「サイラス王太子殿下、申し訳ございませんが娘と2人で話させて頂けませんか?」

応接室にいたイザベラの父親であるライト公爵の言葉に寂しさを覚えた。
私は彼の娘ではないのに、気付かないのだろうか。

「私は、ルイ国でイザベラ様の保護者とも言える立場です。会話には同席させて頂きます」
サイラス様は私の幼さを武器にし保護者という立場を強調してきた。

「サイラス王太子殿下、私は父と2人で話がしたいと考えております」
私はサイラス様に部屋を出てもらうように促した。

「分かりました。では、失礼します」
私を名残惜しそうに見つめてサイラス様は部屋を出た。

「お父様、どういったご用件でルイ国までいらっしゃったのでしょうか?」

「サイラス王太子殿下がお前をルイ国に連れてきたのは、我が家紋の力を利用しようと思ったのだろう。彼に惑わされてはいけない。今、アカデミーに入学したルブリス王子殿下はフローラ・レフト男爵令嬢と親密な仲になりはじめているらしい。ライト公爵家の一人娘であるお前を蔑ろにするとは思えない。しかし、ルブリス王子殿下は視野が狭いところがあるから心配なのだ。すぐにでもライ国に戻り、彼の気持ちを取り戻しなさい」

ルブリス王子殿下がフローラと仲良くしているという事実が不思議だった。
ヒロイン、フローラは優しい性格をしているが、今彼女に憑依している白川愛は優しさとは程遠い性格をしている。

性格が真逆と言えるほど違うのに、ルブリス王子殿下はフローラと恋に落ちるのだ。
物語の強制力のようなものが働いていないと説明がつかない気がする。

最も、意地悪な性格の白川愛は男性にモテていたので私に男の人の気持ちなんてわからない。
白川愛の憑依したフローラも男の人にとっては、魅力的なのかもしれない。

「ルブリス王子殿下は最初から私になんの気持ちも抱いていません。取り戻せる気持ちなどありませんよ。視野の狭いルブリス王子殿下よりも、ルイ国の優秀な王女と婚約したエドワード王子が王位につくのに相応しいのではありませんか?」

白川愛のような女に惚れる男など、上辺の言葉やルックスに群がる視野の狭い男の1人だ。
私自身が彼女が近づいてきた時、美人で社交的な彼女と仲良よくなりたいと彼女の内面を見ようとしなかった視野の狭さを持っていた。

「お前がルブリス王子殿下を好きだと言ったから、婚約を結んだのだぞ。イザベラ、彼の心を得ることに集中しなさい」

「私は彼のことが好きではありません。私は彼の機嫌を取るために存在するのですか?私のために結んだ婚約なら、今すぐ婚約破棄をしてください。扱いやすい王子を国王に据えて、王権を思うがままにしたいのではありませんか?」

「ルイ国で洗脳でもされたか、この愚か者が」

ライト公爵が手を振り上げて、私の頬まで手をおろして寸前でとめる。

「殴らないのに、なぜ手を振り上げたのですか。殴ってください、蹴飛ばしてください、気が済むまで私に暴力を振るったら私を自由にしてください」

毎日、中学に登校するとストレス発散のように殴られて蹴られていた。
それが当然の儀式のように感じてしまうほど、私の感覚は麻痺していた。

入院するほどの怪我を負うまでは、私は自分は暴力を振られてもおかしくない愚鈍な存在と自分のことを思っていた。
でも、今なら暴力を振るう方がおかしいのだとわかる。

「何を言っているんだ、気でも狂ったのか」

再び、ライト公爵が手を振り上げてくれるが、私はなんの恐怖も感じなかった。
明日も明後日も続く暴力ではない、今日痛い思いをすれば私は自由になれると思った。

「お辞めください。今から、緊急会議をするので、いらっしゃってください。大切な一人娘であるイザベラ様が心配なのは理解できますが、暴力はいけませんよ」

気がつけば、ライト公爵の振り上げた手首をサイラス様が握っている。

いつの間に部屋に入ってきたのだろう、ここまでのやり取りを聞いていたのだろうか。
私を一瞬心配そうな瞳で見つめた彼は、ライト公爵を連れて部屋の外へと出ていった。