美しい侯爵令嬢ルシア・ミエーダと婚約したのは3年前のことだった。
僕、ミカエル・スグラは国の唯一の王位継承権を持つ子として大切に育てられた。
そんな僕は世界一の幸運を持った男だった。
世界一の美女と言っても過言ではないルシア・ミエーダと婚約したのだ。
スグラ王国は一夫一妻制を特徴としているが、彼女のような極上の女がいれば他の女など必要ないと思えた。
「今日は会えないって、どうして⋯⋯」
3日前に、王宮で会う約束をしたのにルシアは来なかった。
こちらから逢いに行こうとも思ったが、しつこい男と思われるのが怖くてやめた。
(彼女と僕が上手くいっていると思っていたのは、僕の勘違い?)
彼女に約束を反故にされたことなんて初めてで動揺した。
僕は彼女に夢中で、彼女に逢う時だけを楽しみに生きている。
(彼女も同じように考えていたと思ったのに⋯⋯)
2日間、ルシアの事で悩み抜いた末に、僕は自分と同じ王子という立場にあるアルベルトに相談してみる事にした。
彼は兄が王位を継ぐので、1人息子の僕よりは自由な男だ。
ルシアに夢中で、彼女しか女として見て来なかった僕よりは女心を知ってそうだと思った。
(それに、このような相談はスグラ王国のものにはできない⋯⋯)
「ちょっと逢うのを断られただけで、そんな動揺するなよ。どの道、1年後には彼女はお前のモノになるんだから」
アルベルトが軽口で告げてくる。
こんな風に友人のように話してくれるのは彼だけだ。
(王族とは本当に孤独なものだな⋯⋯)
ふと、いつも連れて歩いているライアンを見る。
王宮で護衛騎士を選ぶときに、彼の腕が目についた。
平民だけれども、下心ばかり持って近づいてくる貴族連中より好感が持てた。
彼の身分のこともあり、専属護衛騎士に指名した時は周囲から驚かれた。
それでも僕は誰よりも気が利いて、腕がたち余計な事を言わない彼を気に入っていた。
ここ2日くらい、彼は僕の知っている彼ではないみたいだ。
(気も利かないし、余計な質問もしてくる事が多い⋯⋯)
扉をノックする音がして、当然ライアンが様子を見にいくと思ったが立ち上がらない。
僕はそんな彼に呆れつつも、扉を開けると逢いたくて仕方がなかったルシアがいた。
彼女は明らかに手作りのハート型のクッキーを抱えている。
僕は彼女から手作りのお菓子をもらったことがない。
それ以前に、侯爵令嬢である彼女が料理ができることさえ知らなかった。
「アルベルト王子殿下のお夜食にと、手作りクッキーを届けに来たの」
僕のことなんて見えないように、ルシアの瞳がアルベルトを探し始めた。
心臓の音が爆発しそうなくらいうるさい。
(浮気とは、こんなに堂々とするものなのか?)
ルシアが必死にクッキーの材料をアルベルトに話している。
いつも余裕な表情をしている彼女の焦った顔を見るのははじめてだ。
「面白いこと言うね。別に、君が僕に惚れ薬を盛っているなんて思ってないよ」
アルベルトの揶揄うような言葉にルシアが赤くなった。
(ルシアはアルベルトが好きなのか? 嘘だろ⋯⋯こんな残酷なことがあるのか?)
アルベルトは僕の悩みを知りつつも、勝ち誇っている。
(いい奴だと思ってたのに、最悪だ⋯⋯僕のことも揶揄っている)
「そんなものは盛ってません。私は、正攻法で殿下を落としにいきます」
ルシアの言葉に頭が真っ白になった。
彼女には横にいる婚約者である僕は見えていないのだろうか。
(浮気じゃない! これは本気だ!)
