案内された部屋で眠っていたら外が騒がしい。
ノックと共に、私の部屋の前で護衛していたライアンが部屋に入ってきた。
私は、彼と出会って間もないのに、彼を近しく感じていた。
「カイロス・スグラ国王陛下がお亡くなりになりました⋯⋯」
ライアンの言葉に一瞬頭が真っ白になる。
色々なことが一度に起こりすぎて理解が追いつかない。
まだ、夜明け前の薄暗い時間だ。
「亡くなったって、死んだってことよね。どうして⋯⋯」
人はそんなに簡単に死ぬものなのだろうか。
私は前世でも曽祖母の葬式に出たことでしか人の死を知らない。
このように突然先程まで元気だった人が亡くなるなんて⋯⋯。
「ルシア様、落ち着いてください! 気を確かに」
私は過呼吸になっていたのだろう。
その応急処置のように、ライアンに口を塞がれていた。
(唇で口を塞ぐ必要ある? でも、心が落ち着いたわ⋯⋯)
呼吸が落ち着いて、ライアンの表情を覗き見ると平然としていた。
「どうしてそんなことになるの? 国王陛下は先程まで元気だったのよ。一体何があったの?」
「突然死ということになっていますが、私個人の意見としては殺されたのではないかと⋯⋯」
ライアンが黒髪で黒い瞳をしているせいだろうか。
見慣れた日本人の容姿に似ている気がして安心する。
先程、ルシアの父親と分かったスグラ王国の最高位にいるカイロス国王が殺されたらしい。
「殺したのは、ミカエルじゃないよね⋯⋯」
私の質問に首を振るだけで、ライアンはこたえなかった。
(タイミング的にどうしてもミカエルを疑っちゃうよ⋯⋯)
その時、金髪碧眼のいかにも物語の主役のような男、ミカエルが現れた。
「ルシア⋯⋯国王陛下が崩御された。昨晩から色々あったけど大丈夫?」
急にミカエルに抱きしめられ、彼の高めの体温を感じて押し倒された時の恐怖が目覚めて身震いする。
「ミカエル⋯⋯どうして?」
私は何と言って良いか分からないながらも、言葉を発した。
「人って、ある日突然いなくなるもんなんだね。でも、大丈夫。ルシアはいつも通りで平気だから。王太子の僕が王位を継いで、君は卒業と同時に僕と結婚して王妃になる」
ミカエルの言葉の意味を理解できないのは、突然の事に動揺しているからではない。
「何を言ってるの? ミカエル⋯⋯」
私は自分でも驚く程か細い声を出していた。
彼は私がカイロス・スグラ国王の娘であり、立太子する打診を受けていたことを知っていた。
「君はセリーナ・ミエーダ侯爵夫人が、国王陛下の弟と不貞を働いたことで出来た子なんだ。ルシア、君は僕と結婚した方が良い⋯⋯そうでなければ、母親のように誰にでも股を開く娼婦のような女と思われてしまうよ」
ミカエルの言葉を理解するのに時間がかかったが、理解した。
彼はルシアと、国王の地位のどちらも手にいれるつもりだと宣言しているのだ。
事実を捻じ曲げて、欲しいもの全てを手に入れようとしている。
「そんなの出鱈目だよね。真実は違うって、あなた自身が一番分かってるはずじゃない」
「真実って何? 君は妃教育で、自分は僕を支えるために存在すると学ばなかった? 君は王女ではなく、ミエーダ侯爵令嬢のままだ。母親の不貞行為により誕生した可哀想なルシア。そんな君でも、僕は愛しているよ。君が他の男を愛しているなんて言ったら、きっと周りはあの母親の子だから仕方がないと思うだろうね」
私の耳元で冷たく囁くミカエルは、もう私の知っている彼ではない。
「そんなに私を縛り付けたいの? お願いだから手放してよ⋯⋯」
「ルシア、君だけは手放せないよ。君は僕のものだって出会った時から教えられてきたんだ⋯⋯可愛がってあげるから、余計なこと考えず僕に愛されてれば良いよ」
ミカエルはそう言って私の唇を親指でなぞると、迎えにきた中年の男性に連れられて去っていった。
(茶髪に緑色の瞳⋯⋯攻略対象のレオ・ステランと同じだわ。もしかして、レオの父親のステラン公爵かしら⋯⋯)
ミカエルのキラキラしていた碧色の瞳は、彼の心情をあらわすように濁っていた。
急に別人のようになってしまった彼が怖くて体の震えを抑えられなかった。
「ルシア様⋯⋯大丈夫ですか?」
ライアンが私に話しかけてくる。
「大丈夫⋯⋯でも、してやられたね。私、心底ミカエルだけは無理だと思ったわ。本当に男ってうんざり⋯⋯嘘ばっかりで嫌いだわ」
私は柊隼人を、また思い出していた。
彼も私に気があるふりをして、裏で笑って私を追い詰めた。
ミカエルはルシアが欲しいが為に、真実をねじ曲げるつもりなのだろうか。
ライアンが真っ青になって俯いているのが見えた。
(騎士として守る為に人を殺めることもしなければいけないのに、繊細すぎない?)
