アカデミーの廊下を歩いていると、フローラの声が聞こえた。

「イザベラ様は婚約者であるルブリス王子の目が届かないのを良いことにルイ国で散々遊んでいたらしいの。私は傷ついた彼を癒してあげたいと側についていたら、いつの間にかお互い離れられない仲になってたわ」

彼女は白川愛であった前世のようにたくさんの人に囲まれていた。

ありもしない噂を、また流されていることに絶望する。
私はライ国に戻ったばかりだ、既にこのライ国のアカデミーはかつての私の中学校のように彼女に支配されているのだろう。

私は職員室に向かった。
とてもではないが、午後まで倒れずに過ごせる気がしない。
おかしな汗がとめどなく溢れてくる。

「イザベラ・ライトです。今日からお世話になります。気候の変化に体調を崩していて、しばらくは午前だけの通学を許しては頂けませんでしょうか?午後の授業内容については自分で自習します」

私はサイラス様が、体調を崩している時は体が心を休めようとしていると言った言葉を思い出した。

「もちろんです。ライト公爵令嬢、教師を公爵邸に送ることもできますが、いかが致しますか?」

「結構です。自分で自習をすることで十分対応できます。お心遣いありがとうございます」
私はお辞儀をしたと思ったら意識が遠のいた。

咄嗟に体を支えられていることに気がついて、振り向くと弟のカールがいた。
「姉上、やはり昨日から体調を崩してますね。先生、姉上を家まで送るので今日は失礼いたします」

「待って、カール今日はアカデミー初日でしょ。1人で帰れるわ」

「交流会に出なくても、今後、クラスの人間と交流する機会はいくらでもあります。心配なさらないでください。」

「私があなたを助けなければならない立場なのに、本当にごめんなさい」
私は彼の優しさに甘えることにした。

人と交流することを、全く恐れていないカールが眩しかった。
「姉上、僕は姉弟は助け合うものだと思っています。姉上が困っている時、僕が姉上を支えるのは当たり前のことですよ」



私は、ルイ国にいた時は対人恐怖症が回復していたように思っていた。
ここはもう前世の世界ではないのに、白川愛がいる。
彼女がいるというだけで、異世界の風景が私の前世の虐めの舞台の中学校に見えてくる。

♢♢♢

「ルブリス王子は授業中も、フローラ・レフト男爵令嬢とべったりだそうじゃないか。お前は男の機嫌一つ取ることもできないのか?」

私は休みを取りながら、なんとかアカデミーに通った。
毎日のようにライト公爵からは、ルブリス王子の機嫌をとるように言われる。

「ご機嫌取りなどできません。アカデミーは学ぶところです。授業中も女と無駄話をするような男が、未来のこの国の国王に相応しいとお父様は思っているのですか? ルイ国では、学生達は皆、将来の国王の臣下としての自覚を持ち積極的に授業に参加しておりました。本当にライ国の未来を思うのであれば、お父様はルブリス王子殿下への支援をやめるべきです。国のことを第一に考える聡明なエドワード王子を差し置いて、彼が国王になるのはおかしいと思います」

「口を開けば、ルイ国のことばかりだな。サイラス王太子殿下は本当に怖い方だ。お前を誘拐したと思ったら、洗脳して戻してきた。ライ国の次期王妃のお前にルイ国至上主義の思想を植え付けてきおった。彼はやはり我が国を狙っているのだろうな」

「お父様、本当にサイラス様がライ国を狙っていたら、5年前にライ国を侵略していますよ。ライ国は周辺諸国に比べ、国内での闘争が多すぎます。いざ戦争となった時に、国一丸となりまとまる力があるとは思えません」

ライト公爵はよほど私が気に食わないのだろう。
それにしても、娘が違う人物になろうと、体調を崩そうと気にならないらしい。
彼はイザベラのことを、王家に取り入るための駒としか考えていないのだ。

「姉上、アカデミーの時間ですよ。一緒に行きましょう」
私の体調は結局、卒業式の日まで不安定だった。

カールが私を心配して、一緒にアカデミーに行ってくれた。

私は弟の彼に何もしてやることができないことが情けなくて仕方なかった。
私は無力に打ちひしがれたまま、小説のラストにあたるイザベラが断罪される卒業パーティーを迎えることになった。