唇が離れると心底愛おしそうに私を見つめるサイラス様の顔がそこにあった。

「イザベラ、このままあなたを連れて帰りたいです。一晩中あなたの寝顔を見ているだけで、私は満足できるような男ではないのです」

私は一晩中、寝顔を見られていたという事実に恥ずかしくなり思わず顔を伏せる。
顔が熱いのでおそらく真っ赤になっているに違いない。

「一晩中、起きていたのですか? 心と体を休める為に睡眠をとってください」
消え入るような声で囁いた私にサイラス様が私を抱きしめて耳元で囁いた。

「ルイ国まで馬車に乗りっぱなしで、どれだけ急いでも丸7日はかかります。7日間ずっと寝るつもりです。もしかしたら、美しい赤い髪に宝石のような黄金の瞳を持ったイザベラ・ライト公爵令嬢と一緒に帰るつもりが、目の前にいるのがライト公爵と入れ替わっている悪夢を見るかもしれません」

「サイラス様、怒ってますよね。申し訳ありません。信じられないかもしれませんが、私は本当は誰よりもサイラス様を優先したいのです」

「怒ってなどいませんよ。私はイザベラを心配しています。昨晩も、イザベラは寝ている間うなされていました。あなたの心はまだ苦しんでいます。私はその苦しみをとっていきたいのです」

「心配かけて申し訳ございません。実はライ国に来てから毎晩のようにフローラ・レフト男爵令嬢に追い詰められ、苦しめられる夢を見るのです。彼女は前世で私を絶望にまで追い込んだ人です。父が彼女のことを私の名誉を毀損したという罪で国外追放にまで追い込むと言ってくれました。今の私には味方がいる上に、彼女が私を追い詰められるはずはないのに夢の中で彼女は私をまた虐めています」

私は異世界に転生して新しい人生を送っているのに、白川愛からは一生逃れられないのだろうか。

「イザベラ、ライ国での罪人の国外追放先は周辺諸国です。私は周辺諸国にフローラ・レフト男爵令嬢を受け入れないよう働きをかけます。彼女は未来のルイ国の王妃を傷つけた危険人物です。彼女の国外追放先にロンリ島をすすめてみようと思います。彼女に2度と大陸の地は踏ませません。イザベラ、私が全力であなたの心を守ります。傷ついた心を癒していけるよう努めます。一瞬でも彼女のことを思い出さないくらい、幸せにします。だから、私と結婚してください」

私は突然プロポーズしてきた、サイラス様に驚いてしまい顔をあげた。
彼の美しい瞳に顔を真っ赤にした私が映っていて、左手の薬指に指輪をしている。

「サイラス様、私、今、すごい素敵な指輪をしているのですが」
私が呟いた言葉に、サイラス様が珍しく顔を赤らめた。

「夜眠っているイザベラに勝手に嵌めてしまいました。イザベラにプロポーズしようと昨日は意気込んでいたのですが、イザベラがライト公爵にすぐに私と婚約するような節操のない真似はしないと言っているのを聞いて渡すタイミングを逸してしまったのです。どうしてもイザベラが私のものだという証に婚約指輪をプレゼントしたくて、一晩中悩んだ末、朝方イザベラの薬指に勝手に指輪を嵌めるという暴挙に出ました」

「すごく嬉しいです。サイラス様、私と結婚してください。この指輪をしていれば、離れていてもサイラス様を近くに感じられる気がします」
私が言った言葉に彼は幸せそうに笑ってくれた。

♢♢♢


「姉上、本当にサイラス王太子殿下について行かなくて良かったのですか?僕は未だにルブリス王子を助けようとする姉上のお心が理解できません。サイラス王太子殿下に、姉上が自分よりルブリス王子を優先していると捉えられかねないか心配しています。今からでも、王太子殿下を追いかけた方が宜しいのではないでしょうか」

「カール、私もどうして大好きなサイラス様を優先しなかったのか、もう後悔しはじめている。ルイ国で、エリス様というお優しい方がいて、私のために身を挺してサイラス様の婚約者選びを遅らせるようにしてくれた。そのおかげで私はサイラス様と婚約できることになったの。サイラス様は半年後にはルイ国の国王になるわ。彼と結婚できるまで5年はある私と婚約すれば、ルイ国の王妃の座は5年も空位になる。きっと、その間はルイ国のサイラス様の兄弟が王妃の仕事をして彼を支えると思うの。本当は私が彼を支えたい。私はルイ国でいつも人に助けられてばかりだった。助けてくれた人に恩返しもしたいの。どうして、サイラス様について行けなかったんだろう」

私は涙が溢れてきて、カールが慌ててハンカチを差し出してきた。

「姉上、ルイ国に行きましょう。ルブリス王子殿下のことは忘れましょう。はっきり言って今の現状は彼の自業自得なのです」
サイラス様との別れに感情的になっていたが、私はカールの言葉にふと我に返った。

「カール、私はルブリス王子殿下が苦しい状態にいることが自業自得だと思っていないの。みっともなく泣いてごめんなさい。私はルブリス殿下を支えて、彼の孤立無援の状態を解消してからルイ国に向かうわ」

「姉上、泣くのは別にみっともないことではありませんよ。ルイ国では姉上を助けてくれる方がたくさんいると聞き安心しました。ライ国では僕が姉上を支えます。姉上がルブリス王子殿下を支えたいと願うなら僕も手伝います。さっさとルブリス王子殿下に独り立ちして頂いて、姉上はルイ国に向かいましょうね」

心強いカールの言葉を聞いたら、私の涙も引っ込んだ。