好きだという気持ちは、なかなか厄介だ。自分の両手には留まらないほど溢れて持て余す。
どうしよう……。好きだと気づいてから、橘のことがよりいっそう可愛く見えて仕方ない。
この俺がひとりの人間に狂わされる日が来るなんて思ってもみなかった。これが恋の病というやつなのか……。前触れもなく患い処方箋もないのだから、たちが悪い。
体育の時間。バスケの試合を終えた俺は、試合中の橘をぽーっと見つめていた。
橘がバスケをしているとだけあって、試合をしていない女子生徒たちは橘のバスケ姿を見つめている。すらりとした手足でコートを駆ける橘は、みんなの視線を釘付けにしている。
橘は運動神経もいい。なんでも涼しい顔でそつなくこなす器用さが少し前までは鼻についていたけれど、今はとても魅力的に見えるのだから不思議だ。
味方からボールのパスを受けた橘が、軽やかなジャンプをしながらボールを放つ。弧を描いたバスケットボールは、吸い込まれるようにゴールを揺らした。
「きゃー!」
黄色い悲鳴が上がる。歓声の余韻でざわざわとする体育館の中、目の前に立つ女子たちの話し声が聞こえてくる。
「黒王子に話しかけてみたいんだけど勇気出ないんだよね」
「わかる。観賞用だよね」
と、そのとき、体操着の首元で汗を拭う橘が何気なくこちらを見て――目が合った。あっと反応するより先に、橘の目元がふわりと緩む。それは数秒にも満たないほどの一瞬のことだったけれど、気を許してくれているという実感で胸がきゅーんと射抜かれる。
俺らだけが知っている、ふたりで紡いだ密やかな時間。
笑ったら可愛いこともすぐ顔赤くなることも、あいつのあんな顔を知っているのは、この中で俺だけなのだ。
そう思うと無性に鼓動が暴れた。