ノックがして、扉を開けると従者が来訪を告げた。

「ネイエス・ローラン王太子殿下がおいでになりました。ルシア王太子殿下と2人きりでお話になりたいとのことです」

 ネイエス・ローランとはアルベルト様の兄に当たる人で、血筋的にはミカエルの義理の兄にも当たる方だ。

「ミカエル⋯⋯2人きりで話したいとおっしゃってるから、席を外してくれる?」
「もちろん⋯⋯でも、結構女性関係の激しい方だから不安だ⋯⋯ルシア何かあったら必ず僕を呼んで」

 乙女ゲーム『誘惑の悪女』の中にはいなかったネイエス・ローランの来訪。
 彼の名を聞いただけで、胸が高鳴ったのはなぜだろう。

(この体の主⋯⋯ルシアの反応なの?)

 ミカエルが部屋の外に出た後、しばらくしてノックをして赤髪に海色の瞳をした男が入ってきた。

 その瞬間、時が止まったように彼を見てしまう。
 流し目で私に狙いを定めたような海色の瞳に胸が詰まる。

 彼が現在20歳のネイエス・ローラン王太子だ。
(確か昨年、自国の侯爵令嬢と結婚したはず⋯⋯)

「ルシア⋯⋯本当に悪い女だね。今度は何を考えているの? そんな事をしなくても俺は君のものだよ」

 急に彼に深い口づけをされて私は固まった。
 避けるとかそういう事も許されない絶対的な支配を感じる。

「ネイエス王太子殿下、私が王太子になった事で挨拶をしに来たのですよね」
「ふふっ! その演技面白いね。昨年の夏あれだけ燃え上がった君とは、全く別人だよ」

 いつの間にか私はソファーに座ったネイエス王太子の膝の上に乗っている。
髪を捲られ、首筋を吸われて私は彼とルシアが男女の関係だったのではないかと疑った。
 そんな経験は今までしたことがなくて、普通なら通報しそうな事が深い仲の男女の仲では行われることがわかった。
(待って⋯⋯彼って既婚者よね? 不倫してたの? ルシア⋯⋯)

 レオとも浮気してたのに、隣国の王太子とは不倫してたのだろうか。

「昨年の夏⋯⋯私たちっていつから始まったんでしたっけ?」
 自分で発した言葉が驚くほど震えている。

 私はルシアを気高い存在だと信じていた。
勝手に憧れて、彼女は男を弄んでも溺れるような女ではないと思い込んでいた。。

 しかし、ネイエス王太子が現れてから、なんだか体も心もおかしい。
 体が異常なくらい熱くなり、胸が高鳴るのを感じる。
(ルシアは彼のことが好きなの?)

「2年も、愛を紡いできたのに忘れたふり? 本当に悪女だな」
そう言いながら、私の体をまつる彼の手つきは慣れていた。

 2年前ってことは彼が結婚する前だ、でも、その後も関係を続けていたのなら不倫だ。しかも、他国の次期国王と不倫なんて⋯⋯。
 
 私はしばし放心状態になった。

 勝手にルシアを孤高の悪役令嬢のように思っていた。
しかし、実際は婚約者がいるのに彼氏がいて、不倫もしていた。
(悪役令嬢じゃない⋯⋯完璧な悪女だ!)

「やめて⋯⋯ネイエス。ちゃんと国同士の代表としての話がしたいです。私をただの女のように扱わないでください」
 私は気がつけば隣国の王太子を呼び捨てにしていた。
 その方がしっくりくるような雰囲気が立ち込めていた。


「ただの女じゃない⋯⋯君は俺を夢中にさせる悪い女だ。君の望み通りスグラ王国も滅亡させてやるって言ったのに、急に計画とは違う行動を取るなんて⋯⋯まあ、そんな手に負えない程に堕ちた君だから俺も一緒に堕ちたくなるんだろうな」

 これ以上、彼の言葉を聞きたくないけれど私は聞かなきゃいけないだろう。
 ルシアはスグラ王家の血を引いていながら、自分の国を滅ぼそうと他国の王太子と結びついていた。

「私は堕ちてなんていません」
「ルシア⋯⋯大丈夫、俺は君の血筋なんか関係ない。君をただのルシアとして愛してるよ」

 ネイエス王太子の言葉が体の隅々まで染み渡っていくのを感じた。

 ルシアの生まれた境遇を考えれば、彼のように血筋なんて関係ないという男にハマりそうだ。
 脳が痺れるのを感じる、自分をただ愛してくれる誰かを彼女が求めていたのが分かる。
 
 それでも、客観的に見て、彼はルシアを利用したいだけに見えた。

 ルシアは本当に馬鹿女だ。
 妻もいながら、平気で未成年のルシアに手を出してくるような男は悪い男に決まっている。

 気がつけば彼が半裸だった。
(あれ? 私も半裸? ちょっとやめてー!)

「おやめください。私はスグラ王国の次期国王です。だから、自国を滅ぼすなんてそんなことする訳ありません。私をしっかりと、王太子として扱ってください! 無礼な振る舞いはもうやめて頂きたいのです」

 思い切り接近してくる彼を押し返した。
 彼はなぜだか余裕に楽しそうに笑っていた。

「そういうゲーム? 面白いね⋯⋯」
「出てってください! 馬鹿にしないで! 私はスグラ王国の未来の為だけに生きる誓いをした王太子です。奥さんを大事にしてください。はっきり言って、殿下は私から見れば痛いおじさんですよ」

 私は必死に乱れた着衣をもとに戻した。
 失礼だとわかっていて、私は彼の腕を引っ張り扉の外へと押し出そうとした。

 すると、急に手を掴まれて壁に両手をつかされる。

「ちゃんと手をついてるんだよ。ルシア⋯⋯今日は後ろからしたい気分なんだ⋯⋯」
 背後から、ネイエスの低い声が聞こえてくる。
 なんだか、ネイエスはルシアが自分の言うことを聞くことが当たり前に思っているようだ。

「え? 後ろからって何をなさるつもりですか? 貴方みたいな危険な人に背中は見せられません」
 私は慌てて前を振り向いた。
 すると、彼の方が手を思いっきり壁につけてくる。
(これは壁ドン? 全然、キュンとしない⋯⋯寧ろ怖い)

「じゃあ、前からでいいわ」
「さっきから、どうしてそんなに偉そうなんですか? 確かにネイエスの方が年長者ですが、今は私も王太子です。スグラ王国とローラン王国は対等の関係を気づいているはずですよ」

「対等? 俺が好きで、俺の為なら何でもするって言ってなかった?」
 彼はルシアに何をさせようとしているのだろう。
 既にルシアは彼の為に何かしてしまったのかもしれない。