次の日、寮に行くと私に対する陰口が聞こえてきた。
「ルシア様⋯⋯美しいけれど、婚約者がありながら他の方とも関係があるらしいわよ⋯⋯所詮不義の子だから、貞操観念がないのも仕方がないのかもね」
私に直接言うのは怖いのか、ヒソヒソと話している。
本当に噂というのは有る事無い事をネタに作られて、人を追い詰める役割を持つらしい。
ルシアは恐らく今まで自分の女の魅力で、様々な男たちを翻弄していた。
それを面白く思わない人間は当然いてルシアの立場が弱くなった今、それをネタに攻撃しているのだろう。
一夫一妻制のスグラ王国において一番求められているのは女性の貞操観念なのだ。
私が火の魔力を披露した時点で、母は父以外の男と関係したということで軽蔑の対象になった。
それでも、ルシアがカイロス国王の唯一の娘と発表されていれば、私への非難は表向きには防げていたかもしれない。
(声に出して陰口を言ってくれた方がありがたいわ⋯⋯私の現在の評価がわかりやすいもの)
私はこの程度の陰口では傷つかない。
海外留学の時に、散々理不尽な人種差別にあってきた。
(ただ、気分は良くないわ⋯⋯本当にルシアの味方はどこにもいないのね)
「ルシア様、大丈夫ですか?」
私の後ろからついてくる、ライアンが私を心底心配そうに見てくる。
彼は昨日までミカエルの護衛だったのに、本当に私の味方なんだろうか。
「私、今、良い笑いものね。こういう場から、以前逃げ出したことがあったの。でも、私はその時より強くなったから大丈夫よ」
私は笑顔を作りながらライアンに言うと、彼は苦虫を潰したような顔をした。
私には今、逃げ場がない。
中学時代、学校に行けなくなっても親が海外という逃げ場を用意してくれた。
しかし、今、寮にいると針のむしろで、侯爵邸や王宮に逃げても同じことだ。
私は意識して背筋を伸ばし、前を向いた。
すると、息を切らしながら私に小走りに近寄ってくるアリスが見えた。
彼女は私のところに来るなり、私の腕を掴み治癒の魔力をそっと使っている。
(あったかい⋯⋯本当にアリスって優しい子だわ)
「ルシア様、部屋でゆっくりしましょう。色々あって疲れましたよね」
「私は大丈夫よ⋯⋯でも、アリスと話したいことがたくさんあるわ」
アリスが心底心配そうな顔をしながら、ゆっくりと頷く。
彼女と共に手を繋ぎ部屋に戻ろうとすると、ふと腕を引っ張られた。
「アルベルト様?」
私とアリスは気がつけばアルベルト様の特別室に連れ込まれていた。
少し間をあけて、護衛騎士のライアンも無言で部屋に入ってくる。
「ルシア⋯⋯そこに座って。君に起こった事を俺は理解しているつもりだ。そして、俺は君の味方だよ」
アルベルト様に手を引かれて、ソファーに座らされる。
彼の表情を見ると、昨日の軽薄な雰囲気は全く異なる真剣な眼差しで私を見つめている。
私の頬を撫でながら話す、彼の手に思わず頬擦りしてしまったのは私自身の不安のせいだ。
アルベルト様はローラン王国の方だし、ミカエルの母であるエミリアン王妃がカイロス国王の弟君サンタナ・ローランと通じたことを知っているのかもしれない。
「アルベルト様はミカエルの血筋のこと⋯⋯私の父親が誰かを知っているのですか?」
「知ってるよ⋯⋯ミカエルも真実を知ってしまったんだね。彼の為に隠していた事が、彼をこんなに変えてしまうなんて思ってもみなかった⋯⋯」
ミカエルを変えてしまったのは、彼が国王の息子ではないという真実なのだろう。
昨日の彼は明らかにいつもとは違っていた。
押し倒されて、襲われそうになり、恐怖のあまり彼に酷い言葉を吐いてしまった。
昨日、私がもう少し冷静になり対応し、彼とゆっくり会話していれば結果は違ったかもしれない。
「私、今のミカエルを尊敬できません。彼が昨晩何をしたのかを考えるだけで恐ろしいし、尊敬できない人を支える妻にもなりたくないんです」
