国葬の会場は一国の王を弔うにはいささか質素に見えた。
急いで集めたような白い花を脇に敷き詰められている。
普通なら、他国の要人を招き準備期間を設けた上でやる行事だ。
「ミカエル⋯⋯カイロス国王陛下は女性関係以外の政治的ことではしっかりしてたじゃない。こんな風に陛下を軽んじるような弔い方をして良いの?」
私の言葉を聞いて彼の瞳が迷うように揺れた。
(ミカエルにも迷いがあるわ⋯⋯そこに揺さぶりを掛ければ)
私がミカエルの良心に語りかけようとした時、冷ややかな声が背中から聞こえた。
「そろそろ、国葬が始まりますよ。ミカエル王太子殿下⋯⋯歴史において道を踏み外す君主は常に女に惑わされます。殿下は揺るがない強い意志をお持ちの方なので、私も安心してついていける訳です」
茶髪に緑色の瞳、おそらくレオの父親であるステラン公爵だ。
「ステラン公爵殿下は、私の血筋についてご存知なのに、このような茶番を?」
私の言葉に一瞬ステラン公爵の顔色が変わった。
彼の息子であるレオが私の血筋について知っているのに、彼が知らない訳がない。
「ルシア嬢のお血筋ですか? 裏でお母上が夫ではない別の男性と通じていた。非常に貞操観念があるお血筋ですな」
嫌味のつもりで返してきたのだろうが、私にとってセリーナ・ミエーダ侯爵夫人は他人だ。
彼女は私にとって最低な軽蔑すべきアバズレ女で、あんな女の娘であるルシアには同情する。
「私の母、セリーナ・ミエーダは裏で国王陛下と通じていたんです。とんでもない女ですよね。私も軽蔑します。それでも、私も好き好んでカイロス国王の血を引いている訳ではありません」
「ルシア⋯⋯お願いだからもうやめてくれ」
私の発言にステラン公爵よりも先に、ミカエルが反応した。
私の腕を震える手で抑えてくる彼は何に怯えているのだろうか。
「ミカエル王太子殿下、ご安心ください。国葬で国王陛下の遺体を火葬すれば、殿下こそが次期国王です」
ミカエルの心の機微に気がついて焦ったように、ステラン公爵がフォローしている。
(確実に、カイロス・スグラ国王の遺体をミカエルに燃やさせたいみたいね⋯⋯)
「本来ならば、娘である私が国王陛下の遺体を燃やすべきでしょ」
「もう、黙って⋯⋯お願いルシア⋯⋯」
私の言葉を制するように、今度は震える手で口を塞いでくるミカエル。
(彼の様子がおかしいわ⋯⋯本当に何があったの?)
私は目を瞑り、そっと口元に当てられたミカエルの手のひらに口づけをした。
彼が驚いたように私の口を塞いでた手をどかす。
「ミカエル⋯⋯今、あなたを利用しようとしている人がいることを分かっているよね。一国の王になろうと志している人が、操られて良いの?」
私の言葉にミカエルの碧色の瞳が潤み出した。
「僕が本当に欲しいのは国王の座じゃない⋯⋯君だよルシア⋯⋯突き放した癖に、今更気遣うような言葉をかけてこないでよ」
ミカエルが本当に追い詰められていることが伝わってきた。
確かに、私は自分が傷つくことが怖くて男には冷たくなっていた。
彼に対しては、どうせ最終的にアリスの方に行く男だと殊更冷たくした気がする。
「感情的にならないで⋯⋯目の前の女よりも、国民の利益の為に動くのが国王でしょ」
言葉とは発してしまうと戻せないものらしい。
私の発したこの言葉に、ミカエルが迷いなくステラン公爵側についたのが分かった。
「ルシア嬢⋯⋯国葬が始まるので、殿下から一歩下がって私の隣に来てください。あなたの最低な評判がたっても、殿下はまだお情けをかけてくれるようですよ」
ステラン公爵に手首を掴まれ彼の隣に立たされる。
周囲を見渡すと、国葬の参列客が揃い始めていた。
