健太郎と結婚してから5年の月日が経った。
今、私はかつて父である木嶋隆が経営していた木嶋グループ傘下の貿易会社の社長を任されている。
現在妊娠6ヶ月でお腹には第2子がいる。前回の超音波検診で男の子のシンボルが見えた。
「2人目は男の子らしい」と健太郎に告げたら、キャッチボールするのが楽しみだと今からグローブを買っていた。
今年3歳になった娘の真衣は今、健太郎が人形劇に連れて行ってくれている。真衣という名前は私の大好きな親友「川田舞」ちゃんからとった。
舞ちゃんは娘の名前の由来を告げると恐縮して恥ずかしがっていたが、誕生記念の「真衣」という名入りのマカロンを送ってくれた。彼女のマカロンは学生時代よりグレードアップしてほっぺが落ちるくらい美味しくなっていた。
私は娘には彼女みたいに夢を持って前向きに努力でき、人に優しい人間になって欲しい。
出産は32時間にも及ぶ難産で大変だったが、それでも木嶋翠の気持ちは理解できなかった。やっと出会えた我が子には幸せになって欲しいと思ったが、娘を自分の所有物だという感覚はなかった。
健太郎の経営する会社は国内旅行中心にしたのが功を奏した。今、円安が加速していて海外旅行市場は先細りになっている。
「アオはまるで未来が見えるみたいだ」
「健太郎と幸せになる為に未来から来たんだよ」
私の本気の言葉はきっと健太郎には冗談にしか聞こえていないだろう。私は憧れの彼と幸せになり、今幸せを噛み締めている。
それと同時に、健太郎の子供への関わり方を見て子育ての正解を見せられたようで辛さを覚えていた。
親と一緒にいるよりベビーシッターといた方が多かった幼少期。
早期教育だと家庭教師をつけられ、小さい頃から机の前で勉強ばかりしていた。
私は実は殆ど親と出かけた記憶がない。
今日も私が仕事が溜まっていて会社に行かなければいけないと伝えたら、健太郎は自分は余裕があるからと仕事を休み真衣を見ると言ってくれた。
「やったーパパと遊びに行く!」
パパっ子の真衣が大喜びしている姿を見ながら、健太郎は娘を楽しませるプランを練り始める。
健太郎は本日午前中に開催される地域の公民館の人形劇に真衣を連れ行った後は、私の会社の近くに来て一緒にランチしようと提案してきた。
健太郎が真衣を抱き上げながら、頭を撫でている。
「真衣、人形劇初めてだな」
「楽しみー! ママも今度お仕事休みの時に一緒に行こうね」
真衣の言葉に私は微笑みながら頷いた。彼女は私の事も大好きだけど、優しいパパが大好きだ。
子供はどんな母親でも最初は無条件に愛するものなのかもしれない。私は木嶋翠からどんなに邪険に扱われても、彼女を求め続けていた。
彼女に殺されて一度死んだ事で、やっと盲目的に母親を求める事をやめられた。
親に愛された記憶のない私だけれど、健太郎と一緒にいれば子を愛せる親になれる気がする。成長記録をアルバムにして真衣が大きくなったらプレゼントしたり自分がして欲しかった事を手探りでやっていくしかない。
社長室で仕事を処理していると、秘書が慌てたように青い封筒を持ってきた。
「こちらのお手紙が届いてたもので⋯⋯」
秘書の気まずそうな顔と封筒の色に私は差出人を察した。
手紙といえば、やっと石川藍子から10年越しに慰謝料が振り込まれ謝罪の手紙が届いた。
『私にも子供ができて、自分がいかに子供だったか思い知りました⋯⋯藤田藍子』
私にとってはどうでも良い彼女の自分語りが綴られた計3枚の便箋は一読して捨てた。
彼女が結婚して子供ができて改心してようと、私には興味のない事だ。いくら謝罪されても、彼女のした事は私に消えない傷跡を残していて許す気にはなれない。
私を利用し、欺き、笑い者にした女の行く末など知りたくもない。
「ありがとう。少し席を外してくれる?」
秘書は私に青い封筒を渡すと、社長室を出た。
私は早速、封筒を開封する。
『アオ、結婚式にも呼んでくれないなんて水臭いな。アオもとうとう母親になったんだね。アオが生まれた日の感動を今にも思い出すよ。会社はうまくやれている? アオは日本語も不自由だから、苦労しているんじゃないかと心配してるんだ。会社の利益を考えながら、社員の人生を預かるなんてアオには重荷だろう。助けられる事があれば、何時でも連絡して欲しい。父としてアオにしてやれる事は何でもしてやりたいと思っている。木嶋隆』
父は私がまだ愛に飢えた娘だと思っているのだろう。
そんな欠けた部分は夫の健太郎と可愛い娘の真衣が埋めてくれた。
寛也という何でも相談できる友人もいるし、楽しく自然体で会話できる舞ちゃんという親友もいる。
今の私は孤独ではない。
(こうやって、人の心の隙に入り込んで駒のように利用してきたんでしょ)