「ライアン⋯⋯そんな顔しないで。私は別に王女でも侯爵令嬢でもどちらでも良いのよ。侯爵令嬢なら、明日からまた寮に入れそうね」
俯いている彼の顔をあげさせると、私を求めるような瞳で見つめられた。
(そういえばさっき、私を落ち着かせるためとはいえ彼にキスされた⋯⋯)
「ルシア様⋯⋯俺はあなたを守る為なら何でもします」
私をじっと見つめる黒い瞳に動揺した。
(やめて⋯⋯私を好きみたいな演技をして揶揄うのは⋯⋯)
きっと、柊隼人は私の存在をほとんど覚えてもいない。
ガリ勉女を弄んだら、意外とメンタル弱くて不登校になったくらいにしか思ってないだろう。
しかし、あの出来事は私が思い描いていた将来設計を根底から覆すものだった。
本当は県内に目指していた高校があったし、入りたい部活もあった。
弄ばれたショックが、心以上に体を蝕み通学ができなくなった。
家族の支えと機転により、海外で自分の行き詰まりそうな人生に別の道を与えてもらえたのが救いだ。
昨日の出来事も、きっとミカエルの将来設計を覆すものだったのだろう。
生まれながらに次期国王のように扱われてきたのに、突然その座をおろされたのだ。
「私、寮に戻るつもり⋯⋯ここにいるより安全そうだしね。ライアンが私のことどこまで知っているのか分からないけれど、側にいて守ってくれる?」
私が微笑みを作りながら言うと、ライアンは私の目を見据えゆっくりと頷いた。
正直、私は怖くて仕方がない。
攻略対象の1人でしかなかった、ミカエルが予想外の行動をしてきた。
乙女ゲームのメインキャラクターとは思えない口ぶりや、行動は昨日までの彼とは別人のようだ。
彼が変わってしまったのは、私の存在のせいだ。
私がいなければ、キラキラしたツンデレ王太子だったはずだ。
今の彼は目的の為に事実を捻じ曲げ、国王殺しをしたかもしれない恐ろしい男だ。
「ライアン、私、今の座からミカエルを引き摺りおろすわ」
ミカエルは国葬が終われば、王太子として王位を継ぎ国の最高権力者である国王になるだろう。
そして、彼の母であるエミリアン王妃も、きっと彼の作り出した偽の真実に口裏を合わせするに決まっている。
自分の息子であるミカエルを守れて、不貞の事実を隠せるのだから彼の作り話に乗っかるに違いない。
ノックと共に、私の部屋の前で護衛していたライアンが部屋に入ってきた。
私は、彼と出会って間もないのに、彼を近しく感じていた。
「カイロス・スグラ国王陛下がお亡くなりになりました⋯⋯」
ライアンの言葉に一瞬頭が真っ白になる。
色々なことが一度に起こりすぎて理解が追いつかない。
まだ、夜明け前の薄暗い時間だ。
「亡くなったって、死んだってことよね。どうして⋯⋯」
人はそんなに簡単に死ぬものなのだろうか。
私は前世でも曽祖母の葬式に出たことでしか人の死を知らない。
このように突然先程まで元気だった人が亡くなるなんて⋯⋯。
「ルシア様、落ち着いてください! 気を確かに」
私は過呼吸になっていたのだろう。
その応急処置のように、ライアンに口を塞がれていた。
(唇で口を塞ぐ必要ある? でも、心が落ち着いたわ⋯⋯)
呼吸が落ち着いて、ライアンの表情を覗き見ると平然としていた。
「どうしてそんなことになるの? 国王陛下は先程まで元気だったのよ。一体何があったの?」
「突然死ということになっていますが、私個人の意見としては殺されたのではないかと⋯⋯」
ライアンが黒髪で黒い瞳をしているせいだろうか。
見慣れた日本人の容姿に似ている気がして安心する。
先程、ルシアの父親と分かったスグラ王国の最高位にいるカイロス国王が殺されたらしい。
「殺したのは、ミカエルじゃないよね⋯⋯」
私の質問に首を振るだけで、ライアンはこたえなかった。
(タイミング的にどうしてもミカエルを疑っちゃうよ⋯⋯)
その時、金髪碧眼のいかにも物語の主役のような男、ミカエルが現れた。
「ルシア⋯⋯国王陛下が崩御された。昨晩から色々あったけど大丈夫?」
急にミカエルに抱きしめられ、彼の高めの体温を感じて押し倒された時の恐怖が目覚めて身震いする。
「ミカエル⋯⋯どうして?」
私は何と言って良いか分からないながらも、言葉を発した。
「人って、ある日突然いなくなるもんなんだね。でも、大丈夫。ルシアはいつも通りで平気だから。王太子の僕が王位を継いで、君は卒業と同時に僕と結婚して王妃になる」
ミカエルの言葉の意味を理解できないのは、突然の事に動揺しているからではない。
「何を言ってるの? ミカエル⋯⋯」
私は自分でも驚く程か細い声を出していた。
