「アリス! 食事の時間だわ。アルベルト王子はいらっしゃるかしら?」
 私はアリスと部屋で勉強しているとふと夕食の時間になったことに気がついた。

「アルベルト王子殿下ですか? 食堂にはいらっしゃらず、いつもお部屋でお食事になっていると思いますが⋯⋯」
 私は思いっきりズッコケてしまった。
 これでは、せっかく寮に入っても彼と会う機会が作れない。

 それにしても、アリスはアルベルト王子の攻略中だったりしないのだろうか。
 ここに来て、白黒はっきりさせたい私はムズムズしてしまう。

「ローラン王国のアルベルト王子、ミカエル王太子、オスカー・ミエーダ侯爵令息、レオ・ステラン公子⋯⋯この中で、アリスが1番気になる方はどなた?」
「え? そのような高貴な方々に私が想いを寄せるなど⋯⋯」

「何を言ってるの? 誰を想おうと人の感情は自由よ。全員と面識はある? 隣国の優柔不断王子、ツンデレ王太子、優しい年上、お金持ちのボンボンの中で1番の好みは?」

 私は『誘惑の悪女』の説明書のキャラクター紹介のページを思い出しながらアリスに尋ねた。

「お会いした事はありますが、特別な感情を抱いたことはありません」

 可愛らしくヒロインの微笑みをしながら、アリスにかわされてしまった。

 きっと攻略対象の恋は進んでいるんだけれども、私には言えないのだろう。

 私は女の子と恋バナなどした事はない。

(男の子に弄ばれた経験しかないから、相談されても困るけどね⋯⋯)

「私ね、アルベルト王子殿下と仲良くなりたいの⋯⋯どうしたら良いと思う?」
 よく考えたら、アリスはアカデミー在学の3年で男を夢中にさせる恋愛強者だ。
 相談相手として、彼女以上の人はいない。

「ミカエル王太子殿下は宜しいのですか?」

「私と彼は政略的な関係だもの。今、私はアルベルト王子とお近づきになりたいのよ」
 私の言葉にアリスが考え込んでしまった。
(ミカエルか、アルベルトの事をアリスも想ってたりするのかしら⋯⋯)

「お菓子を作って、プレゼントしたりしてはどうでしょうか」

 私はアリスが私のことを真剣に考えてくれていることに気がついた。
 なぜなら、ゲームの中で彼女は気になる相手にお菓子やお弁当をプレゼントしていたのだ。

(お菓子⋯⋯フォンダンショコラ⋯⋯)
 唐突に私の中に柊隼人に送ったバレンタインチョコの記憶が蘇る。

「手作りお菓子の中に何が入っているか分からないとか言われて、気持ち悪がられないかな⋯⋯」
 自然と漏れた自分の声が、また震えていることに気がついた。
(ダメだ⋯⋯全然、トラウマを克服できていない)

「そんなこと、思う人いませんよ」
「そうかな? 信頼されるか不安なの。よかったら私がお菓子を作っているのを見て、何も怪しいものを入れていないという証人になってくれない?」
 アリスが私の申し出に困った顔をしている。
 やはり、無理なお願いをしてしまっただろうか。

「もちろんです」
 一呼吸置いた後、アリスが承諾してくれた。
 彼女の気が変わらない内に、お菓子作りに取り掛かった方が良さそうだ。

「じゃあ、今から厨房を借りてクッキーを作りに行こう! お時間とらせて申し訳ないわ。この埋め合わせは必ずさせてね」

「埋め合わせなんてとんでもない。すみません⋯⋯なんだか、今日のルシア様は私の知っているルシア様とは違う方みたいです」

「ルームメイトなんだから、これから色んな私を見ると思うわよ。それはお互い様ね」

 私と彼女はルームメイトだ。

 初対面最悪でも仲良くなったりするし、第一印象最高で親友だと仲良くなっても、ある日関係が崩壊する。
 良い面も嫌な面も、これからお互いたくさん見ていくことになるだろう。

 私たちは食堂で食事を終えた後に厨房へと向かった。
 厨房は全面ステンレス製で清潔感がある。
 まだ、6名のコック見習いのような方達が後片付けをしていた。

「失礼致します。本日より寮でお世話になることになりましたルシア・ミエーダです。お菓子を作りたいので、厨房スペースを一部をお貸し頂けませんでしょうか?」
 私が現れると皆が一斉に私の方を見た。
 そして、戸惑ったように顔を見合わせている。

 食堂の時も思ったが、やはりルシアもアリスも常に目立つ存在のようだ。
 
「来た時よりも、美しくして厨房はお返し致します。食材の1部を拝借しますが、後程、精算するという形でよろしいでしょうか? 本日のお料理、大変美味しかったです。明日からもよろしくお願いします」

 正直、私が前世で食べていた寮の食事より美味しかった。
 中世西洋をモデルにしたこの世界だが、食のレベルは高そうだ。
(アルベルト王子は舌も超えてるだろうし、頑張らないと⋯⋯)

「そんな、ミエーダ侯爵令嬢、ご自由になんでもお好きにお使いください。清算なんてとんでもございません」
 彼らは片付けの途中だろうに、逃げるようにそこから去ってしまった。

「なんか、私怖がられてる?」
「気を遣って頂いただけで、そんな事ないと思いますけど⋯⋯」
 アリスも私に気を遣ってくれている気がする。
 そして、勝手に厨房を使ったお礼をどうしたら良いだろう。

「クッキー作りしたら、ここの残りの後片付けやろうかしら。今日の料理のお礼も兼ねて」
 私の言葉にアリスが自分も一緒にやると賛同してくれた。

 クッキーを作る材料はすぐに揃えられた。
 バター、砂糖、小麦粉、卵にバニラエッセンスまであり完璧だ。

 私がクッキー作りに取り掛かり始めると、アリスが厨房に残った洗い物をしてくれている。
 その姿に私は昔の自分を思い出した。

 調理実習でもみんな洗い物はやりたがらなかったので、私は率先してやるようにしていた。
(真面目で、利用されて、裏で笑われて⋯⋯)

 材料をかき混ぜる手が震え出して、涙が溢れてきた。
(ダメだ、お菓子作りは地雷だった)

「大丈夫ですか? ルシア様」
 私の目元にすかさず、アリスがハンカチをあててくれる。

「平気よ⋯⋯自分の弱さに負けそうになっていただけ。こんな時間まで付き合わせてごめんね」
「私は全然、大丈夫です」
 アリスの優しさに触れて、私の気持ちも引き締まってきた。

「できたー! アリスにほとんど片付けやらせちゃったね。この埋め合わせも必ずさせて」
「いえいえ、私も楽しかったです」
 片付けを楽しかったというのは、彼女の優しさだろう。
 
「それじゃ、今からアルベルト王子の所にクッキーを届けにいくわよ」
「今からですか?」
「もう最終学年よ。時間がないの」

 確かに時計は21時を回っているから、彼の部屋を訪ねるのは非常識かもしれない。
 でも、ルシアと同じように17歳の彼がこの時間に寝ているとは思えない。
 彼のいる特別室は女子寮と男子寮の間にあって、私がいくことも許される。

 私がアルベルト王子の寮の部屋をノックすると、そこから出てきたのは、ここにいるはずのない人だった。

「ミカエルなんでここに⋯⋯」
「ルシアこそ、こんな時間にどうして⋯⋯」

 『誘惑の悪女』のメインキャラクターであり、ルシアの婚約者、金髪碧眼のミカエル王太子がそこにいた。