私は、健太郎さんが自殺したのではない可能性を考えだした。

 彼は部屋に火を放たれ殺されてから、突き落とされたのではないだろうか。

「健太郎さん、私の心配をしている場合ではありませんよ。初対面の私をなぜ部屋に招き入れたのですか? これからは、素性の知れない人間は部屋に入れないでください」

 彼は危機管理意識が弱すぎる。
 はっきり言って、危なっかしくて見ていられない。

「アオさん、一人暮らしの男の部屋に入ってきている、あなたの方が危ないです。これからは、絶対に男の部屋に入ってはいけませんよ」

 私は健太郎さんの話を聞いて、やはり彼は危なっかしいと思った。

「健太郎さん、エレベーターには必ずカメラがあります。39階の居住者の私が40階に住んでいるあなたと一緒に乗って、40階で降りたのです。私に何かあれば真っ先に疑われるのは健太郎さんです。それ以前に、何もなくても私があなたに襲われたと言ったら、その証言が信じられます。例え秘書だとしても部屋に入れる時は警戒してください。告白して断られた恨みに、あなたに襲われたと嘘の告発をするかも知れません」

 彼は自分が地位もある成人した男だからこそ、危ない立場にあると理解していない。

 未成年の私を部屋に入れている時点で、まず管理人は目を見張るのだ。

 そして密室で行われたことは誰にも見えない。
 周りから見て、立場の弱い側の主張は通りやすい。

「秘書は男なのでご安心ください」
 健太郎さんが微笑みながら言う言葉は、私に不安しか与えない。

「アラサーの良い男は既婚かゲイかのどちらかです。健太郎さんがノーマルでも、秘書はあなたをゲイだと期待して近づくかも知れません」

 アラサーの良い男は既婚かゲイだという定説は、日本でも流行したアメリカのドラマでも言っていたはずだ。
 健太郎さんは知らないのだろうか。

 彼は、性別も年齢も関係なく誰もが惹かれそうな魅力的な人だ。
 そして、心配なくらい誠実そうな人だ。

 彼のような人は、女性の恋人がいたら彼女が嫌がるであろう「部屋に女の子を入れる」という行為はしないだろう。
 今、私を部屋に入れている時点で彼には彼女がいない。

 持ち物からファションへの拘りも薄く、過剰な筋トレもしていなそうだ。

 よって、彼はゲイではない。

 しかし、彼自身はゲイから期待される要素は十分に持っている。

「秘書もゲイではなく、家庭を持った素敵なお父さんですよ。俺のことを良い男とアオさんは思ってくれているのですか? なんだか嬉しいです。アオさんは俺の部屋にきて恋人に怒られたりしませんか?」

 健太郎さんの笑顔が眩しい。

 そして、彼の能天気な発言が愛おしくも私を不安にさせる。

 彼の住んでいた博多という場所は、イノセントワールドなのかもしれない。

「お父さん」ということは、彼の秘書には子供がいそうだ。
 ゲイでも男なのだから、子供は作れることを健太郎さんは知らないのだろう。

 私はゲイには否定的な考えは全く持っていない。
 愛し合う2人には性別も関係ないと思う。
 問題があるのは、私の父のように人の愛を弄ぶ人間だ。

 私も父を「素敵なお父さん」だとずっと思っていた。
 しかし、地獄の日にみた彼の正体は20年以上連れ添った妻子を平気で捨てるクソ男だ。

「私は処女です。今世では誰ともお付き合いをしたことがありません」
 私は度々、私を部屋に連れ込もうとした寛也を思い出した。

 寛也は最初から私にぐいぐい近づいてきて、下心がありそうだった。
 でも、自分の失敗体験がある日本という地で、私は助けてくれる人を欲していた。

 だから、彼の愛のない告白も受け入れてしまった。
 彼と一緒にいるうちに情が湧いて好きになることを期待したが、そのようなことはなかった。

「アオさん、あなたは本当に心配させる子ですね。発言も行動も危なっかしいです。アオさんこそ、いつでも俺を呼んでください。俺も寂しくなったら、本当にアオさんを呼んでしまいますよ。こう見えて孤独なんです」

 健太郎ったさんがメモに電話番号を書いて渡してくる。
 彼は「こう見えて孤独」と自分のことを言っているが、私は最初から彼が孤独な人に見えていた。

 タワマンのペントハウスに住む、爽やかな若手社長である健太郎さん。
 私が彼を見掛ける度に気なっていたのは、ふと見せる彼の寂しそうな表情だ。

「私もロンリーガールですよ。これからウチは大変なことになると思います。父が母を愛していなかったんです。その1つの真実で崩れる家なんです。苦しくなったら、ここに来てしまうかも知れません」

 私の言葉を聞いて、彼はそっと私に自分の部屋の鍵を握らせた。
 今日会ったばかりの初対面の人間に合鍵を渡してしまうとは、本当に危なっかしい人だ。