「ルシア女王陛下万歳! スグラ王国に栄光あれ!」
 
 広場には群衆が集まっている。
 ここまでくるのに、色々なことがあった。
 
 この世界は乙女ゲーム『誘惑の悪女』の世界だ。

 魅惑の美女ルシアに惑わされていた男たちは、ヒロインであるアリスと出会うことで真実の愛を発見する。

 ルシアは攻略対象を類い稀なる美貌と色気で誘惑する悪女。
 断罪され、身分を失い、国外追放される運命だと知っても彼女のようになりたかった。

 私は過去の経験から男性不信だった。

 私は男に惑わされ傷ついた側の人間だ。
 しかし、ゲームの中のルシアは逆に男を振り回し目的を達成しようとする強さを持っていた。

 橘茉莉花とは真逆の存在であるルシア・ミエーダは私の憧れだった。

 「ルシア女王陛下万歳!」

 強くなった私は異世界で女王になった。
 
 この世界には私の知らない裏設定が沢山あった。

 ここに来た時、私は自分が女王になることも、誰かを愛せる女になることも想像していなかった。
 
 
♢♢♢

 私は中学2年生の時のバレンタインデーに手作りチョコをを渡した。
 その日は雪が降っていて、空気が乾いて澄んでいた。
 前日からレシピを見ながら、初めて作ったフォンダンショコラ。

 可愛らしい箱と包装紙を買って、丁寧に包んだ。
 何度も書き直したメッセージカードは、結局シンプルな言葉が並んだ。

 私はそのバレンタインチョコを、隙を見て柊隼人の机の引き出しに入れた。
 私がそんな大胆なことをしたのは、彼も私を好きでいてくれるような素振りを見せていたからだ。
 
 私と柊隼人は中学2年生で初めて同じクラスになった。
 クラスの人気者で不良っぽい彼と、真面目な委員長と思われている私はクラスは一緒でも話すことはなかった。
 私たちが最初に会話らしい会話をした時には、季節は木々が彩られた秋になっていた。

 窓の外の落ち葉を眺めながら、放課後図書室で勉強をしていたら突然声をかけられた。

「どうして、そんな頭良いの? 勉強教えてよ」
 私は面倒見の良い委員長だったので、当然彼の要望通り勉強を教えることにした。

 私たちは放課後にこっそり待ち合わせをし、私は彼に勉強を教えた。
 私は不良っぽい彼の実は誠実なところと、私にむけてくれる笑顔を好きになった。

「委員長、2人きりだね。茉莉花って呼んでも良い? 俺のことも隼人って呼んで! なんか、もう付き合っているみたいだよね⋯⋯俺たち」
 たまに、彼は私がドキッとするようなことも言ってきた。
 
 私は白黒はっきりさせたい性格で、恋人なのか友人なのかハッキリしない関係に我慢できなかった。
 私は、勇気を出してバレンタインに彼に告白することにした。

 朝早く来て、彼の机の引き出しの奥に入れたチョコレートの存在に彼は一向に気が付かなかった。
 彼はとてもモテて、直接手渡しされるチョコレートを机の横の袋に入れていた。

 モテて人気者の彼にチョコレートを渡しやすいのか、みんな軽く渡していた。
 到底バレンタインチョコとは無縁そうな私が手渡ししたら注目を浴びそうで怖かった。

 昼休みに先生から呼ばれて教室に戻ると、私が彼に渡したバレンタインチョコはメッセージカードと共に笑い物にされていた。

 みんなに囲まれた隼人は、馬鹿にしたような意地悪な顔をしていた。

「手作りチョコなんて、何入れられてるか分からなくて食べられねーよ」
 私と一緒にいる時の彼と、私を笑い者にしている彼が別人で男の人が怖くなった。
 私は逃げるように荷物をまとめて、学校を後にした。

 次の日の朝から、立ち上がれない程の腹痛に見舞われた。
 それでも学校に行こうと玄関まで行くと、そこで嘔吐してしまった。
 私は義務教育だと自分に言い聞かせ必死に毎日制服を着たが、眩暈がして学校に行けるような状態じゃなかった。

 親が私を心配し、環境を変えようと高校から海外に行くことになった。
 その後は高校を卒業するまではイギリスに留学した。

 真面目だけが取り柄の私も、精神的にかなり鍛えられ社交的になったと思う。
 自分を全く知らない人がいる土地、切り開いていかないと何も得られない場所で私は強くなった。

 ただ、男性不信だけは海外留学でも直ることはなかった。

 高校時代はイギリスで過ごしたが、大学は日本の大学を受けた。
 歳の離れた姉が結婚して家を出たと聞いたのだ。

 高齢の両親が2人だけで暮らしているのが心配だった。
 私は大学からは日本に戻ってくる決意をした。

「茉莉花! 久しぶりの日本ね。大丈夫そう?」
「大丈夫だよ。もうあの時の私じゃないから⋯⋯」

 日本に戻ってきた私の不安を親に勘付かれてしまった。
 私は中学が一緒の地元の友達と会いたくないというのがあった。
 だから、大学へ通学する初日は駅に行くまでダッシュした。