「ルシア⋯⋯君の婚約者は僕だってこと忘れてない?」
自分でも出したことないくらい震える声が出た。
「そんな事忘れるわけないじゃない。ミカエルは何故ここにいるの? もう、夜遅いのに王宮に帰らないで良いのかしら? 新学期初めのテスト勉強に集中した方が良いわよ」
何故だか成績下位のルシアが、常にトップ5に入っている僕に勉強をしろと言っている。
「君の方がこんなハートのクッキーなんか作ってないで、勉強するべきだと思うけど」
自分でも意地悪なことを言って、失言だったと思う。
でも、婚約者を前に他の男に愛を語る彼女を許せなかった。
僕よりも成績が悪いくせに、勉強しろなどと説教してくるところも腹が立った。
「馬鹿扱いしないでよ。今度のテスト私がミカエルの上をいったら、婚約を破棄してくれる?」
彼女の返しは全く予想できないものだった。
僕は貴族令嬢としての彼女は優雅で優秀だと思っていて、馬鹿にした事はない。
彼女はアカデミーの成績を気にしていないのは、王妃になるのに直接的に関係のない学習要項だからだ。
実際、彼女は妃教育には熱心に取り組んでいた。
それは僕のことを愛して、俺の妃になる未来を彼女も見てくれているからだと信じていた。
「いいよ。頑張ってみて、ルシア⋯⋯そんなに僕との婚約を破棄したいなら⋯⋯」
絞り出すような声で彼女に告げた。
僕たちが想いあっていると信じていたのは、僕だけだったようだ。
「クッキー⋯⋯すごく美味しいですよ」
その時、場違いな発言を護衛騎士のライアンがした。
ルシアがアルベルトに送ったクッキーを勝手につまんで食べている。
(少し前からライアンがおかしい⋯⋯でも、今はルシアのことで頭がいっぱいだ)
「俺のクッキー食べないでよ。ルシア⋯⋯俺のことはアルベルトと呼んで! ルシアが俺の為に作ってきた惚れ薬入りのクッキーを食べたら、ルシアのことを好きになりそうだな」
アルベルトが今度は俺を揶揄う目的ではなく、ルシアを見据えながら言う。
(僕の婚約者を勝手に呼び捨てするな! 宣誓布告のつもりか!)
ルシアを覗き見ると、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
それは僕が見たこともない可愛らしい表情で、僕の心をざわつかせた。
♢♢♢
ルシアに振られた日から、誰とも会う気が起きなくて王宮に篭った。
アカデミー2年次最後のテストでも下位を彷徨っていた彼女が、僕に勝てるとは思えない。
机に向かって勉強するも、何がいけなくて彼女の心が離れてしまったのかばかり考えてしまう。
公務に追われながら、勉強する毎日を送っていたら新学期の初日テストの日になった。
テストは筆記と実技だ。
まずは、7教科に及ぶ筆記試験が行われた。
結果は、即日夕方には張り出される。
「え? 全教科満点?」
僕はテストの結果に驚愕した。
学年首位はいつもアリスだったが、当然いくつか間違いがあった。
「ルシア・ミエーダ侯爵令嬢がトップで⋯⋯しかも、全部満点なんて不正があったんじゃないの?」
「ミカエル王太子殿下の婚約者だから、忖度があったんじゃ⋯⋯」
皆、口々にルシアの不正を疑う陰口を話し出した。
アカデミーはクリーンな機関で一切の不正も忖度もない。
そもそも、そんな忖度があれば王太子である僕は首位にされるはずだ。
(僕は、ルシア、アリスに次いで3位だ⋯⋯)
ルシアに対する陰口を注意しようとすると、僕より先に口を開いたのはアリスだった。
「ルシア様は、非常に優秀な方です。ルームメイトの私が証明します!」
大人しく内気な彼女が、大きな声を出している。
そんな彼女を見てルシアがうっすらと美しく微笑んでいった。
「アリス、私は全く陰口など気にならないわ。私は力でこれから皆をねじ伏せていくから、ご心配なく! 実技試験も楽しみだわ」
ルシアは美しく不敵に笑った。
僕の知らないルシアが、また出てきて彼女に釘付けになった。
僕、ミカエル・スグラは国の唯一の王位継承権を持つ子として大切に育てられた。
そんな僕は世界一の幸運を持った男だった。
世界一の美女と言っても過言ではないルシア・ミエーダと婚約したのだ。
スグラ王国は一夫一妻制を特徴としているが、彼女のような極上の女がいれば他の女など必要ないと思えた。
「今日は会えないって、どうして⋯⋯」
3日前に、王宮で会う約束をしたのにルシアは来なかった。
こちらから逢いに行こうとも思ったが、しつこい男と思われるのが怖くてやめた。
(彼女と僕が上手くいっていると思っていたのは、僕の勘違い?)