それでも、一国の王だった人間を弔うには少なすぎる人数だ。
「カイロス・スグラ国王陛下は素晴らしい功績をあげられました。貧しい人間にも慈悲を持ち、アカデミーの奨学生制度を設けられました。また、女性の人権を重んじ、20%の政府の要人を女性にしています⋯⋯」
ステラン公爵がカイロス国王の功績を語り始めた。
まだ、人が揃っていないのに、国葬を始めようとしている。
黒い装束を着た6人の女たちが、カイロス国王が入っているだろう棺を担ぎ上げながら持ってきた。
燃えやすいように、薄っぺらい木の棺に入れられている。
カイロス国王は白い花に敷き詰められた棺で目を瞑っているだけで、私には眠っているだけのように見えた。
ゴトン!と棺が置かれた音と共に、ミカエルが手に火の魔力を溜め始めた。
(なんで、こんなに急いでるの? こんなのおかしい)
「ミカエル・スグラは第48代スグラ王国の国王として、第47代カイロス・スグラが神の国で心豊かに過ごせるように火の祝福を捧げる」
ミカエルが無表情で両掌を天に掲げる。
サッカーボールより大きい赤い火の玉が怪しくゆらめいていた。
彼が火の玉を棺に放ったと共に、私は咄嗟に氷の魔力を放った。
(ダメだ! ルシアの僅かな氷の魔力じゃ、この大きな炎は消せない)
私が絶体絶命だと思った瞬間、ブリザードが棺の上に吹き荒れ火が消え果てた。
「オスカー・ミエーダ侯爵令息! 何を血迷ったことを! 神聖なる儀式ですよ」
ステラン公爵が怒鳴り声を上げた先を見ると、そこにはルシアの兄オスカーとアリスがいた。
「神聖な儀式? でしたら、参列者が揃ってから始めるべきでは?」
オスカーの薄紫色の瞳が燃え上がるように強い光を放っている。
まだ、少数しか集まっていない国葬の会場の貴族や神官たちがざわめき出した。
「何を言う! 次期スグラ国王であるミカエル王太子殿下が儀式を開始したのを妨害したのですよ? 当然、許される事ではない。極刑に値すると思え!」
ステラン公爵の言葉に、ミカエルは気まずそうに俯いた。
その心許ない表情に私は思わず彼の手を握った。
ミカエルはとても繊細な人だ。
出生の秘密が明らかになり、全てを失いそうに思ったのだろう。
追い詰められて、利用されていると分かっていただろうにステラン公爵の手を取ってしまった。
そして、今また色々な周りの言葉に惑わされ真っ青になり俯いている。
私は友情ルートで、ルシアがミカエルを支える選択をした意味を悟った気がした。
彼は本当に危なっかしくて、放っておけない人なのだ。
1人だと道を踏み外してしまう弱さを持った人だと、10年連れ添ったルシアは感じていたのだろう。
私は自分もどん底の時に、家族に助けて貰ったことを思い出していた。
あの時に海外留学という道筋も示して貰えなかったら、私は今も部屋の中で引きこもっていただろう。
ミカエルが私の手を握り返しながら、私の目を見つめゆっくりと頷いた。
「僕はカイロス・スグラ国王の血を⋯⋯」
彼はおそらく本当の血筋を明かそうと、絞り出すような声で宣言し始めた。
その時、端の方が少し焼けてしまった棺からカイロス・スグラ国王が虚な瞳で顔を出した。
「なんだか鬱陶しい蚊が飛び回っているな。余の可愛い娘、ルシアを非難するような大馬鹿者はいるのか? 王家に対する反逆とみなす!」
虚な表情からは想像できない、地響きがしそうなその野太い声。
威厳を感じるカイロス国王の声に、そこにいた人間は硬直した。
そっとミカエルの表情を覗くと、今にも卒倒しそうな真っ青な顔をしていた。
もう少しで生きているカイロス国王を燃やしてしまうところだったのだから当然だ。
今、ミカエルは追い詰められている。
