「綾、定期貸してよ。東京まで行きたいの」

私が大学に行こうとすると地元の駅に向かう途中、愛が現れた。
白川愛、彼女は地元のボス的な女の子で私は彼女に虐められ続け中学の時不登校になった。

私は高校は通信で卒業し、必死に勉強して東京の大学に入った。
私にとって地元は地獄のような場所で、そこから逃げたかったからだ。

「あの、でもそれは学生定期の不正使用で、これがないと私が大学に行けないので⋯⋯」
私が定期入れを握りしめながら言うと彼女が睨んで来る。

「行かなきゃいいじゃん。貧乏なのに大学とか贅沢でしょ。たぶん、綾は死ぬのが1番みんなの為になるよ。ブスが空気吸って吐いているだけでみんな気分が悪くなるから」
愛の言葉はいつだってナイフのように私の胸を突き刺した。

「大学は奨学金で行っているから⋯⋯」
初めて私は愛に言い返した。
高校3年間、家でひたすらに勉強して地獄の地元から逃げる手段を得たのだ。


「バイトよく採用になったよね。乳、採用じゃね。何、体売ってるの? 相変わらず、キモいな!」
彼女が私の胸のあたりを見ながら言ってくる。
中学の時は彼女はクラス中に私が貧乏だから売春しているというありもしない噂を流された。

私は生活費の捻出のため、レストランでバイトを始めていた。
話すのが苦手なので、厨房勤務だ。

中学の同級生に会うのが怖くて、中学の学区を外した場所で見つけたバイトなのに愛にバイト先がバレてしまった。
きっと、また嫌がらせをされると思うと恐怖で震えてくる。

高校時代、私は痩せた。
ダイエットをしたつもりはなかったが、ご飯が喉を通らなかった。
中学時代の壮絶ないじめを思い出し、私は思わず息がつまる。

「また残飯処理をしたくて、レストランでバイト始めたんだ。中学の時も給食の残り全部食べてたものね。豚みたいだった、キモい」

綾の言葉に涙が溢れて来た。
私はクラスのみんなから貧乏なんだから、飯を恵んでやると言われ残飯を食べさせられていた。

毎日、お腹が痛くなるくらい食べさせられて、それが太った原因だ。
そのトラウマがあり、学校に行けなくなってもその時の記憶を思い出すと吐いてしまった。

「とにかく定期もらってくから」
愛が私の手から定期入れを掠め取った。
私は慌てて彼女を追いかける、

「待って!」
その時、私は横から来たトラックに轢かれてしまった。

♢♢♢


「イザベラ、ライト公爵家は王家と繋がりが深い、だからお前と同じ10歳のルブリス王子と婚約することになった」

目を開けると、そこは私が小説で読んだ世界だった。
目の前にいるライト公爵の瞳には赤い髪に黄金の瞳をした可愛らしい少女が映っている。
縦巻きロールがトレードマークのイザベラ・ライト公爵令嬢だ。

私はこの小説のヒロイン、フローラ・レフト男爵令嬢に憧れていた。
貧しい男爵家の生まれを笑われ、虐められても強く生きるフローラ。

明るく友達も多くて優しいフローラにルブリス王子は恋に落ちる。
しかし、私が転生したのは彼女を虐める悪役令嬢のイザベラだ。

卒業パーティーでフローラを虐めたと断罪されるルブリス王子の婚約者。
イザベラは婚約を破棄され、身分を剥奪され、国外追放される。

「あの、婚約はしなければなりませんか?」
恐る恐る聞く私に当たり前のようにライト公爵はこたえた。

「当たり前だろう、お前もルブリス王子と婚約したいと言っていたではないか」

イザベラの父親であるライト公爵の言う通りだ。
小説ではイザベラはルブリス 王子に一目惚れして彼を追いかけ回す。
私は同年代の男の子になんて、虐められた記憶しかなく近づきたくない。

「イザベラお嬢様、皆様、もうお揃いになっています」
メイドが私を呼びに来た言葉に、体が震えだした。

イザベラは連日、取り巻きとお茶会をしているのだ。
私は同年代の女の子たちに虐められた記憶しかなく、彼女たちに会うのが怖い。

「また、お茶会をしているのか。再来年からアカデミーに入学するのだから、少しは勉強しなさい。お前は次期王妃になるのだから」

「お茶会よりも、勉強がしたいです。あの、令嬢たちはもういらっしゃっているのですよね?」

「イザベラ、今日はどうしたのだ。勉強がしたいのなら、令嬢たちは帰らせるか?」

「いえ、わざわざご足労頂いたのに帰らせては申し訳ないので挨拶だけでもして参ります」
私はメイドに案内を頼み、令嬢たちの元へと急いだ。

「イザベラ様、ルブリス王子殿下とのご婚約おめでとうございます」
お茶会の会場に到着して、すぐに言われた言葉に硬直する。
どうやら、ルブリス王子との婚約は決定事項のようだ。


「皆さま、今日は遠いところからわざわざお越し頂きありがとうございます。誠に勝手で申し訳ございませんが、私は足りないものが多い人間です。皆様を楽しませるような時間を作れません。これから、勉強をしていきたいと思いますので本日のところはお帰り頂けませんでしょうか」
私はどう令嬢たちと接してよいか分からなかった。

せっかく来てもらったのに申し訳ないが、彼女たちには帰ってもらうことにした。
私はおかしな事を言って、虐めのターゲットになるのが怖かったのだ。

令嬢たちと結託してヒロイン、フローラを虐めるのがイザベラ。
だけれども、虐めは自分がされて嫌だったから絶対したくない。
虐められるのは怖いけれど、虐めるのはもっと嫌だ。