サイラス様を見送ってから、1ヶ月私とルブリス王子殿下とカールは毎日のようにアカデミーの空き教室に集まって王子殿下信用回復対策会議をしていた。

最初は、ライト公爵邸で対策会議をしていたが、ルブリス王子殿下の支援を完全にやめた父の目の届くところで作戦をたてるのは危険だと思ったのだ。

ルブリス王子殿下と私の婚約が解消になったことで、父は手のひらを返すようにルブリス王子殿下の敵に回った。
父は今はエドワード王子に取り入ろうとしているが、彼は賢いので父のような強かな人間を近くには置かない。

次期国王の座がルブリス王子とエドワード王子で公平に争われるのだ。
父はきっとルブリス王子を陥れたり出し抜くような策を手土産にして、エドワード王子に近づくのを諦めないだろう。

「イザベラ、最近、この世界は小説の中の世界なんじゃないかと思うんだ」
対策会議中ふと漏らしたルブリス王子殿下の言葉に、私は背筋が凍る思いがした。

「ヒロインは美しい赤い髪に黄金の瞳を持つ優しい心を持ったイザベラだ。彼女は政略的にライ国のルブリス王子と婚約させられてしまう。でも、10歳の時に彼女の心の美しさに魅入られた男に誘拐されるんだ。なんと彼の正体はルイ国のサイラス王太子だった。美しい銀髪に澄んだ青い瞳を持つ彼は国民の人気者で、兄弟からも慕われている。やがて、10歳だったイザベラは誰もが目を惹く美しい女性へと成長する。彼女の婚約者であるルブリス王子は愚かなことに意地悪で不躾な女と彼女がいない間仲良くしているらしい。ライ国に戻ってきたヒロインイザベラは、愚かなルブリス王子に傷つけられる。そこで現れた主人公サイラス王太子は彼女を救い出す。ルブリス王子はイザベラを傷つけたことを後悔したまま闇の中に堕ちていくんだ。読者はそれを自業自得だと思いスッキリする。サイラス王太子は何だって持っているのに、イザベラまで手に入れる。読者はそれを当然だと思うんだ。だって主人公が何もかも手に入れるのは、当たり前だからね」

ルブリス王子が考えていることは、私が綾だった時に考えていたことと似ていた。
前世で私はどうしようもなく苦しくなった時に、自分を慰めるように妄想していた。

私は白川愛が主人公の小説の中にいて、小説では彼女がボッチの私に優しく友達になろうと話しかけてきたりした場面だけ書かれる。
実際は、彼女が虐めの黒幕で裏で私を孤立させ追い込んでいても関係ない。

主人公の白川愛は美しく、スタイル抜群で、お金持ちで人気者。
その上、虐められっこでデブでブスで貧乏な綾のことも気に掛けられる優しい心を持っている。

「ルブリス王子殿下、心配させることで姉上の気を引くのはやめていただけませんか?」
カールが冷たくルブリス王子殿下に言ったので、私は焦ってしまった。
「カール、ルブリス王子殿下はそのようなつもりで話をしたのではないわ」

「ルブリス王子殿下、思ったことがあったらどのような事でも話してください。解決策を出せる程、私は賢くありませんが、殿下が何に悩んでいるかを知りたいのです」
私はルブリス王子殿下の目をじっと見つめながら訴えた。
一人ではなくて、自分には今味方がいることを知って欲しいと思いを込めたのだ。


「イザベラ、ありがとう。貴族達があまりにエドワードを推すので気持ちがめいっていたんだ」

「ルブリス王子殿下、それは仕方がありませんよ。ずっと努力してきた王子様と1ヶ月前にやっと目覚めた王子様の戦いです」

「ふふ、本当にそうだな」
私の言った言葉に、ルブリス王子殿下が笑ってくれてホッとした。

「貴族ではなく、平民の評価をあげることからはじめてみませんか?ご意見ボックスを街中に設置して、今、平民が抱えている問題を一つ一つ解決していくのです」

「イザベラ、そんな庭の雑草とりのようなことよく思いつくな」

「ルブリス王子殿下、まず平民の悩みを雑草のように考えることはおやめください。大切なライ国の一員です。そして、これは私の案ではありません。エドワード王子の婚約者レイラ王女が、ルイ国のアカデミーの生徒会長に就任された際行っていたことです」

「レイラ王女とはエドワードの婚約者でサイラス王太子殿下の妹君だな。アカデミー時代、私が1年生だった時に留学生として2年生にいた気がする。その時の記憶はフローラのことばかり考えていて、あまり残っていないんだ」

何気なく正直に話してくれたルブリス王子殿下の言葉に反応して、カールが軽蔑の視線で殿下を見つめた。

「レイラ王女はアカデミーにご意見ボックスを置きました。彼女は些細なトラブルも、仲介して即日に解決してしまうのです。彼女は人を見抜く力が抜群に優れていて、公平な判断をします。誰を贔屓するわけでもなく、取り繕うような言葉が通用しないと周りからも思われていました。1人1人の悩みに向き合っていく、彼女の姿勢は尊敬されました。彼女が来る前は、アカデミーにも虐めがあったりしました。しかし、彼女が来てからは、そう言った問題が一気に解決して皆勉学に集中するようになったのです」

「ルイ王家の人間は何だかおかしくないか?レイラ王女とやらも、人を見抜く力を持つ超人なのだな。サイラス王太子殿下も、10歳のイザベラの価値にいち早く気がつき誘拐までする方だ。心が読めるなどの特殊能力があるのではないか?イザベラはそのような怪しい一族に嫁ぐことに不安はないのかか?私はイザベラのことが心配だ」

ルブリス王子のメンタルはやはり危険な状態のようだ。
カールが呆れたようにルブリス王子殿下を見つめている。
私はカールのような人望もあり、優秀な人間にルブリス王子殿下を支え続けて欲しいが難しそうだ。