私は、そんな彼を安心させるように繋いだ手に力を込めた。
急いで集めたような白い花を脇に敷き詰められている。
普通なら、他国の要人を招き準備期間を設けた上でやる行事だ。
「ミカエル⋯⋯カイロス国王陛下は女性関係以外の政治的ことではしっかりしてたじゃない。こんな風に陛下を軽んじるような弔い方をして良いの?」
私の言葉を聞いて彼の瞳が迷うように揺れた。
(ミカエルにも迷いがあるわ⋯⋯そこに揺さぶりを掛ければ)
私がミカエルの良心に語りかけようとした時、冷ややかな声が背中から聞こえた。
「そろそろ、国葬が始まりますよ。ミカエル王太子殿下⋯⋯歴史において道を踏み外す君主は常に女に惑わされます。殿下は揺るがない強い意志をお持ちの方なので、私も安心してついていける訳です」
茶髪に緑色の瞳、おそらくレオの父親であるステラン公爵だ。
「ステラン公爵殿下は、私の血筋についてご存知なのに、このような茶番を?」
私の言葉に一瞬ステラン公爵の顔色が変わった。
彼の息子であるレオが私の血筋について知っているのに、彼が知らない訳がない。
「ルシア嬢のお血筋ですか? 裏でお母上が夫ではない別の男性と通じていた。非常に貞操観念があるお血筋ですな」
嫌味のつもりで返してきたのだろうが、私にとってセリーナ・ミエーダ侯爵夫人は他人だ。
彼女は私にとって最低な軽蔑すべきアバズレ女で、あんな女の娘であるルシアには同情する。
「私の母、セリーナ・ミエーダは裏で国王陛下と通じていたんです。とんでもない女ですよね。私も軽蔑します。それでも、私も好き好んでカイロス国王の血を引いている訳ではありません」
「ルシア⋯⋯お願いだからもうやめてくれ」
私の発言にステラン公爵よりも先に、ミカエルが反応した。
私の腕を震える手で抑えてくる彼は何に怯えているのだろうか。
「ミカエル王太子殿下、ご安心ください。国葬で国王陛下の遺体を火葬すれば、殿下こそが次期国王です」
ミカエルの心の機微に気がついて焦ったように、ステラン公爵がフォローしている。
(確実に、カイロス・スグラ国王の遺体をミカエルに燃やさせたいみたいね⋯⋯)
「本来ならば、娘である私が国王陛下の遺体を燃やすべきでしょ」
「もう、黙って⋯⋯お願いルシア⋯⋯」
私の言葉を制するように、今度は震える手で口を塞いでくるミカエル。
(彼の様子がおかしいわ⋯⋯本当に何があったの?)
私は目を瞑り、そっと口元に当てられたミカエルの手のひらに口づけをした。
彼が驚いたように私の口を塞いでた手をどかす。
「ミカエル⋯⋯今、あなたを利用しようとしている人がいることを分かっているよね。一国の王になろうと志している人が、操られて良いの?」
私の言葉にミカエルの碧色の瞳が潤み出した。
「僕が本当に欲しいのは国王の座じゃない⋯⋯君だよルシア⋯⋯突き放した癖に、今更気遣うような言葉をかけてこないでよ」
ミカエルが本当に追い詰められていることが伝わってきた。
確かに、私は自分が傷つくことが怖くて男には冷たくなっていた。
彼に対しては、どうせ最終的にアリスの方に行く男だと殊更冷たくした気がする。
「感情的にならないで⋯⋯目の前の女よりも、国民の利益の為に動くのが国王でしょ」
言葉とは発してしまうと戻せないものらしい。
私の発したこの言葉に、ミカエルが迷いなくステラン公爵側についたのが分かった。
「ルシア嬢⋯⋯国葬が始まるので、殿下から一歩下がって私の隣に来てください。あなたの最低な評判がたっても、殿下はまだお情けをかけてくれるようですよ」
ステラン公爵に手首を掴まれ彼の隣に立たされる。
周囲を見渡すと、国葬の参列客が揃い始めていた。
それでも、一国の王だった人間を弔うには少なすぎる人数だ。