彼女に約束を反故にされたことなんて初めてで動揺した。
僕は彼女に夢中で、彼女に逢う時だけを楽しみに生きている。
(彼女も同じように考えていたと思ったのに⋯⋯)
2日間、ルシアの事で悩み抜いた末に、僕は自分と同じ王子という立場にあるアルベルトに相談してみる事にした。
彼は兄が王位を継ぐので、1人息子の僕よりは自由な男だ。
ルシアに夢中で、彼女しか女として見て来なかった僕よりは女心を知ってそうだと思った。
(それに、このような相談はスグラ王国のものにはできない⋯⋯)
「ちょっと逢うのを断られただけで、そんな動揺するなよ。どの道、1年後には彼女はお前のモノになるんだから」
アルベルトが軽口で告げてくる。
こんな風に友人のように話してくれるのは彼だけだ。
(王族とは本当に孤独なものだな⋯⋯)
ふと、いつも連れて歩いているライアンを見る。
王宮で護衛騎士を選ぶときに、彼の腕が目についた。
平民だけれども、下心ばかり持って近づいてくる貴族連中より好感が持てた。
彼の身分のこともあり、専属護衛騎士に指名した時は周囲から驚かれた。
それでも僕は誰よりも気が利いて、腕がたち余計な事を言わない彼を気に入っていた。
ここ2日くらい、彼は僕の知っている彼ではないみたいだ。
(気も利かないし、余計な質問もしてくる事が多い⋯⋯)
扉をノックする音がして、当然ライアンが様子を見にいくと思ったが立ち上がらない。
僕はそんな彼に呆れつつも、扉を開けると逢いたくて仕方がなかったルシアがいた。
彼女は明らかに手作りのハート型のクッキーを抱えている。
僕は彼女から手作りのお菓子をもらったことがない。
それ以前に、侯爵令嬢である彼女が料理ができることさえ知らなかった。
「アルベルト王子殿下のお夜食にと、手作りクッキーを届けに来たの」
僕のことなんて見えないように、ルシアの瞳がアルベルトを探し始めた。
心臓の音が爆発しそうなくらいうるさい。
(浮気とは、こんなに堂々とするものなのか?)
ルシアが必死にクッキーの材料をアルベルトに話している。
いつも余裕な表情をしている彼女の焦った顔を見るのははじめてだ。
「面白いこと言うね。別に、君が僕に惚れ薬を盛っているなんて思ってないよ」
アルベルトの揶揄うような言葉にルシアが赤くなった。
(ルシアはアルベルトが好きなのか? 嘘だろ⋯⋯こんな残酷なことがあるのか?)
アルベルトは僕の悩みを知りつつも、勝ち誇っている。
(いい奴だと思ってたのに、最悪だ⋯⋯僕のことも揶揄っている)
「そんなものは盛ってません。私は、正攻法で殿下を落としにいきます」
ルシアの言葉に頭が真っ白になった。
彼女には横にいる婚約者である僕は見えていないのだろうか。
(浮気じゃない! これは本気だ!)