アルベルト様の優しい視線に温かさをを感じ、私は思いの丈を話していた。
ゲームではミカエルは「ツンデレ王太子」、アルベルト様は「優柔不断王子」と紹介されている。
でも、実際接してみるとミカエルにツンデレっぽさは全くなく、アルベルト様に優柔不断さも感じない。
(ゲームの説明書で決めつけてはダメ⋯⋯目の前の人と対話しよう)
そして、私は男性不信のはずなのに、周囲から嘲笑の的にされたせいかアルベルト様をに守って欲しいと心が縋っている。
「大丈夫だよ。俺はルシアの味方だ。ミカエルを唆した人間がいる。彼はたった1人の王位継承者として大切に育てられ過ぎたからか、純粋で打たれ弱いところがあるからつけ込まれたかな」
私をそっと抱きしめながら話してくるアルベルト様の言葉にそっと目を閉じて考えた。
スグラ王国の成人年齢は18歳で、現在17歳のミカエルは未成年のまま近々国王になる。
私はオスカーの書庫でこの国の政治について学んだ。
未成年で国王になった人間は今までもいた。
その場合は国王が成人するまでは、必ず後見人、いわゆる摂政をつけなければならない。
実質的な権力は国王ではなく、摂政が握ることになる。
「ミカエルが王位を継いでも、成人するまで10ヶ月もありますね。一体誰が実権を握るのでしょうか?」
「さすが、察しが良いね。今回のテストの学年トップ! 今回の件の黒幕は、じきに分かりそうだね」
アルベルト様が私の頬に手を添え、目線が合うように顔をあげさせてくる。
成績が悪いルシアが突然学年トップをとった事で不正を疑う者もいるのに、彼は信じてくれているようだ。
彼の海色の瞳を見つめながら、私は元いた世界を思い出していた。
私の日本の家も、イギリスに住んでいた頃も海が近かった。
(帰りたい⋯⋯でも、ここまでゲームと話が逸れてくると私は夢ではなく現実を生きている気がする)
私は現実主義で、夢見る少女とは程遠い。
だから、ここまで手の込んだ乙女ゲーム風の夢は見られない。
これが現実ならば、私はこの不快な現実と戦わなければならない。
「アルベルト様⋯⋯私はミカエルを国王の座を引き摺りおろすつもりです。協力していただけますか?」
ミカエルも、彼を利用している人間も国のトップになってはいけない人だ。
自らの利益のみを追求し、国王殺し事実を捻じ曲げる人間が国の為の政治ができるとは思えない。
「ルシア、君はこの国の女王になる覚悟はあるの」
私には政治の経験もないし、国のトップになった経験もない。
でも、恋愛経験もないのに、男を誘惑する役割を持つルシアになった。
アリスのアドバイスを受けて、アルベルト様の気を引く為にクッキーをプレゼントしたりした。
(今、私に寄り添ってくれている所を見ると、私のアプローチは成功したんじゃ⋯⋯)
経験がなくても、自分なりに学び、味方を作り、知恵を絞れば女王を務められるのではないだろうか。
「あります。私、スグラ王国の女王になります」
私が決意表明をすると、アルベルト様が軽く私の唇にキスをしてきた。
突然のことに驚き、彼の顔を見ると目を逸らされた。
「その⋯⋯これは、俺は君の味方だという証だよ。君だって、俺が確実に自分の味方か信用するのは難しいよね。俺とミカエルは仲良かったし」
確かに、アルベルト様が私にキスしたということは契約の証になるかもしれない。
スグラ王国の次期国王であるミカエルの婚約者である私にキスをしたという事が明らかになれば問題になる。
(秘密の共有⋯⋯契約の証には十分だわ)
「アルベルト様、一瞬でよく分かりませんでした。もう1回してください」
私は彼が自分の味方だということを、改めて確信したくてお願いした。
彼は私の発言に驚いたのか、目を丸くした。
私がキスを促すようにそっと目を瞑ると、彼は今度は長めに唇を重ねてきた。
