俺はしばらくして自分が乙女ゲーム『誘惑の悪女』のライアンになっているのが分かった。
(もしかして、俺死んだ? 茉莉花は無事だったのか?)
ルシアがヒロインのアリスとアルベルト王子の部屋に来た時は驚いた。
「失礼致します。クッキーに入っているものは、バター、砂糖、小麦粉、卵とバニラエッセンスです。怪しいものは入ってません」
ルシアの淡々とした口調が茉莉花が勉強を教えてくれる時の口調に似ている。
そして、彼女がクッキーの材料を説明していることに俺は自分の失言を思い出して気がつけばクッキーに手を伸ばしていた。
(「手作りチョコなんて、何入れられてるか分からなくて食べられねーよ」)
もし、俺の言葉が茉莉花を不登校追い込む程のトラウマを与えていたら、こんな風に手作りお菓子の材料を説明すると考えた。
妹がゲームをやっているのを見ている時、ヒロインのアリスが真面目でお人好しで茉莉花に似ていると思っていた。
本来ならアリスとルシアは敵対関係なのに、仲良く2人連れ添っている。
そして、明らかにルシアがゲームの性格とは異なっていた。
自分の学力に自信を持っていて、人からの口撃や軽んじられることに慣れていなそうだ。
俺はルシアに茉莉花を重ねていた。
今、思えば茉莉花は中学時代も一目置かれ非難されたことがなく、彼女の姉の様子を見るに家でも大切にされてそうだった。
それゆえに、実は彼女は打たれ弱く非常に繊細な子だったのではないだろうか。
いつしか、ルシアが茉莉花にしか見えなくなっていた。
俺は茉莉花を助けられず、彼女もこの世界の中でルシアになっていることはないだろうか。
ルシアが実技試験で火の魔力を使ったことで大騒ぎになった。
(火の魔力は王族にしか使えないなんて裏設定があるのかよ⋯⋯)
そして、ミカエルに連れられてルシアが王宮にやって来た。
カイロス国王が人払をして2人に話があるという。
「多分、ルシア様は国王陛下の隠し子だろうな⋯⋯」
他の騎士たちがヒソヒソと話していた。
なんでも、ルシアの母親とカイロス国王は元恋人同士だったらしい。
(いや⋯⋯でも、お互い別の相手と結婚したんだから不倫だろ⋯⋯)
しばらくして、焦燥し切ったミカエル王太子とルシアが出てきた。
「ミカエル、突然、取り上げられたから私に執着しているだけよ。あなたにはもっと相応しい人がいるわよ」
「いないよ、そんな人⋯⋯」
2人の会話にギョッとした。
ルシアはどうして、こんなにも男心が分からないのだろうか。
ミカエル王太子がルシアの事で頭がいっぱいなのは、数日の付き合いでも分かった。
彼は約束をキャンセルされ、自分の隣で他の男に迫る彼女を見て相当追い詰められていた。
ルシアを見て俺は鈍感な茉莉花を思い出していた。
毎日のように彼女に会いに来ているのに、彼女は俺の好意に気がついていないようだった。
だから、名前を呼んだり、もう恋人のように思っていると伝えて意識して貰おうとした。
ルシアが他の女をミカエル王太子にすすめたら、彼は彼女を部屋に連れ込んだ。
俺は彼の目つきから、彼女に何をしようとしているか分かってしまった。
部屋の扉を開けると、彼女が襲われそうになって泣いていた。
ミカエルの首に剣を突きつけ、彼女を助け出した。
夜明け前に、カイロス・スグラ国王が不審死をとげたと大騒ぎになった。
ルシアにそのことを告げると、突然、過呼吸になった。
俺は咄嗟に彼女の口を塞いでいた。
(ルシアは茉莉花だ⋯⋯本当は彼女を傷つけるのではなく、守りたかった⋯⋯)
俺はこの頃になるとルシアは茉莉花だと確信していた。
そして、今ライアンとして信頼を得て側に居させてもらっている。
とてもじゃないけれど、自分が彼女を傷つけた柊隼人だとは明かせなかった。
翌日、アルベルト王子の話だとルシアはカイロス国王の隠し子だったようだ。
そんな裏設定に驚いていると、アルベルト王子は味方の証とばかりにルシアにキスをした。
さらに驚いたのは、彼女がキスのおかわりをお願いしていたことだ。
ルシアがアリスと部屋で話している時も、扉の前で茉莉花の変化にショックで呆然としていた。
すると、茶髪に緑色をした優男風の良い男が俺の前に現れた。
(攻略対象のレオ・ステラン公子だ⋯⋯ルシアに会いに来たのか?)
