「イザベラ・ライト公爵令嬢、君との婚約を破棄する。理由は理不尽にも身分が低いからとの理由で、フローラ・レフト男爵令嬢を虐めたからだ」

卒業パーティー、悪役令嬢に転生しただろう私は、予定通りに婚約破棄された。
この瞬間が来ることは、自分が小説の王子の婚約者である縦巻きロールの悪役令嬢に転生したと気がついた時から予感していた。

ルブリス・ライ王子とは婚約関係だが、私がこの世界に転生して以来5年間彼とはほぼ交流がない。

「慎んで婚約破棄をお受け致します。私がフローラ様を虐めたとおっしゃいましたが、どのように虐めたのでしょうか?」
私は前世でデブ、ブス、貧乏を極め、虐められ抜いてきた。
そのため、予定通りの展開とはいえ言われのない虐めで断罪される展開に納得がいかない。

今、周りは全員私の敵なのかもしれない。
しかし、私は絞り出すように声をあげた。

「フローラが周りに溶け込めないように、彼女の陰口をいっただろう」
得意げにいうルブリス王子に、思わず苦笑いがこみ上げる。

「陰口を言うような友人が私にはいません。私は友人の作り方が分かりません。私と会話をしたことがある方が、この中にいるでしょうか?どうしたら、フローラ様のように周りに溶け込めるのでしょうか?挨拶をするにも緊張してしまうのです。私は虐められた経験があるので、同じ苦しみを人にしようとは思いません。現在、有る事無い事言われ陰口を言われているのは私です。でも、気にもなりません。世界のどこにも私の居場所などないということを再確認しました」

笑って婚約破棄に応じようと思っていたのに、涙が溢れて頰を熱いものが伝うのが分かった。
私はルブリス王子との婚約が破棄されることを望んでいたはずだ。
それでも、大衆に囲まれ血祭りにあげられる状況に耐えられなくなった。

デブ、ブス、貧乏で虐められ抜いて来た前世。
スタイル抜群、美人、大金持ちでも居場所を失う今世。
私はどの世界でも人のストレス発散のマトのように存在する。

「イザベラ・ライト公爵令嬢、私はルイ国の王太子サイラス・ルイです。今日は卒業パーティーということで、昔、留学させて頂いたご縁でお伺いしました。このような大勢の中で1人声を上げられた勇気に心をうたれました。そして、今あなたを守りたいという気持ちに駆られている、私を受け入れてはもらえませんでしょうか?」

前世で虐められていても決して助けてくれる人は現れなかった。
私はここにいるはずのないサイラス様が、私のためにライ国まできてくださったことに感動する。

「サイラス様、私を守ってくれるのですか?」
彼の青い瞳に、泣いて死にそうな顔をしている私が映っている。
彼は私を強く抱きしめて、何があっても守ると耳元で囁いた。


「待ってくれ、虐めの事実はなかったのか?イザベラは私の婚約者です。サイラス王太子殿下、私の婚約者に対して不埒な行動は控えていただけますか」

サイラス様の胸に顔を埋めていると、ルブリス王子の慌てたような声が聞こえてくる。

「先ほど、多くの人間を証人として婚約破棄は成立したはずです。そして、イザベラ様は今、私を選ぶとその温もりで伝えて来てくれています」

私は人づきあいも、言葉を紡ぐのも上手くはない。
しかし、サイラス様は私の意志を私の温もりで理解してくれているらしい。

「ルブリス王子殿下、今回の一件は、ライト公爵家から正式に抗議させて頂きます。姉上を蔑ろにし、フローラ・レフト男爵令嬢と浮気した件。姉上にありもしない罪を被せ断罪しようとした件を公表させて頂きます」

弟のカールの声が聞こえる。
今世では弟を助けられる姉になりたいと思っていた。
しかし、私は今また彼に助けられている。

彼はライ国に来てからいつも私を助けてくれた。
前世の闇に囚われ、また私は周囲がみんな敵のように思い込んでいた。

「ちょっと待ってよ。浮気だなんて言いがかりだわ。私とルブリス王子殿下は本気の関係よ。イザベラ様と婚約破棄して、私と結婚するとルブリス王子殿下は言ってくれたもの」

それまで黙っていたフローラが声を上げると、周りがどよめきだす。

「何を言っているんだ、それはお前が言わせたんだろ。イザベラに虐められているとお前が泣きついてきたから、仕方なく言ってやっただけだ」

ルブリス王子殿下が抱きついてくるフローラを引き剥がすように弁明してくる。

「兄上、今回の一件は国王陛下にお伝えします。兄上は愛を選んで、地位を退くことを決めたのですね。100人いれば99人が優しく穏やかなイザベラ様を選ぶのに、兄上は残りの1人になられる方だ。しかし、1人の意見を全てのように捉えてしまう方が次期国王にふさわしいでしょうか?幸いにもライ国には僕という、もう1人の王子がいます。兄上が、フローラ様と遠く片田舎で愛を育んでいる影で、しっかりと次期国王として役目を果たしますね」

2学年下の在校生、ルブリス王子殿下の弟君であるエドワード王子の声が聞こえる。

「イザベラ、これからは私が守ります。卒業と同時にルイ王国に来てもらえますか?今すぐにでも私はあなたを自分だけのものにしたいのです」
耳元で囁く、サイラス様の声が脳にしみ込んでいく。

「はい、末永く宜しくお願いします」
私は彼の手を取り、卒業パーティーの会場を飛び出した。