「ルシア様⋯⋯美しいけれど、婚約者がありながら他の方とも関係があるらしいわよ⋯⋯所詮不義の子だから、貞操観念がないのも仕方がないのかもね」
私に直接言うのは怖いのか、ヒソヒソと話している。
本当に噂というのは有る事無い事をネタに作られて、人を追い詰める役割を持つらしい。
ルシアは恐らく今まで自分の女の魅力で、様々な男たちを翻弄していた。
それを面白く思わない人間は当然いてルシアの立場が弱くなった今、それをネタに攻撃しているのだろう。
一夫一妻制のスグラ王国において一番求められているのは女性の貞操観念なのだ。
私が火の魔力を披露した時点で、母は父以外の男と関係したということで軽蔑の対象になった。
それでも、ルシアがカイロス国王の唯一の娘と発表されていれば、私への非難は表向きには防げていたかもしれない。
(声に出して陰口を言ってくれた方がありがたいわ⋯⋯私の現在の評価がわかりやすいもの)
私はこの程度の陰口では傷つかない。
海外留学の時に、散々理不尽な人種差別にあってきた。
(ただ、気分は良くないわ⋯⋯本当にルシアの味方はどこにもいないのね)
「ルシア様、大丈夫ですか?」
私の後ろからついてくる、ライアンが私を心底心配そうに見てくる。
彼は昨日までミカエルの護衛だったのに、本当に私の味方なんだろうか。
「私、今、良い笑いものね。こういう場から、以前逃げ出したことがあったの。でも、私はその時より強くなったから大丈夫よ」
私は笑顔を作りながらライアンに言うと、彼は苦虫を潰したような顔をした。
私には今、逃げ場がない。
中学時代、学校に行けなくなっても親が海外という逃げ場を用意してくれた。
しかし、今、寮にいると針のむしろで、侯爵邸や王宮に逃げても同じことだ。
私は意識して背筋を伸ばし、前を向いた。
すると、息を切らしながら私に小走りに近寄ってくるアリスが見えた。
彼女は私のところに来るなり、私の腕を掴み治癒の魔力をそっと使っている。
(あったかい⋯⋯本当にアリスって優しい子だわ)
「ルシア様、部屋でゆっくりしましょう。色々あって疲れましたよね」
「私は大丈夫よ⋯⋯でも、アリスと話したいことがたくさんあるわ」
アリスが心底心配そうな顔をしながら、ゆっくりと頷く。
彼女と共に手を繋ぎ部屋に戻ろうとすると、ふと腕を引っ張られた。
「アルベルト様?」
私とアリスは気がつけばアルベルト様の特別室に連れ込まれていた。
少し間をあけて、護衛騎士のライアンも無言で部屋に入ってくる。
「ルシア⋯⋯そこに座って。君に起こった事を俺は理解しているつもりだ。そして、俺は君の味方だよ」
アルベルト様に手を引かれて、ソファーに座らされる。
彼の表情を見ると、昨日の軽薄な雰囲気は全く異なる真剣な眼差しで私を見つめている。
私の頬を撫でながら話す、彼の手に思わず頬擦りしてしまったのは私自身の不安のせいだ。
アルベルト様はローラン王国の方だし、ミカエルの母であるエミリアン王妃がカイロス国王の弟君サンタナ・ローランと通じたことを知っているのかもしれない。
「アルベルト様はミカエルの血筋のこと⋯⋯私の父親が誰かを知っているのですか?」
「知ってるよ⋯⋯ミカエルも真実を知ってしまったんだね。彼の為に隠していた事が、彼をこんなに変えてしまうなんて思ってもみなかった⋯⋯」
ミカエルを変えてしまったのは、彼が国王の息子ではないという真実なのだろう。
昨日の彼は明らかにいつもとは違っていた。
押し倒されて、襲われそうになり、恐怖のあまり彼に酷い言葉を吐いてしまった。
昨日、私がもう少し冷静になり対応し、彼とゆっくり会話していれば結果は違ったかもしれない。
「私、今のミカエルを尊敬できません。彼が昨晩何をしたのかを考えるだけで恐ろしいし、尊敬できない人を支える妻にもなりたくないんです」