「ライアン、君はミカエル王太子殿下の護衛騎士じゃなかった?」
「実はルシア・ミエーダ侯爵令嬢から、自分につくように言われまして⋯⋯」
「ふぅん、まあ、君はミカエルの情報を持っているから利用価値があると思ったのかもな」
レオに爽やかに微笑みかけられ、ガードが緩んだ。
扉をノックして、ルシアが出てくると一瞬でレオは男の顔に変わった。
「レオ⋯⋯早く、2人きりになりたい」
ルシアがレオの耳元で囁くのが聞こえて、俺は心臓の鼓動が早くなった。
(ルシアは茉莉花だと思ったけれど⋯⋯俺の知ってる生真面目な彼女じゃない⋯⋯)
学生が入ることを許されない人気のない通路をレオとルシアが恋人のように歩くのをつけた。
行き止まりにある豪華な扉の中に2人が消えたと思うと、長い間出てこない。
俺は耐えられなくなって、扉をノックした。
すると、後ろから抱きしめられているルシアが現れた。
左手の薬指には指輪がはめられている。
俺の脳は一気に沸騰した。
純粋で繊細な茉莉花を傷つけてしまって、ずっと気に病んでいた。
彼女といつか再会できることを願い必死に勉強した。
彼女がトラックに轢かれそうになったのを、命懸けで助けようとした。
異世界に来たと思ったら、ルシアになった茉莉花と出会った。
自分の正体こそ明かせなかったけれど、運命的なものを感じていた。
その結果がこれだ。
「何を⋯⋯してたんですか?」
自分でも聞き取りずらい程の掠れた声がでた。
ルシアは、さっきはアルベルト王子とキスをしていた。
(しかも、俺やアリスのいる前だ⋯⋯欧米かよ)
今度は秘密の個室に篭って、レオとイチャイチャしてたようだ。
(節操なさすぎだろ⋯⋯)
「海外生活すると、真面目ちゃんも、そんな奔放になるものなんだ⋯⋯マジかよ」
俺の呟きは声に出ていたようだ。
ルシアが膝をついて、目を潤ませながら俺を見ている。
「ライアン⋯⋯あなた、もう私の前に現れないで。あなたに守れる私なんていないから」
俺はその目を見た時、悪いのは自分だと気がついた。
散々、彼女を傷つけて今度は守ろうと思ったのに、また傷つけている。
「ルシア様、失礼があったなら謝ります。話を聞いてください」
俺がルシアの腕を引っ張って、立ち上がらせようとすると思いっきり振り払われた。
「2度と私の前に現れないで! 大っ嫌い!」
彼女はそう叫ぶと、走り去ってしまった。
呆然と走り去ったルシアの背中を俺は追いかけられなかった。
「ルシアの大きい声が聞こえたけど、どうかした?」
急に後ろから声が聞こえて振り返るとレオがいた。
「護衛騎士をクビになりました⋯⋯」
「じゃあ、僕が雇ってあげるよ。ちょっと部屋に入って話そう」
先程までルシアとレオがいた部屋はリビングセットにピアノまである豪華な部屋だった。
(ベッドまである⋯⋯良かった⋯⋯使った形跡がない)
「君を諜報員として採用しようかな。ミカエルは君のことは信用しているだろうし、ルシアの動きも気になるしね」
「ルシア様の動きですか?」
茉莉花はこのゲームの内容を知らないのか、ひたすら我が道を突っ走っているように見える。
その事で本来のルシアとは違った行動をして、怪しまれているのだろう。
気だるそうにソファーに座ったレオが足を組んでニヤリと笑った。
彼のその表情は爽やかな優男とはかけ離れていて、危険な感じがした。
「僕は君のことどこまで信用して良いのかな? 僕に忠誠を誓う意味で跪いて僕の靴でも舐めてくれない?」
そんな屈辱耐えられないという思いと、彼の動向を探らないとルシアに危険が及ぶのではという思いが交差した。
(もしかして、俺死んだ? 茉莉花は無事だったのか?)