彼は私がカイロス・スグラ国王の娘であり、立太子する打診を受けていたことを知っていた。
「君はセリーナ・ミエーダ侯爵夫人が、国王陛下の弟と不貞を働いたことで出来た子なんだ。ルシア、君は僕と結婚した方が良い⋯⋯そうでなければ、母親のように誰にでも股を開く娼婦のような女と思われてしまうよ」
ミカエルの言葉を理解するのに時間がかかったが、理解した。
彼はルシアと、国王の地位のどちらも手にいれるつもりだと宣言しているのだ。
事実を捻じ曲げて、欲しいもの全てを手に入れようとしている。
「そんなの出鱈目だよね。真実は違うって、あなた自身が一番分かってるはずじゃない」
「真実って何? 君は妃教育で、自分は僕を支えるために存在すると学ばなかった? 君は王女ではなく、ミエーダ侯爵令嬢のままだ。母親の不貞行為により誕生した可哀想なルシア。そんな君でも、僕は愛しているよ。君が他の男を愛しているなんて言ったら、きっと周りはあの母親の子だから仕方がないと思うだろうね」
私の耳元で冷たく囁くミカエルは、もう私の知っている彼ではない。
「そんなに私を縛り付けたいの? お願いだから手放してよ⋯⋯」
「ルシア、君だけは手放せないよ。君は僕のものだって出会った時から教えられてきたんだ⋯⋯可愛がってあげるから、余計なこと考えず僕に愛されてれば良いよ」
ミカエルはそう言って私の唇を親指でなぞると、迎えにきた中年の男性に連れられて去っていった。
(茶髪に緑色の瞳⋯⋯攻略対象のレオ・ステランと同じだわ。もしかして、レオの父親のステラン公爵かしら⋯⋯)
ミカエルのキラキラしていた碧色の瞳は、彼の心情をあらわすように濁っていた。
急に別人のようになってしまった彼が怖くて体の震えを抑えられなかった。
「ルシア様⋯⋯大丈夫ですか?」
ライアンが私に話しかけてくる。
「大丈夫⋯⋯でも、してやられたね。私、心底ミカエルだけは無理だと思ったわ。本当に男ってうんざり⋯⋯嘘ばっかりで嫌いだわ」
私は柊隼人を、また思い出していた。
彼も私に気があるふりをして、裏で笑って私を追い詰めた。
ミカエルはルシアが欲しいが為に、真実をねじ曲げるつもりなのだろうか。
ライアンが真っ青になって俯いているのが見えた。
(騎士として守る為に人を殺めることもしなければいけないのに、繊細すぎない?)
「ライアン⋯⋯そんな顔しないで。私は別に王女でも侯爵令嬢でもどちらでも良いのよ。侯爵令嬢なら、明日からまた寮に入れそうね」
俯いている彼の顔をあげさせると、私を求めるような瞳で見つめられた。
(そういえばさっき、私を落ち着かせるためとはいえ彼にキスされた⋯⋯)
「ルシア様⋯⋯俺はあなたを守る為なら何でもします」
私をじっと見つめる黒い瞳に動揺した。
(やめて⋯⋯私を好きみたいな演技をして揶揄うのは⋯⋯)
きっと、柊隼人は私の存在をほとんど覚えてもいない。
ガリ勉女を弄んだら、意外とメンタル弱くて不登校になったくらいにしか思ってないだろう。
しかし、あの出来事は私が思い描いていた将来設計を根底から覆すものだった。
本当は県内に目指していた高校があったし、入りたい部活もあった。
弄ばれたショックが、心以上に体を蝕み通学ができなくなった。
家族の支えと機転により、海外で自分の行き詰まりそうな人生に別の道を与えてもらえたのが救いだ。
昨日の出来事も、きっとミカエルの将来設計を覆すものだったのだろう。
生まれながらに次期国王のように扱われてきたのに、突然その座をおろされたのだ。
「私、寮に戻るつもり⋯⋯ここにいるより安全そうだしね。ライアンが私のことどこまで知っているのか分からないけれど、側にいて守ってくれる?」
私が微笑みを作りながら言うと、ライアンは私の目を見据えゆっくりと頷いた。
正直、私は怖くて仕方がない。
攻略対象の1人でしかなかった、ミカエルが予想外の行動をしてきた。
乙女ゲームのメインキャラクターとは思えない口ぶりや、行動は昨日までの彼とは別人のようだ。
彼が変わってしまったのは、私の存在のせいだ。
私がいなければ、キラキラしたツンデレ王太子だったはずだ。
今の彼は目的の為に事実を捻じ曲げ、国王殺しをしたかもしれない恐ろしい男だ。
「ライアン、私、今の座からミカエルを引き摺りおろすわ」
ミカエルは国葬が終われば、王太子として王位を継ぎ国の最高権力者である国王になるだろう。
そして、彼の母であるエミリアン王妃も、きっと彼の作り出した偽の真実に口裏を合わせするに決まっている。
自分の息子であるミカエルを守れて、不貞の事実を隠せるのだから彼の作り話に乗っかるに違いない。