アルベルト様の優しい視線に温かさをを感じ、私は思いの丈を話していた。
ゲームではミカエルは「ツンデレ王太子」、アルベルト様は「優柔不断王子」と紹介されている。
でも、実際接してみるとミカエルにツンデレっぽさは全くなく、アルベルト様に優柔不断さも感じない。
(ゲームの説明書で決めつけてはダメ⋯⋯目の前の人と対話しよう)
そして、私は男性不信のはずなのに、周囲から嘲笑の的にされたせいかアルベルト様をに守って欲しいと心が縋っている。
「大丈夫だよ。俺はルシアの味方だ。ミカエルを唆した人間がいる。彼はたった1人の王位継承者として大切に育てられ過ぎたからか、純粋で打たれ弱いところがあるからつけ込まれたかな」
私をそっと抱きしめながら話してくるアルベルト様の言葉にそっと目を閉じて考えた。
スグラ王国の成人年齢は18歳で、現在17歳のミカエルは未成年のまま近々国王になる。
私はオスカーの書庫でこの国の政治について学んだ。
未成年で国王になった人間は今までもいた。
その場合は国王が成人するまでは、必ず後見人、いわゆる摂政をつけなければならない。
実質的な権力は国王ではなく、摂政が握ることになる。
「ミカエルが王位を継いでも、成人するまで10ヶ月もありますね。一体誰が実権を握るのでしょうか?」
「さすが、察しが良いね。今回のテストの学年トップ! 今回の件の黒幕は、じきに分かりそうだね」
アルベルト様が私の頬に手を添え、目線が合うように顔をあげさせてくる。
成績が悪いルシアが突然学年トップをとった事で不正を疑う者もいるのに、彼は信じてくれているようだ。
彼の海色の瞳を見つめながら、私は元いた世界を思い出していた。
私の日本の家も、イギリスに住んでいた頃も海が近かった。
(帰りたい⋯⋯でも、ここまでゲームと話が逸れてくると私は夢ではなく現実を生きている気がする)
私は現実主義で、夢見る少女とは程遠い。
だから、ここまで手の込んだ乙女ゲーム風の夢は見られない。
これが現実ならば、私はこの不快な現実と戦わなければならない。
「アルベルト様⋯⋯私はミカエルを国王の座を引き摺りおろすつもりです。協力していただけますか?」
ミカエルも、彼を利用している人間も国のトップになってはいけない人だ。
自らの利益のみを追求し、国王殺し事実を捻じ曲げる人間が国の為の政治ができるとは思えない。
「ルシア、君はこの国の女王になる覚悟はあるの」
私には政治の経験もないし、国のトップになった経験もない。
でも、恋愛経験もないのに、男を誘惑する役割を持つルシアになった。
アリスのアドバイスを受けて、アルベルト様の気を引く為にクッキーをプレゼントしたりした。
(今、私に寄り添ってくれている所を見ると、私のアプローチは成功したんじゃ⋯⋯)
経験がなくても、自分なりに学び、味方を作り、知恵を絞れば女王を務められるのではないだろうか。
「あります。私、スグラ王国の女王になります」
私が決意表明をすると、アルベルト様が軽く私の唇にキスをしてきた。
突然のことに驚き、彼の顔を見ると目を逸らされた。
「その⋯⋯これは、俺は君の味方だという証だよ。君だって、俺が確実に自分の味方か信用するのは難しいよね。俺とミカエルは仲良かったし」
確かに、アルベルト様が私にキスしたということは契約の証になるかもしれない。
スグラ王国の次期国王であるミカエルの婚約者である私にキスをしたという事が明らかになれば問題になる。
(秘密の共有⋯⋯契約の証には十分だわ)
「アルベルト様、一瞬でよく分かりませんでした。もう1回してください」
私は彼が自分の味方だということを、改めて確信したくてお願いした。
彼は私の発言に驚いたのか、目を丸くした。
私がキスを促すようにそっと目を瞑ると、彼は今度は長めに唇を重ねてきた。