私がララアと狩猟大会に到着し開始を待っていたら、突然サイラス王太子の補佐官が話しかけてきた。

「サイラス王太子を初め貴族の方々は夜通し会議をしております。ララア様、今日の狩猟大会の開始のお言葉をお願いします」

この世界を学びはじめてわかったことは、ライ国にとってライト公爵家がいかに重要かだ。
昨晩、国家と同等とも呼べる権力を持ったライト公爵が、娘イザベラをライ国に返すよう言ってきたのだ。
サイラス様が私のせいで一睡もせず、会議をしていることに胸が痛む。

「そうよね、ライアンお兄様は参加者だし、私しかいないわよね」
ララアが消え入りそうな声で呟く。

サイラス様は今日の狩猟大会の挨拶をする公務があったようだ。

彼の上にいる2人の兄は、王太子になれなかった時点で他国に婿入りしている。

国王陛下と王妃様は年始と建国祭の時のみ公の場に現れるらしい。
今は、サイラス様、ライアン王子、ララアで国内の公務を回しているのだ。

「ララア、何か手伝えることはありますか?」
隣で真っ青になっているララアに私は尋ねた。

「どうしよう。何も準備してない。何の言葉も用意してないわ」

「私がララアの代わりに挨拶することはできますでしょうか?私、どうしても皆に伝えたいことがあるのです」
ララアを助けたい思いと、今日ライ国に連れ戻されたくないから、連れ戻せないような事実を作りたい思いで私はララアに頼んだ。

「代わりに挨拶してくれるの?今日はアカデミー学生だけではなく、多くの有力貴族も来ているのよ。イザベラに任せてしまってよいの?私としては、準備不十分だから助かるけれど」

「私も挨拶を譲ってもらうと助かります。」
私を不安そうに見つめるララアの承諾を得て、私は壇上に立った。



「ライ国より交換留学生としてお世話になっております、イザベラ・ライトと申します。本日は、皆様にご挨拶をさせて頂く機会をもうけて頂きありがとうございます。2年間、この素晴らしい国で勉学に皆様と共に励めることに心から感謝を申し上げます。皆様は狩猟大会というものがなぜ開催されると思いますか?意中の令嬢への告白ならば獲物など仕留めず、自らの思いを言葉にしてください。射止めた熊の毛皮を剥ぎ想い人にプレゼントしたいのですか? まだ、親を追いかけているような子兎を狩るほど食に飢えているのですか?それとも目の前にいる空気の読めない他国の公爵令嬢を黙らせる程の何かがこの大会にはあるのでしょうか? 今まで、皆様の闊達な議論をする姿、ふとした時の優雅な振る舞いを見て感動しておりました。私は動物も人と同じくらい大切な命を持っていると考えております。その命を奪い、私たちの命が繋がれていることも理解しております。この大会の存在意義が、己の狩猟能力を示す以外の意味があればと考えております。弓の技術は動物を捉えるためにあるのでしょうか?愛する貴族令嬢の心を捉える為に小さな命は犠牲になるのでしょうか?この大会が終わる頃には、きっと空気が読めないライ国の公爵令嬢が納得いくこたえを皆様が示してくれると私は信じております」

私はとにかくサイラス様の側にいたくて、ルイ国に2年いたいという想いを大衆の前で話した。


改めて周りを見渡すと学生だけではなく、今まで見たことのない大衆がいる。
狩猟大会の開始の言葉を話し始める前に、大衆に目を向けなくて良かったとホッとする。
このような大衆を前にしたら、私は震えが止まらなく舌が回らなくなってしまうからだ。

私が開始の言葉を言って、しばらくすると狩猟大会の開始のファンファーレが鳴り響いた。
「イザベラ、開始の言葉を言ってくれてありがとう。あなたってすごいのね。あまりの深い言葉に私はこの大会の開催意義について考えさせられたわ」

「2年間ルイ国にいさせて欲しいという、私の想いが伝わったでしょうか?」

「イザベラは狩猟大会の開催意義について問いかけていたわよ。ルイ国に2年いたいという話をしていたの?いられるわよ、心配しないで。ライト公爵家が来たから不安になっているのね。サイラスお兄様を信じて、絶対にあなたを手放したりなんかしないから」

ララアが私を抱きしめながら語ってくる。
私はこの国に2年いると大衆の前で宣言することで、ライト公爵に連れ戻されることを防ごうと思っていた。

しかし、何を話したかも覚えていないくらい無心だった。
ララアの反応を見るに、まともに話せてもいなかったのだろう。