「サイラスお兄様、実はエドワード王子から花嫁修行に来ないかといわれています。あと、2ヶ月でルイ国でお兄様の戴冠式があるのに不思議なタイミングの申し出だとはおもいませんか?」

レイラがいつになく楽しそうに私の執務室に入ってきた。

「エドワード王子がなり振り構わず、ついに私の手助けを求めるようになりました。エドワード王子とルブリス王子が公平に王位を争うようになって、イザベラがルブリス王子を支援しているのです。お兄様のことだから、既にご存知ですよね」
彼女は恐ろしく冷酷な一面を持っているのに、周囲には優しく思いやりのある王女と思われている。

「2人が王位継承権を争いはじめ、まだ4ヶ月です。なんと圧倒的劣勢だったルブリス王子殿下が逆転しそうです。イザベラは天才ですね。まず、ルブリス王子殿下の強みであるライト公爵の後ろ盾と長子相続による有利な王位継承の権利を自ら捨てさせました。その後、お兄様を使って氷の輸入交渉を即日成功させるという実績をルブリス王子に与えます。お兄様、1年目は氷を無償提供するなんてイザベラの前で格好つけたかったのですか? 敵を援護していることに気がついてください」

彼女はこの冷酷さと人心掌握術を武器にして、私と最後まで王位継承権を争ったのだ。

「私は、ルブリス王子殿下を敵だなんて思っていません。イザベラが彼を助けたいというのだから、私も手助けしただけのことです」

「そうですか、イザベラはルイ国に来ますかね? イザベラがルブリス王子殿下と共にはじめた土地区画整理事業は、少なくとも10年はかかる仕事ですよ。同情が愛情に変わってしまうタイプがいるそうですよ。イザベラは人の欠点をも愛おしく思ってしまうところがあります。サイラスお兄様は完璧すぎましたね、もっと隙をみせた方が良かったのではないですか?」

土地区画整理事業に着手したことが、ルブリス王子殿下の評判を一気にあげたことは間違いない。

ライ国の9割を占める平民街が抱えていた問題だ。
それを王子自ら平民のような格好をし、街を歩いて問題解決に取り組んでいるのだから評判があがらない訳がない。

「イザベラの16歳の誕生日さえ隣で祝えないことを嘆いている兄を攻撃しにくるなんて酷い妹ですね。兄の初恋を応援しようと思わないのですか? そういえばレイラはララアの初恋相手も奪ってましたね。欲しいものを手に入れるためには、身内だろうと容赦はしない姿勢は実に王族らしい」

「お褒め頂きありがとうございます。知ってましたか、イザベラがルブリス王子殿下と結婚しようと、サイラスお兄様と結婚しようと私の義理の姉になるんです」

レイラはイザベラを気に入っているが、イザベラもレイラをいつも恋する乙女のような憧れの目で見つめている。

扉をノックする音が聞こえる、おそらくティアラの調整が終わったのだろう。
王妃の証のティアラを、イザベラのサイズに調整するよう頼んであったのだ。
イザベラとの最後の夜、こっそり眠っている彼女の頭のサイズを測り調整をし誕生日になんとか間に合わせた。

「サイラス王太子殿下、ティアラの調整が終わりました。ご確認いただき次第、ライ国のイザベラ・ライト公爵令嬢の元までお届けします」

「そのティアラはこちらで保管します。誕生日プレゼントを変更することにしました。宝物庫より、国宝の雪の女王のティアラを持って来てください」

「サイラスお兄様、待ってください。あれはプレゼントにして良いものではありませんよ。初代のルイ国の女王が国の権威を見せるために作ったものです。そもそも高価すぎて、頭に被る目的でも作られていません」

「その通りです。雪の女王のティアラは、国家予算の1年分くらいの価値でしょうか?当然、持ち出すには要人が付き添った方が良さそうです。レイラ、王太子命令です。国宝の雪の女王のティアラをイザベラ・ライト公爵令嬢の誕生日に届けてください」

ルイ国は王位継承権を公平に争うからか、立太子した人間を全面的に兄弟が支援するというルールがある。

私は今とてもズルイことを考えている。
まずは、ルイ国で一番価値のある国宝をイザベラにプレゼントする。
そうすれば彼女の性格上、ルイ国に持ち帰らなければと思い私の元に来てくれるだろう。

「サイラスお兄様。私はエドワード王子の私を欲する気持ちを高めるために、お兄様の戴冠式が終わってからゆっくりライ国に向かう予定なのです。7日間もレディーが馬車に乗りっぱなしではお肌が荒れます。それに2ヶ月後の戴冠式にはルイ国に戻って来なければならないハードスケジュールになるのですよ」

愛するエドワード王子が助けを求めている時に、駆け引きをするレイラの性格の悪さには本当に驚かされる。

「イザベラはルイ国に来た時、丸7日間馬車にのりっぱなしでしたよ。それでも、お肌はつるつるでした」

イザベラのことを考えるだけで、心が温かくなる。

「それは若いからですよね。しかも、あの時は誘拐じゃないですか。急ぐ理由がありますよね」

「7日後はイザベラの16歳の誕生日です。急がないと間に合いませんよ。いってらっしゃいレイラ」
私の言葉に悔しそうにしながらも、レイラはライ国へと旅たった。