「ルブリス王子殿下、悲観しないでください。殿下にしかできないことがあります。それが、長子相続のルールを撤廃し王位相続について公平にすることと、ライト公爵家のライ国での婚約を破棄することです」

「長子相続のルールの撤廃に関しては、すぐにでも提案しようと思う。私の今までの行動を考えると、長子相続のルールを撤廃されるよう貴族から求められるのも時間の問題かもしれない。君との婚約は破棄しないといけないのか?イザベラ、君は残酷な人だな。私に優しくして、もっと夢中にさせておいて、私と婚約破棄して他の男の元に行きたいと言っている」

王子殿下がとろんとしたような目で私を見つめてくる。
体が少し揺れていて、心なしか眠そうに見える。

私は色々あり過ぎて、目が冴えててしまったのだけれど今何時くらいなのだろうか。
私は立ち上がって、カーテンを一気に開けた。


「朝です。殿下。早めに王宮に戻った方が良いのではないでしょうか?」
ルブリス王子殿下の昨晩の様子を見るに、誰にも言わずに一人で王宮を抜け出してきた可能性が高い。
彼がいないと大騒ぎになる前に、王宮に戻った方が良い。

「本当だ、朝日が池に反射してキラキラ光って綺麗だな。まるで、イザベラの瞳のようだ」
彼が美しいから許されるようなセリフに、私は居心地が悪くなる。
私は彼と良い雰囲気になってはいけないのだ。

「ルイ国の王宮からも湖が見えたのですよ。冬には凍ってしまうんです。でも、それがとても綺麗なんです。スンとした空気に、氷の上に降り積もる雪。太陽光を反射する銀髪に、澄んだ青い瞳」
私はルイ国にいる時、早朝カーテンを開けるとサイラス様が騎士たちと剣術の訓練をしていたのを思い出した。

「今、唐突に君のルイ国の風景描写にサイラス王太子殿下が出てきた気がする。早く婚約破棄をしろという、君からの強い圧を感じたよ。私の女神イザベラ、君との婚約は破棄したとしても君の心を取り戻してみせるよ」

私はそんなつもりで言った気はなかったが、彼は私に婚約破棄するようせがまれているととったようだった。

先ほどから、ルブリス王子殿下の言動がおかしい。
ショックなことがあり過ぎて、その上眠くて訳がわからなくなっていそうだ。

「徹夜明けで馬に乗るのは危ないと思うので、今、馬車を用意しますね」
半分夢の中にいそうなルブリス王子が馬に乗ったら、確実に落馬するだろう。

「イザベラ、湖が凍るような寒い国より、ライ国の方が良くないか?」

「ルイ国もぬいぐるみのような格好をしていれば寒くはありませんよ。ルブリス王子殿下、長子相続のルールとライト公爵家の後ろ盾を、自ら捨てて裸一貫でエドワード王子と戦う姿は皆の心を動かすと思います」

「裸一貫とは何のことだ?」
私は知らずに前世の言葉を使ってしまって焦った。

「あのそれはルイ国の言葉で自分の体以外には何も持たず、一からスタートすることです。」

「湖の凍るような寒さの中、裸になってスタートするという意味か。凍死覚悟で挑めとイザベラは俺に言っているのだな。確かに君と婚約を破棄したら、私の心は凍死するだろう。それにしても湖が凍ったら、湖で生きる魚はどうするんだ?」
ルイ国の湖は透明度が高く底が見えるようだった。
しかし、そこに生き物が生息してたような記憶はない。

「どうするのでしょう、考えたこともありませんでした。ルブリス王子殿下、ルイ国の氷を輸入したらどうでしょうか?ルイ国では池や湖の氷を切り出して保管して、それで肉や魚を保存していたりしていました。気温の低い間は、外に出して、カゴを被せているだけで肉や魚が保存できてます。しかし年の半分は凍った氷を使って食料の保存をしていました。ライ国では食料を保存する習慣がありませんが、知らずに腐って肉や魚が無駄になっています。ちょうど今、ルイ国のサイラス王太子がライ国にいらっしゃっているので氷の輸入について交渉してみてはいかがでしょうか?」

「彼は君を奪いに来たのだろう? そのような交渉に応じてくれるだろうか」

「私と即刻、婚約を解消すれば、きっと機嫌よく交渉に応じてくれると思います。まずは王宮に向かう途中の馬車で仮眠を取ったら、長子相続のルールの撤廃と、私との婚約破棄を国王陛下に進言してください。周りが卒業パーティーの件を使って動き出す前に行動です」

「イザベラ、君はとても優しいけれど、同時に厳しい女神なんだな。一晩で、ますます好きになった。今、私の味方になっても何の得もない。その上、私は君をとても傷つけた。それでも一晩中私のことを考えてくれた君のいう通りにしたいと思う。婚約が解消になっても、私は君のことを好きだということだけは忘れないでくれ」

彼はそういうと、私の手を取り手の甲に口づけをした。
振り払うのも可哀想なくらい、私を求めてやまない愛おしそうな目で見てくるので複雑な気持ちになった。