ルイ国に人質としてやってきて、1年が経とうとしていた。

私は王宮で用意された食べ物ならば、吐き気を感じずに食べられるようになった。

「サイラス様、お疲れ様です」
私はいつものように厨房を借りて、彼に軽食を作って彼の執務室に届けた。
今日はトマトサンドイッチとハムサンドだ。

サイラス様は忙しくて食事をとる暇もないと聞き、厨房を借りてお弁当を作り届けたのがはじまりだ。
今では、お昼くらいになると仕事をしながら私の作った軽食を彼と一緒に私も食べている。

「まだ、サイラスと呼び捨てにはしてくれないのですね。それにしても、よく食べてくれているようで安心しました」
イザベラは元々痩せ型だが、食事を食べられない私が憑依したものだから栄養失調状態でガリガリになっていた。

サイラス様は私が食事を食べることに苦労していることに、いち早く気がついていた。
忙しい時間の合間を縫っては私の元に、お菓子などをちょくちょく持ってきて私を太らせる作戦をとっているように見えた。

「流石に女性に体型のことを指摘するのは、失礼だと思いますよ」
彼があまりに私の体をみている気がして、恥ずかしくなり注意してみた。

「怒ったイザベラを初めて見ました。これからも、どんどん感情を出してくださいね」
相変わらず素敵な微笑みで返してくる彼にときめいてしまう。

「イザベラにご報告があります。レイラが無事にライ国のアカデミーに入学しました。彼女は対外的にも人質ではなく交換留学生という身分になります。それと同時にイザベラもこれから対外的に交換留学生として扱われます。イザベラのアカデミー入学までには、まだ1年あります。しかしながら、王宮でイザベラが教育を受けている実績も公表したので人質とあなたのことを捉える方はいなくなります。イザベラには窮屈な思いをさせてきたと思いますが、これからは自由ですよ」

「私は窮屈な思いはしていると思ったことはございません。いつもサイラス様が私の環境を整えてくれていましたよね。最近、特に忙しかったのも私のことで手を煩わせていたからだと分かっています。自分のことなのに私は何もできず、全てをサイラス様に任せてしまったことを謝らせてください」

「軽食を作ってくれました。たくさん笑顔を見せてくれました。今日は怒った顔を初めて見せてくれました。イザベラとの時間が私の唯一の安らぎとも言える時なのですよ。殺伐とした日々の中で木漏れ日のような暖かさを無自覚に与えてくれるあなたを手放せず、友好国であるライ国と争いになりかけた王太子の自覚のない私を叱ってください。イザベラの怒った顔も、もう一度見たいです」

怒った顔が見たいと言われても、どうして良いか分からず私は押し黙ってしまった。

「照れた顔が見られたので良しとしましょう」
サイラス様の青い瞳に恥ずかしいくらい顔を真っ赤にした私が映っていた。

「サイラス様、アカデミーにお弁当を持っていくのは禁止ですか? 私、学食でお昼を食べる自信がないのです。実は前世で学食の残飯を無理やり食べさせられるような虐めにあっていて、情けないことに今でもその時のことを思い出しては吐き気がしてしまいます。学食で吐いてしまったりするのが怖いので、お昼の時間は1人で外でお弁当などを食べられればと思っています」

「もちろん、大丈夫ですよ。話し辛い苦しい記憶を打ち明けてくれてありがとうございます」

「私は前世の苦しい記憶をサイラス様に打ち明けることで、気持ちが楽になっています。しかし、サイラス様は私のストレスを受け取って重荷になっていたりはしませんか?」

「全く重荷にはなっていません。私は、苦しい記憶を打ち明けられるイザベラが好きです。大体の人は自分の苦しい記憶を隠してしまいます。あなたが自分の傷を隠さずに見せてくれるから、あなたの前では私も鎧を脱いで素の自分になれたりします。素というのは少し嘘が混ざっていますね。イザベラが中々私を好きだと言ってくれないので、私はイザベラの前ではあなたに好かれるように振る舞っていたりもしますよ。そうだ、アカデミーに持っていくお弁当の件ですがララアの分もお願いできますか? 彼女は王宮の外では必要以上に気を張っています。長時間拘束するアカデミーではきっと疲弊すると思うのです。お昼にイザベラと息抜きの時間があれば彼女の助けになると思います」

私は今だに彼に想いを伝えられていない。
しかし、彼の瞳にはいつも恋する私の顔が映っているから気持ちはバレバレだろう。

「もちろん、ララアの分のお弁当を作ります。ララアは王族としての振る舞いをいつも完璧にしている凄い子ですね。私が彼女のために何かできることがあるなら嬉しいです。サイラス様は優しいお兄様ですね」

「イザベラに優しい人間だと思われたくて、提案してみました。本当の私は結構ドライな性格をしています。優しいイザベラに釣り合うような男になりたいですね」

サイラス様が私の頬を撫でながら語ってきて、私は緊張しはじめてしまった。