「え? 今、押された?」
 私は通学途中で、トラックに轢かれてしまった。


 ♢♢♢

 「ルシア様、こんなに美しいのですから、ミカエル王太子殿下も夢中になりますわ」

 目を開けると、私はメイドたちに煽られながら着飾られていた。
 ふと、鏡に映った自分を見て惚れ惚れしてしまった。
 艶やかな腰までと届く銀髪に、ミステリアスな薄紫色の澄んだ瞳。

「ルシア・ミエーダ⋯⋯誘惑の悪女」
 私が呟いた言葉に周囲が反応する。

「悪女だなんて、ルシア様は女神のように美しくお優しい方です。この国の至宝です」

 メイドたちが口々に褒めそやすが、ルシアは乙女ゲーム『誘惑の悪女』の悪役令嬢だ。

 私は引きこもり中、将来への不安に押し潰されそうで追い込むように勉強をしていた。

 隠れオタクの姉は、そんな私が自分で自分を追い詰めている事に気がつきゲームを貸してくれた。
 
 その乙女ゲームが『誘惑の悪女』だ。

タイトルは『誘惑の悪女』でルシアのことを指しているが、このゲームのヒロインは平民のアリスだ。

 私はアリスが自分の委員長時代と被る性格をしていて、彼女が面倒事を押し付けられるたび中学時代を思い出し胸が傷んだ。

 真面目で、面倒見が良くて控えめな彼女は攻略対象の真の運命の相手として愛される。

 アリスが男に愛される設定をしているのは、そういう性格の女が現実では私のように良いように扱われるからだ。

 そんなユーザーの鬱憤を晴らすように作られたキャラが彼女なのだ。

 今、思うと姉は彼氏が途切れることない程モテモテだった。
 きっと、乙女ゲームで予習していたから、私と違い男に惑わされず冷静に対処できたに違いない。

 姉は外ではアリスのように控えめに演じているが、男と2人っきりの時の自分は違うと言っていた。

 そんな男のツボを擽るテクニックをとターゲットにだけに使うことが重要なのだ。

 男性不信になっていた私だが、2次元の男たちは説明書を見れば性格がわかったので怖くなかった。

 2次元の男は神視点で攻略できるが、やはり3次元の男は怖かった。
 
 私はトラックに轢かれた気がしたが、異世界に転生したのだろうか。
 普通に考えれば、転生など夢物語だから、これは夢だと考える方が自然だ。

 それでも、私は自分が憧れのルシア・ミエーダであることに感謝した。
(夢の中だとしても、ルシアになれるなんて、最高じゃない!)

 「今日は王宮でミカエル王太子殿下とお茶会でしたっけ。用事があるのでキャンセルするとお伝えください」

 「え? 用事? 宜しいのですか? ミカエル王太子殿下にお会いにならなくて」
 「私は、勉強したいことがあるので、殿下とは今日会えないのです」
 ミカエル王太子殿下と、ルシアは親が決めた政略的婚約をしている。

 ミカエルも仕事的にルシアと会っていて、彼女のことを婚約者として尊重はしている。

 しかし、アリスと出会うと彼はルシアのことを考えられなくなる。
 その後は、ルシアは度々ミカエルを女の魅力で落とそうとするが無駄な努力で終わる。
 
 私は呆気に取られるメイドをよそに、ルシアの兄であるオスカーの部屋に向かった。

 『誘惑の悪女』の攻略対象はミカエル王太子、ルシアの兄のオスカー、隣国ローランの王子アルベルト、大富豪のステラン公爵家の1人息子レオの4名だ。
 私は憧れのルシアになれたのだから、しっかりと男たちを惑わす役目を果たしたい。
 ヒロインアリスを虐めたことで断罪され国外追放になる予定だが、虐めは絶対許せない派なのでしない予定だ。

 それでも、きっとアリスに惚れた男が私を邪魔だと断罪するだろう。
 別に身分を剥奪されて国外追放されるのは全く怖くない。

 私には単身海外で過ごした経験がある。
 大切なのは、どこでもやっていける精神力と、生きる力だ。

 ミカエルはヒロインアリスが初恋という設定なので、私が落としにいっても時間の無駄だ。

 兄のオスカーはブラコンであるルシアが兄の相手として、平民のアリスを認められなかくて嫌がらせした設定だ。

 私はブラコンではないので、オスカーとアリスがくっついてもヤキモチは焼かない。
(どうぞ、ご自由にだわ!)

 レオ・ステラン公子は、元々ルシアに夢中だが、自分が利用されているだけだとアリスにより気がつく設定。

 元々ルシアに夢中なのだから、放っておいても大丈夫だ。

 そのため、私のターゲットはアルベルトに絞れる。
 
 ルシアのアカデミーの成績は下位で、アリスはトップの成績を誇る奨学生だ。
 私は学年首位を譲らなかった橘茉莉花だ。
 勉強という分野で他の人間には負けたくない。
 
 オスカーの書庫には天井まで沢山の本がある。
 私は今からガッツリ彼の知識の元を吸い取りに行く。
 私の前世の趣味は辞書を読むことだ。

 ミエーダ邸の地図は頭に入っている。 
 私は軽く手の甲でノックをして、オスカーの書庫の扉を開けるなり言い放った。

「お兄様、私にこの書庫をお貸しください! 私、アカデミーを首位で卒業します」
 オスカーは私の言葉に鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をした。