ルシアがヒロインのアリスとアルベルト王子の部屋に来た時は驚いた。
「失礼致します。クッキーに入っているものは、バター、砂糖、小麦粉、卵とバニラエッセンスです。怪しいものは入ってません」
ルシアの淡々とした口調が茉莉花が勉強を教えてくれる時の口調に似ている。
そして、彼女がクッキーの材料を説明していることに俺は自分の失言を思い出して気がつけばクッキーに手を伸ばしていた。
(「手作りチョコなんて、何入れられてるか分からなくて食べられねーよ」)
もし、俺の言葉が茉莉花を不登校追い込む程のトラウマを与えていたら、こんな風に手作りお菓子の材料を説明すると考えた。
妹がゲームをやっているのを見ている時、ヒロインのアリスが真面目でお人好しで茉莉花に似ていると思っていた。
本来ならアリスとルシアは敵対関係なのに、仲良く2人連れ添っている。
そして、明らかにルシアがゲームの性格とは異なっていた。
自分の学力に自信を持っていて、人からの口撃や軽んじられることに慣れていなそうだ。
俺はルシアに茉莉花を重ねていた。
今、思えば茉莉花は中学時代も一目置かれ非難されたことがなく、彼女の姉の様子を見るに家でも大切にされてそうだった。
それゆえに、実は彼女は打たれ弱く非常に繊細な子だったのではないだろうか。
いつしか、ルシアが茉莉花にしか見えなくなっていた。
俺は茉莉花を助けられず、彼女もこの世界の中でルシアになっていることはないだろうか。
ルシアが実技試験で火の魔力を使ったことで大騒ぎになった。
(火の魔力は王族にしか使えないなんて裏設定があるのかよ⋯⋯)
そして、ミカエルに連れられてルシアが王宮にやって来た。
カイロス国王が人払をして2人に話があるという。
「多分、ルシア様は国王陛下の隠し子だろうな⋯⋯」
他の騎士たちがヒソヒソと話していた。
なんでも、ルシアの母親とカイロス国王は元恋人同士だったらしい。
(いや⋯⋯でも、お互い別の相手と結婚したんだから不倫だろ⋯⋯)
しばらくして、焦燥し切ったミカエル王太子とルシアが出てきた。
「ミカエル、突然、取り上げられたから私に執着しているだけよ。あなたにはもっと相応しい人がいるわよ」
「いないよ、そんな人⋯⋯」
2人の会話にギョッとした。
ルシアはどうして、こんなにも男心が分からないのだろうか。
ミカエル王太子がルシアの事で頭がいっぱいなのは、数日の付き合いでも分かった。
彼は約束をキャンセルされ、自分の隣で他の男に迫る彼女を見て相当追い詰められていた。
ルシアを見て俺は鈍感な茉莉花を思い出していた。
毎日のように彼女に会いに来ているのに、彼女は俺の好意に気がついていないようだった。
だから、名前を呼んだり、もう恋人のように思っていると伝えて意識して貰おうとした。
ルシアが他の女をミカエル王太子にすすめたら、彼は彼女を部屋に連れ込んだ。
俺は彼の目つきから、彼女に何をしようとしているか分かってしまった。
部屋の扉を開けると、彼女が襲われそうになって泣いていた。
ミカエルの首に剣を突きつけ、彼女を助け出した。
夜明け前に、カイロス・スグラ国王が不審死をとげたと大騒ぎになった。
ルシアにそのことを告げると、突然、過呼吸になった。
俺は咄嗟に彼女の口を塞いでいた。
(ルシアは茉莉花だ⋯⋯本当は彼女を傷つけるのではなく、守りたかった⋯⋯)
俺はこの頃になるとルシアは茉莉花だと確信していた。
そして、今ライアンとして信頼を得て側に居させてもらっている。
とてもじゃないけれど、自分が彼女を傷つけた柊隼人だとは明かせなかった。
翌日、アルベルト王子の話だとルシアはカイロス国王の隠し子だったようだ。
そんな裏設定に驚いていると、アルベルト王子は味方の証とばかりにルシアにキスをした。
さらに驚いたのは、彼女がキスのおかわりをお願いしていたことだ。
ルシアがアリスと部屋で話している時も、扉の前で茉莉花の変化にショックで呆然としていた。
すると、茶髪に緑色をした優男風の良い男が俺の前に現れた。
(攻略対象のレオ・ステラン公子だ⋯⋯ルシアに会いに来たのか?)