「カイロス・スグラ国王陛下は素晴らしい功績をあげられました。貧しい人間にも慈悲を持ち、アカデミーの奨学生制度を設けられました。また、女性の人権を重んじ、20%の政府の要人を女性にしています⋯⋯」
ステラン公爵がカイロス国王の功績を語り始めた。
まだ、人が揃っていないのに、国葬を始めようとしている。
黒い装束を着た6人の女たちが、カイロス国王が入っているだろう棺を担ぎ上げながら持ってきた。
燃えやすいように、薄っぺらい木の棺に入れられている。
カイロス国王は白い花に敷き詰められた棺で目を瞑っているだけで、私には眠っているだけのように見えた。
ゴトン!と棺が置かれた音と共に、ミカエルが手に火の魔力を溜め始めた。
(なんで、こんなに急いでるの? こんなのおかしい)
「ミカエル・スグラは第48代スグラ王国の国王として、第47代カイロス・スグラが神の国で心豊かに過ごせるように火の祝福を捧げる」
ミカエルが無表情で両掌を天に掲げる。
サッカーボールより大きい赤い火の玉が怪しくゆらめいていた。
彼が火の玉を棺に放ったと共に、私は咄嗟に氷の魔力を放った。
(ダメだ! ルシアの僅かな氷の魔力じゃ、この大きな炎は消せない)
私が絶体絶命だと思った瞬間、ブリザードが棺の上に吹き荒れ火が消え果てた。
「オスカー・ミエーダ侯爵令息! 何を血迷ったことを! 神聖なる儀式ですよ」
ステラン公爵が怒鳴り声を上げた先を見ると、そこにはルシアの兄オスカーとアリスがいた。
「神聖な儀式? でしたら、参列者が揃ってから始めるべきでは?」
オスカーの薄紫色の瞳が燃え上がるように強い光を放っている。
まだ、少数しか集まっていない国葬の会場の貴族や神官たちがざわめき出した。
「何を言う! 次期スグラ国王であるミカエル王太子殿下が儀式を開始したのを妨害したのですよ? 当然、許される事ではない。極刑に値すると思え!」
ステラン公爵の言葉に、ミカエルは気まずそうに俯いた。
その心許ない表情に私は思わず彼の手を握った。
ミカエルはとても繊細な人だ。
出生の秘密が明らかになり、全てを失いそうに思ったのだろう。
追い詰められて、利用されていると分かっていただろうにステラン公爵の手を取ってしまった。
そして、今また色々な周りの言葉に惑わされ真っ青になり俯いている。
私は友情ルートで、ルシアがミカエルを支える選択をした意味を悟った気がした。
彼は本当に危なっかしくて、放っておけない人なのだ。
1人だと道を踏み外してしまう弱さを持った人だと、10年連れ添ったルシアは感じていたのだろう。
私は自分もどん底の時に、家族に助けて貰ったことを思い出していた。
あの時に海外留学という道筋も示して貰えなかったら、私は今も部屋の中で引きこもっていただろう。
ミカエルが私の手を握り返しながら、私の目を見つめゆっくりと頷いた。
「僕はカイロス・スグラ国王の血を⋯⋯」
彼はおそらく本当の血筋を明かそうと、絞り出すような声で宣言し始めた。
その時、端の方が少し焼けてしまった棺からカイロス・スグラ国王が虚な瞳で顔を出した。
「なんだか鬱陶しい蚊が飛び回っているな。余の可愛い娘、ルシアを非難するような大馬鹿者はいるのか? 王家に対する反逆とみなす!」
虚な表情からは想像できない、地響きがしそうなその野太い声。
威厳を感じるカイロス国王の声に、そこにいた人間は硬直した。
そっとミカエルの表情を覗くと、今にも卒倒しそうな真っ青な顔をしていた。
もう少しで生きているカイロス国王を燃やしてしまうところだったのだから当然だ。
今、ミカエルは追い詰められている。
私は、そんな彼を安心させるように繋いだ手に力を込めた。