施工の全体管理を行い、業者との打ち合わせやデスクワークもこなす仕事だ。

 残業が多い、休みがない、とにかく激務とブラックなイメージを持たれがちで、悪評どおりとまではいかないまでもじっさいきつい職種なのだが、現場の司令塔となって職人さんたちを(たば)ね、1棟の家を完成させる達成感は毎回胸を熱くしてくれるし、やりがいの大きさを実感できる。

 6か月の新人研修を終えて最初に配属されたのは、都下の中でもひときわ栄えているT市の支店だった。

 そこで一から仕事を覚え、建築施工管理技士の資格を取得。3年目で主任に昇進(しょうしん)

 未来は明るいと思いきや、4年目に5年間付き合ってきた恋人から、忙し過ぎる僕の仕事を理由に別れを告げられるという青天の霹靂(へきれき)()い、その翌年の春にはじめて転勤を命じられた。

 それが東京の北(となり)、埼玉県のK支店で現在の職場だ。

 ひとり暮らししていた東京の賃貸マンションから通えない距離ではなかったが、やはり家から職場まで近いに越したことはない。

 なにせ転勤先のK支店は徒歩1分のところにJRのK駅がある。対して僕の家の最寄り駅の私鉄はK駅につながっていないため、終点で下車してから支店まで15分歩かなければならないのだ。

 新居探しはとうぜん、JRのK駅沿線しか考えていなかった。そうだったけど……。


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「あれっ。林葉主任……ですよね。おはようございます。お早いですね」

 あれはK支店に赴任(ふにん)して2日目の朝、終点駅の改札を抜けて大通り前の歩道で信号待ちをしていたら、小春さんから声をかけられたのだ。

 新しい支店の事務の人だとすぐにわかったが、名前まではどうしても思い出せなかった。

「えーと……」

 気まずげな僕の心中(しんちゅう)を察したのだろう。小春さんは、

「わたし、総務の二宮です。すみません、いきなり声をかけちゃって。自己紹介をしたとはいえ、そんないっぺんに人の名前と顔を覚えられませんよね。
 だって設計、営業、施工管理、事務、インテリア……、派遣(はけん)の人も(ふく)めたら41名いますもん。
 わたし、中途(ちゅうと)入社で、今年3年目なんですけど、支店のみなさんのことを覚えるまで、すごーく時間がかかって苦労しましたから」