「ライアン、君はミカエル王太子殿下の護衛騎士じゃなかった?」
「実はルシア・ミエーダ侯爵令嬢から、自分につくように言われまして⋯⋯」
「ふぅん、まあ、君はミカエルの情報を持っているから利用価値があると思ったのかもな」
レオに爽やかに微笑みかけられ、ガードが緩んだ。
扉をノックして、ルシアが出てくると一瞬でレオは男の顔に変わった。
「レオ⋯⋯早く、2人きりになりたい」
ルシアがレオの耳元で囁くのが聞こえて、俺は心臓の鼓動が早くなった。
(ルシアは茉莉花だと思ったけれど⋯⋯俺の知ってる生真面目な彼女じゃない⋯⋯)
学生が入ることを許されない人気のない通路をレオとルシアが恋人のように歩くのをつけた。
行き止まりにある豪華な扉の中に2人が消えたと思うと、長い間出てこない。
俺は耐えられなくなって、扉をノックした。
すると、後ろから抱きしめられているルシアが現れた。
左手の薬指には指輪がはめられている。
俺の脳は一気に沸騰した。
純粋で繊細な茉莉花を傷つけてしまって、ずっと気に病んでいた。
彼女といつか再会できることを願い必死に勉強した。
彼女がトラックに轢かれそうになったのを、命懸けで助けようとした。
異世界に来たと思ったら、ルシアになった茉莉花と出会った。
自分の正体こそ明かせなかったけれど、運命的なものを感じていた。
その結果がこれだ。
「何を⋯⋯してたんですか?」
自分でも聞き取りずらい程の掠れた声がでた。
ルシアは、さっきはアルベルト王子とキスをしていた。
(しかも、俺やアリスのいる前だ⋯⋯欧米かよ)
今度は秘密の個室に篭って、レオとイチャイチャしてたようだ。
(節操なさすぎだろ⋯⋯)
「海外生活すると、真面目ちゃんも、そんな奔放になるものなんだ⋯⋯マジかよ」
俺の呟きは声に出ていたようだ。
ルシアが膝をついて、目を潤ませながら俺を見ている。
「ライアン⋯⋯あなた、もう私の前に現れないで。あなたに守れる私なんていないから」
俺はその目を見た時、悪いのは自分だと気がついた。
散々、彼女を傷つけて今度は守ろうと思ったのに、また傷つけている。
「ルシア様、失礼があったなら謝ります。話を聞いてください」
俺がルシアの腕を引っ張って、立ち上がらせようとすると思いっきり振り払われた。
「2度と私の前に現れないで! 大っ嫌い!」
彼女はそう叫ぶと、走り去ってしまった。
呆然と走り去ったルシアの背中を俺は追いかけられなかった。
「ルシアの大きい声が聞こえたけど、どうかした?」
急に後ろから声が聞こえて振り返るとレオがいた。
「護衛騎士をクビになりました⋯⋯」
「じゃあ、僕が雇ってあげるよ。ちょっと部屋に入って話そう」
先程までルシアとレオがいた部屋はリビングセットにピアノまである豪華な部屋だった。
(ベッドまである⋯⋯良かった⋯⋯使った形跡がない)
「君を諜報員として採用しようかな。ミカエルは君のことは信用しているだろうし、ルシアの動きも気になるしね」
「ルシア様の動きですか?」
茉莉花はこのゲームの内容を知らないのか、ひたすら我が道を突っ走っているように見える。
その事で本来のルシアとは違った行動をして、怪しまれているのだろう。
気だるそうにソファーに座ったレオが足を組んでニヤリと笑った。
彼のその表情は爽やかな優男とはかけ離れていて、危険な感じがした。
「僕は君のことどこまで信用して良いのかな? 僕に忠誠を誓う意味で跪いて僕の靴でも舐めてくれない?」
そんな屈辱耐えられないという思いと、彼の動向を探らないとルシアに危険が及ぶのではという思いが交差した。