「桜~、お疲れ!」
「祐実もお疲れ! 仕事、ご苦労っ!」
時刻は19時。
2人が居住する地の丁度中間にあるファミリーレストランにて。
月に1回、2人だけの大切な時間の始まりだ。
「子供どんな? 今日大丈夫だった?」
「うん。旦那が早く帰って来たから問題無し。桜は?」
「うちもうちも~。日付変わるまで語れるよ!」
「今日も語り尽くすか!」
ふふっと笑い合いながら、2人メニュー表を開く。「やっぱりハンバーグでしょ」と呟く祐実に、「分かる。けどステーキも外せない……」と桜。ならば、両方が乗っているハンバーグとステーキセットにしよう、とどちらからともなく言い、2人は同じ物を注文した。
フライドポテトも外せないよね、と2人頷き当たり前のように注文。大盛りフライドポテト。これも2人の定番だ。
2人は27歳。フルタイムで会社員をしており、既婚で子供もいる。
若本祐実は、1児の母。5歳の子供を養育しながら、民間企業で事務員をしている。一方の瀬永桜は2児の母。7歳と5歳の子供を養育しながら、介護士をしている。しかも2人とも授かり婚。雰囲気こそ正反対なのに、どこか似ている2人は、唯一無二。
「祐実んとこのお局どんな?」
「いや~、相変わらずよ」
「うちも同じ。毎日頭が痛い」
顔を合わせると真っ先に出てくる会社での愚痴。2人ともお局に頭を悩ませ、お互い愚痴を聞き合う。どことなくお局の性格も似ていることに笑いを零しながら、ドリンクバーで汲んだメロンソーダを流し込む。そして口の中にシュワシュワとした感覚が残るうちに、食事のセットでついていたコーンスープも運ぶ。この独特な飲み方をしているのは、祐実の方だ。
「うちのお局、妊娠したっぽくて」
「えーマジ!? 祐実これから大変じゃん」
「そうなんよ~。だけどさ、うちの部署で天下獲れるかもって思うと、ちょっとだけワクワクする」
2人はセットのサラダにフォークを突き刺し、ひたすら野菜をかじる。その間の話題も、お局。止まらない愚痴に、サラダを食べるペースも上がる。
「てかさ、桜の小説読んだけどさ。あれ最高じゃね。桜の執筆デビュー作、ドキドキしながら読んだよ」
「ありがとう。時間かかったけど、マジ思い入れはある。祐実の小説も良いね。先生と生徒の恋愛ばかり」
「フッフ~。そこが原点だからね」
「分かる。ホント、うちらの原点よね」
祐実と桜の出会いは、幼稚園の頃。
同じ地元で、同じ幼稚園。2人は20年以上の付き合いだ。
小学校まで一緒だったが、途中で九州に転校していった桜。その後、遠く離れた2人はそれぞれ中学、高校と離れ離れだったが、常に連絡は取り合い、長期休みになると地元に帰ってきた桜と、2人遊びに出掛けたりもした。
「中学の時に祐実が好きだった、重村先生とかさ。懐かしくない?」
「うっわ、やめて~!! 今思えばめっちゃオジサンだった! ……あれじゃん、桜は九州の中学校で好きだった森山先生」
「うっわ!! 森山先生懐かしい!! ……そう、森山先生。大好きだった」
「あの頃、お互い本気だったよね」
「……ね。今思えば笑い話だけど。本気で恋をしていたよね」
2人はやっぱり、昔からどこか似ていた。
長期休みで顔を合わせた際に始まる恋バナ。「好きな人が出来た」とお互い白状するも、必ずどちらも『先生』だった。その頃流行っていた『オジ専』『枯れ専』と言う言葉。この言葉を盾に、2人は自身の片想いを正当化していた。
叶うはずがない恋だと分かっていたのに。
2人は好きな人との間に起こった出来事を逐一報告し合い、一喜一憂して、時に涙を流した。
「高校はね、ほら。桜は、体育の先生」
「それな!! てか待って、懐かし過ぎるんだけど!?」
運ばれてきた大盛フライドポテトと、ハンバーグとステーキセット。フライドポテトには桜が適当に塩を振って、祐実が先につまむ。そうして空になったグラスを持ってドリンクバーへ赴く。これもまた、いつも通りの2人。
熱々のハンバーグにナイフを突き刺しながら、また先程の話題に戻る。体育の先生が好きだったという桜に対し、祐実もやはり高校でも先生のことが好きになっていた。商業科に通っていた祐実は、部活の顧問で情報処理担当だった先生に惚れていた。
「祐実。うちさ、めっちゃ覚えとることがある」
「え、なになに」
「部活で他の高校に行くってなった時、その情報処理の先生の車に乗ってさ! しかも助手席に座ったって話っ!!」
フォークでハンバーグとステーキを口に運びながら、興奮気味な桜。その話を聞くまですっかり忘れていた当の祐実は、じわじわと蘇る記憶に胸が熱くなる。
「あ……あったわ、そんなこと!! 今の今まで忘れていたけどな!?」
「あの時の祐実があまりにも嬉しそうで、めっちゃ印象的なんよ。今も本当に忘れられない」
思い出話に花を咲かせる。これもまた2人の定番。
何度も何度も。この20年間、何度も同じ話をしては、笑い合って、悲しんで、喜んで……沢山の感情を共有してきた。
黒髪で控えめなメイクの祐実と、金髪でバッチリメイクの桜。
端から見たら、まるで接点の無さそうな外見の2人。だが2人の絆は固く結ばれ、何があっても切れない強靭なもの。
2人はフライドポテトにフォークを突き刺しながら窓の外を眺める。このファミリーレストランの外に見える海には、反射して写る月灯りがゆらゆらと揺れていた。
「ねぇ祐実、パフェ食べよ」
「そうね」
「ここはやっぱり」
「定番の」
「「チョコレートパフェ!」」
これもまた2人の定番だった。
メニューを見て悩むも、結局チョコレートパフェを頼む2人。注文してからパフェが来るまでの間も、話題は尽きない。
子供のこと。旦那のこと。
昔好きだった人のこと。職場のこと。沢山の思い出のこと。
小説のこと。ギターのこと。お絵かきのこと。
共通の趣味も多い祐実と桜だからこそ。お互いでなければ話せない、数々の話題。
「はぁ……安定やね。時間が経つのもマジであっという間」
「ホント。次また来月、ここで会おうね」
「うん。祐実と居ると、無限に語れる」
「うちもよ。また1か月後まで、お互い頑張ろう」
「うん」
日付が変わる数分前。
じゃーねー、と祐実と桜は別れを告げて、お互いの車に乗り込む。
月に1回、たった数時間。
何物にも代えられない大切な時間を胸に、2人は帰宅の途についた。
今月も、あのファミリーレストランで。 終