「ルシア⋯⋯君の婚約者は僕だってこと忘れてない?」
自分でも出したことないくらい震える声が出た。
「そんな事忘れるわけないじゃない。ミカエルは何故ここにいるの? もう、夜遅いのに王宮に帰らないで良いのかしら? 新学期初めのテスト勉強に集中した方が良いわよ」
何故だか成績下位のルシアが、常にトップ5に入っている僕に勉強をしろと言っている。
「君の方がこんなハートのクッキーなんか作ってないで、勉強するべきだと思うけど」
自分でも意地悪なことを言って、失言だったと思う。
でも、婚約者を前に他の男に愛を語る彼女を許せなかった。
僕よりも成績が悪いくせに、勉強しろなどと説教してくるところも腹が立った。
「馬鹿扱いしないでよ。今度のテスト私がミカエルの上をいったら、婚約を破棄してくれる?」
彼女の返しは全く予想できないものだった。
僕は貴族令嬢としての彼女は優雅で優秀だと思っていて、馬鹿にした事はない。
彼女はアカデミーの成績を気にしていないのは、王妃になるのに直接的に関係のない学習要項だからだ。
実際、彼女は妃教育には熱心に取り組んでいた。
それは僕のことを愛して、俺の妃になる未来を彼女も見てくれているからだと信じていた。
「いいよ。頑張ってみて、ルシア⋯⋯そんなに僕との婚約を破棄したいなら⋯⋯」
絞り出すような声で彼女に告げた。
僕たちが想いあっていると信じていたのは、僕だけだったようだ。
「クッキー⋯⋯すごく美味しいですよ」
その時、場違いな発言を護衛騎士のライアンがした。
ルシアがアルベルトに送ったクッキーを勝手につまんで食べている。
(少し前からライアンがおかしい⋯⋯でも、今はルシアのことで頭がいっぱいだ)
「俺のクッキー食べないでよ。ルシア⋯⋯俺のことはアルベルトと呼んで! ルシアが俺の為に作ってきた惚れ薬入りのクッキーを食べたら、ルシアのことを好きになりそうだな」
アルベルトが今度は俺を揶揄う目的ではなく、ルシアを見据えながら言う。
(僕の婚約者を勝手に呼び捨てするな! 宣誓布告のつもりか!)
ルシアを覗き見ると、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
それは僕が見たこともない可愛らしい表情で、僕の心をざわつかせた。
♢♢♢
ルシアに振られた日から、誰とも会う気が起きなくて王宮に篭った。
アカデミー2年次最後のテストでも下位を彷徨っていた彼女が、僕に勝てるとは思えない。
机に向かって勉強するも、何がいけなくて彼女の心が離れてしまったのかばかり考えてしまう。
公務に追われながら、勉強する毎日を送っていたら新学期の初日テストの日になった。
テストは筆記と実技だ。
まずは、7教科に及ぶ筆記試験が行われた。
結果は、即日夕方には張り出される。
「え? 全教科満点?」
僕はテストの結果に驚愕した。
学年首位はいつもアリスだったが、当然いくつか間違いがあった。
「ルシア・ミエーダ侯爵令嬢がトップで⋯⋯しかも、全部満点なんて不正があったんじゃないの?」
「ミカエル王太子殿下の婚約者だから、忖度があったんじゃ⋯⋯」
皆、口々にルシアの不正を疑う陰口を話し出した。
アカデミーはクリーンな機関で一切の不正も忖度もない。
そもそも、そんな忖度があれば王太子である僕は首位にされるはずだ。
(僕は、ルシア、アリスに次いで3位だ⋯⋯)
ルシアに対する陰口を注意しようとすると、僕より先に口を開いたのはアリスだった。
「ルシア様は、非常に優秀な方です。ルームメイトの私が証明します!」
大人しく内気な彼女が、大きな声を出している。
そんな彼女を見てルシアがうっすらと美しく微笑んでいった。
「アリス、私は全く陰口など気にならないわ。私は力でこれから皆をねじ伏せていくから、ご心配なく! 実技試験も楽しみだわ」
ルシアは美しく不敵に笑った。
僕の知らないルシアが、また出てきて彼女に釘付けになった。