「やめて! あなたとは姉と弟のように過ごしたいの」
 私がミカエルの体を突き返すと、彼は悲しそうな顔をした。

「それに、私、とんでもない女なのよ。あなたと婚約している間も2年間レオ・ステランと付き合っていた⋯⋯」

 経験がないから分からないが、浮気をしていたら正直に話しておいた方が良い気がする。レオが先にミカエルに真実を告げたら、ミカエルがまた闇落ちしそうだ。

「薄々気がついてたよ⋯⋯僕はそれでも、ルシアしか考えられなかった。ルシアはアルベルトのことはどう思ってるの?」

 今、おそらく私にはできない恋愛上級者の返答が求められている。
ミカエルは婚約者であるルシアの浮気に気がついていたらしい。
(気がついてながら、問い詰めないで許していたの?)

 
「どうも、思ってないよ。クッキーをあげたりして、ミカエルには誤解を与えたよね。でも、彼とは距離を取るつもりだから」
 頭がこんがらがっている。
 私はミカエルがルシアの浮気を咎め、幻滅して恋愛感情が無くなる事を期待していた。


「じゃあ、レオ・ステランの事はどう思ってる?」
 ミカエルの碧色の瞳はじっと私を見据えている。
私は正直、レオ・ステランの魅力が分からない。
アルベルト様は同じ年ながらも、大人の余裕や色気があって少し惹かれた気もした。

「お金を持ってるなって思ってるかな⋯⋯でも、それだけだよ」
「ルシア、結構酷い子だね⋯⋯王家だって財産は潤沢だと思うけど⋯⋯」
「お金はね、いくらあっても困るものじゃないのよ」
ミカエルが手で口を抑えながら笑いを堪えている。
(お上品な笑い方ですこと⋯⋯)

 実際、お金というのは非常に重要だ。
私が不登校になっても留学という手段があったのは、橘家が裕福な家庭だったからだ。
 あの幸せな家に戻れないと思うだけで、胸がキツくなる。
 あれだけ心配を掛けてお金も掛けて貰って、なんの親孝行もしないまま私は死んだのかもしれない。

 せめて、この世界では自分のできる事をして悔いのないよう生きたい。

「ミカエルは自分の血筋をはっきり公表したいと思わないの?」
「僕がサンタナ・ローランの子だってこと? おそらくナタリー・ローラン女王陛下も気がついているよ。そして、スグラ王国を陥れる為のカードとしてとっておいていると思う⋯⋯貞操観念の強い国と思われていた国の王妃が不貞を働いていたのだから、明らかになったら困るのはスグラ王国だ」

 私はミカエルが彼の母親であるエミリアン王妃に不快感を持っているのがわかった。
(母親の浮気か⋯⋯確かに気持ち悪いかも⋯⋯)

 ルシアの母親のセリーナ・ミエーダはいかにも母になっても女でいたいような感じがして私は嫌悪感を覚えた。

 しかし、ミカエルの母親のエミリアン王妃の不貞は全く違うものに見えていた。彼女はマリナ国とスグラ王国の友好の為にスグラ王国に嫁いできた。それなのに、自分と跡取りを作ろうともしないカイロス国王に焦ったはずだ。そして、セリーナが国王と関係を持っている事に苦しんだ。

 結果、カイロス国王の子を偽造し、それを偽造と分かりながらカイロス国王も許容している。
(なんだか、ずっとエミリアン王妃を馬鹿にしているみたい⋯⋯)

 私にはエミリアン王妃はずっと苦しんできたので来たように感じていた。
そんな事を1番の被害者であるミカエルに言える訳もない。

「それにしても、国王が好きだの嫌いだの恋愛にうつつを抜かしているのってどうなんだろうね。お陰でトラブルを抱えているじゃない⋯⋯私は君主は国と結婚するくらいの気持ちの人がなるべきだと思う」

 私は当たり前の事を言ったつもりだった。
はっきり言って、カイロス国王には今にもその地位を退いて頂きたいくらいだ。彼のせいでローラン王国ともマリナ王国ともトラブルを抱えている。

「ルシアは本当に恋をした事がないんだね」
 ミカエルは少し寂しそうに笑った。