「狩猟大会では動物の命の大切さについて皆に問いかけたのではないのか?人前で話すのが苦手な人間がすることではないと思うが」
私を慰めるように、ルブリス王子が優しく語りかけてくる。

「人に何か問題提起するような気持ちはありませんでした。私はただ自分が無意味な殺生が苦手でそのことを伝えただけです。てんとう虫という赤くて黒い斑点を持つ虫を知っていますか?潰すととても臭いのです。その臭いは外敵から身を守るためのものだそうです。身を守るために進化したのに、人間に潰されると一瞬で殺されてしまいます。セミだってやっと蛹からかえって一週間しか生きられないのに人間に殺されるとその命は一瞬で終わります」

私は中学時代机やかばんに、けむし、てんとう虫、蝉など色々な虫の死骸を入れられた。

一番臭かったのがてんとう虫で、てんとう虫がなぜ臭いのかについて調べた時まるで自分と同じだと思ったのだ。
いくら努力しようとも、力のあるものに潰されれば一瞬で終わる。


「イザベラ、私は虫も動物も嫌いだ。てんとう虫は見たことないが、たぶん嫌いだ。ついでに4ヶ月前は人間も嫌いになった。イザベラだけが好きだ。私と一緒にどこか遠くで暮らさないか?王位とかそんなものは愛するものと過ごすことに比べたら何の価値もない」

「絶対無理です。私はサイラス様だけを愛しています。ルブリス王子殿下、私より良識のある人間と結ばれてください。私は自分が常識的な行動を取っているのか、空気が読めているのかいつも不安です。ルブリス王子はかなり自由で、私から見ても失礼ながら非常識と感じてしまうことがあります。殿下の行動のフォローができる良識を私は備えていません」

「常識とかどうでもよくないか。君は私のことをどう思っているんだ?」
いつになく真剣な眼差しで語りかけてくるルブリス王子殿下に、私は気がつけば真実を言っていた。

「私はルブリス王子殿下を、絶望の中で死んだ綾という女の子のようだと思っています」

「誰かわからないし、男でさえない、しかも死んでいる」

「ルブリス王子殿下が前向きに元気になってくれたおかげで、彼女も生き返り幸せになるために前を向いています。私のことを気にかけてくれてありがとうございます。レイラ王女とは仲良くするよう努力してください。彼女はルブリス王子殿下の義理の妹になる方ですよ」

レイラ王女は素晴らしい人だ、しかもゆくゆくはルブリス王子殿下の義理の妹になる方だ。

「まあ、レイラ王女がご意見箱を自分のアイディアを盗んだと騒がなかったところだけは評価できるな。はっきり言ってあの余裕な表情は鼻についたけどな。そうか、どんなに気に食わなくても、仲良くなるよう努力すればよかったんだ。10歳でイザベラと婚約者の顔合わせした時に、婚約する仲なのだから嫌悪感が湧いても仲良くする努力をすればよかった。そうすれば今頃イザベラは私のことを好きになってくれて、一緒にいたいと言ってくれていたかもしれないのに」

ルブリス王子殿下が私を見る目には涙の膜が張っていた。

「ルブリス王子殿下、私と殿下には分かち合える絶望の感情があります。人によっては被害者妄想と思われるかもしれないけれど、すぐ悪い方向に考えてしまうんです。カールにも話し辛いことがあれば、いつでも手紙で相談してください」

私には私のどんな感情も受け入れてくれると信頼できるサイラス様がいる。
でも、ルブリス王子殿下の絶望を聞いてくれる相手はまだ現れていない。

「イザベラ、聞いてくれ。今、頭の中で、私とイザベラの時が10歳の婚約者の顔合わせから改めて動きはじめた。しかし、建国祭の前夜祭でまたしてもサイラス王太子殿下が現れて、イザベラが誘拐されてしまった。私が良識的ではないというが、招待された建国祭で友好国の王子の婚約者を誘拐する男は常識を語るレベルではないぞ。イザベラは本当にサイラス王太子殿下が良いのか?何を考えているかも分からないし、何でもできる彼にイザベラの不安が理解できるとは思えない」

「いつも最初に私の不安に気がついてくれたのが、サイラス様でした。私は彼と会って以来、彼以外には恋ができないのです」
彼に似たライアン王子に一瞬ときめいてしまったことはあった。

しかし、今、美しいルブリス王子を前にしても全く心が揺れ動かない。

「それは、私がイザベラ以外に恋ができないと思っているのと一緒だな。どんなに君を求めようと君は私の元から去っていくのだな。これが君を傷つけた罰ならば私は受け入れなければいけないな」

ルブリス王子殿下はそう言うと、私を見つめながら涙を流した。
男の人が泣くのを初めて見るせいか、私は目が離せなかった。