「ツアーで行く時は、大体中国のツアーを使っていました。全部中国語ですが、日本のツアーの10分の1くらいの価格設定です。日本の旅行会社は交渉力が弱いです。日本の旅行会社を使うくらいならば、自分で全部組み立てた方が安くすみます」

 日本の旅行会社はホテル料金に移動料金を載せてマージンまでとっている。

 中国の旅行会社は圧倒的なボリュームディスカウントをホテル自体に要求しているから、差が出るのは当然だ。

「確かに世界中に中国人がいるので、マイノリティーの日本人の交渉力が弱くなってしまうのは仕方がない気がします。でも、自分で組み立てた方が安くなりますか? 一応、ツアーの方が安くなるように料金設定しているつもりなのですが」

 ホテルも移動料金も慣れてしまうと自分でとった方が安く済ませられる。
 恐らく健太郎さんも既存の旅行会社より、自分の方が安いツアーが組めると思って起業したのだろう。

「ホテル経営は稼働率勝負です。ほとんどのホテルは稼働率が30%くらいだったりします。海外のホテルは、かなり変動的な価格設定をすることで稼働率を高めています。ちなみにクルーズ旅行は日本ではシニアの富裕層向けですが、海外では若者のお遊び的にも使われます。クルーズ会社の本体のサイトでも1ヶ月前には8割引になってたりしますよ。クルーズ船もホテルと同じで部屋を埋めることが重要です。航空機にも同じことが言えます。ジャンボ機など燃料費が高いので、本来ならば満席で飛ばさないとあまり利益は出ません。そのため航空会社によっては、タイミングによってかなりディスカウントします。タイミングを見計らってチェックをして、自分で組み立ててしまった方が旅行は安くできます」

 本当の最安のタイミングを見極めるのは、慣れによるものが大きい。

 日本の旅行会社は必ず利益が出るように、元々上乗せした価格設定をしている。

「アオさんは経営学を学んでいるのですか?」

「全く学んでませんよ。ただ、私はお金儲けの話や、いかに得をするかを話すことが好きです。海外で生活していた時いた友人とはそんな話ばかりしていました」
 今、私がしているのは私にとって経営の話ではなく、雑談だ。

 回帰前に日本で大学に通った感じだと、女子はメイクや男の話をするのが好きだった。
 私は話題についていけず、大人しい子になっていた。

「アオさんはお若いのにクルーズ旅行もしたことがあるのですね。日本発着のクルーズもありますが、あれに関してはどう思われますか?」

 私はこれから感染症が流行し、クルーズ旅行が地雷になることを思い出した。

 でも、感染症のことを話すと私が完全に怪しい預言者になってしまう。

 健太郎さんが日本発着のクルーズツアーに手を出さないように、別の観点から問題点を指摘することにした。

「私はマイアミに住んでいた時に、よくカリブ海のクルーズに行きました。直前だとホテルより安く、1日中食べ放題、飲み放題です。カリブ海のクルーズは参入している会社の数が多いので、価格やサービスの競争があります。理由はクルーズに向いている気候もありますが、寄港地に着くとすぐに観光地という利便性です。日本はクルーズの寄港地として向いているのは横浜と長崎くらいでしょうか。他はシャトルバスで観光地まで出なければなりません。それでは、シニア層も一回行けば十分だと思ってしまいます。さらに、日本海は荒れやすいです。海が荒れると寄港地を変更したりします。顧客は予定された寄港地でプランを組んでいるので、クレームになりやすいです。日本発着クルーズには手を出さないでください。これからは私は国内旅行にシフトしてった方が良いと思いますよ」

 健太郎さんが真剣に話を聞いてくれるのが嬉しい。
 日本に来て初めて、私が自然体で一緒にいられる人を見つけたかもしれない。

「なるほど、国内旅行ですか。今後も円安が進みそうですし、会社の方も変化を求められているのかもしれませんね」

 微笑みながら言ってきた健太郎さんにドキッとしてしまった。
 黒髪が爽やかで優しそうな見た目が、最初から私の好みだったことは間違いない。

 そして、放って置けないくらい人が良いところも母性本能をくすぐられる。

 彼と一緒にいると、本当に好きになってしまいそうで怖い。

 私は男性に恋をするのが怖かった。

 前回、寛也には裏切られたが、私は彼に恋をしていなかった。
 彼の軽薄そうな雰囲気は薄々感じていた。

 藍子の裏切りの方が精神的にはきつかったのは確かだ。

 私の母方の祖母は、祖父の海外駐在には一切ついていかなかった。

 祖父のことを愛していた彼女は、祖父に現地妻がいると知った時に完全に心を壊してしまった。

 祖父はそんな祖母に冷たく、心の壊れた祖母を人目に触れないように家に隠している。

 母はそんな自分の母親を見て、父の全ての海外駐在について行った。

 私はいつも一緒の両親は仲睦まじいと信じていた。
 しかし、夫婦円満は見せかけだった。

 母も父の不倫が発覚した時は、やはり祖母のように壊れた。
 鈴木さんを殺害しようとして、正気を失っていた。

 精神的に男に依存しやすい遺伝子を、私も持っているかもしれない。

 私は本気で誰かを好きになり、裏切られるのが怖い。