経営で困った事があれば、私は兄にも祖父にも健太郎にも相談できる。
今更、父親ヅラしながら私を利用しようとしてくる木嶋隆の厚かましさにゾッとした。
冷ややかに青い封筒を見つめながら、私は消印を見て木嶋隆の居場所を確認する。
「お兄様に木嶋隆の居場所をお報告しないとね」
父は娘の私と息子の鈴木アオイさんを甘く見過ぎた。血が繋がっているからこそ、これ程に憎しみが消えないのかもしれない。
兄の鈴木アオイは自分は生涯結婚する気はないと言っていた。自分がまともな父親になれる自信がないらしい。
兄は優しい人間だ。私は彼はきっと良い親になれると思うけれど、彼の傷の大きさを考えると安易にそんな事は言えない。
彼は誰よりも木嶋隆に傷つけられた人で、木嶋隆はまだ自分の罪を認識していないらしい。
私は兄に電話を掛け、父の居場所を伝えた。
復讐は徹底的にする。
私を甘く見ないでね。
今、私はかつて父である木嶋隆が経営していた木嶋グループ傘下の貿易会社の社長を任されている。
現在妊娠6ヶ月でお腹には第2子がいる。前回の超音波検診で男の子のシンボルが見えた。
「2人目は男の子らしい」と健太郎に告げたら、キャッチボールするのが楽しみだと今からグローブを買っていた。
今年3歳になった娘の真衣は今、健太郎が人形劇に連れて行ってくれている。真衣という名前は私の大好きな親友「川田舞」ちゃんからとった。
舞ちゃんは娘の名前の由来を告げると恐縮して恥ずかしがっていたが、誕生記念の「真衣」という名入りのマカロンを送ってくれた。彼女のマカロンは学生時代よりグレードアップしてほっぺが落ちるくらい美味しくなっていた。
私は娘には彼女みたいに夢を持って前向きに努力でき、人に優しい人間になって欲しい。
出産は32時間にも及ぶ難産で大変だったが、それでも木嶋翠の気持ちは理解できなかった。やっと出会えた我が子には幸せになって欲しいと思ったが、娘を自分の所有物だという感覚はなかった。
健太郎の経営する会社は国内旅行中心にしたのが功を奏した。今、円安が加速していて海外旅行市場は先細りになっている。
「アオはまるで未来が見えるみたいだ」
「健太郎と幸せになる為に未来から来たんだよ」
私の本気の言葉はきっと健太郎には冗談にしか聞こえていないだろう。私は憧れの彼と幸せになり、今幸せを噛み締めている。
それと同時に、健太郎の子供への関わり方を見て子育ての正解を見せられたようで辛さを覚えていた。
親と一緒にいるよりベビーシッターといた方が多かった幼少期。
早期教育だと家庭教師をつけられ、小さい頃から机の前で勉強ばかりしていた。
私は実は殆ど親と出かけた記憶がない。
今日も私が仕事が溜まっていて会社に行かなければいけないと伝えたら、健太郎は自分は余裕があるからと仕事を休み真衣を見ると言ってくれた。
「やったーパパと遊びに行く!」
パパっ子の真衣が大喜びしている姿を見ながら、健太郎は娘を楽しませるプランを練り始める。
健太郎は本日午前中に開催される地域の公民館の人形劇に真衣を連れ行った後は、私の会社の近くに来て一緒にランチしようと提案してきた。
健太郎が真衣を抱き上げながら、頭を撫でている。
「真衣、人形劇初めてだな」
「楽しみー! ママも今度お仕事休みの時に一緒に行こうね」
真衣の言葉に私は微笑みながら頷いた。彼女は私の事も大好きだけど、優しいパパが大好きだ。
子供はどんな母親でも最初は無条件に愛するものなのかもしれない。私は木嶋翠からどんなに邪険に扱われても、彼女を求め続けていた。
彼女に殺されて一度死んだ事で、やっと盲目的に母親を求める事をやめられた。
親に愛された記憶のない私だけれど、健太郎と一緒にいれば子を愛せる親になれる気がする。成長記録をアルバムにして真衣が大きくなったらプレゼントしたり自分がして欲しかった事を手探りでやっていくしかない。
社長室で仕事を処理していると、秘書が慌てたように青い封筒を持ってきた。
「こちらのお手紙が届いてたもので⋯⋯」
秘書の気まずそうな顔と封筒の色に私は差出人を察した。
手紙といえば、やっと石川藍子から10年越しに慰謝料が振り込まれ謝罪の手紙が届いた。
『私にも子供ができて、自分がいかに子供だったか思い知りました⋯⋯藤田藍子』
私にとってはどうでも良い彼女の自分語りが綴られた計3枚の便箋は一読して捨てた。
彼女が結婚して子供ができて改心してようと、私には興味のない事だ。いくら謝罪されても、彼女のした事は私に消えない傷跡を残していて許す気にはなれない。
私を利用し、欺き、笑い者にした女の行く末など知りたくもない。
「ありがとう。少し席を外してくれる?」
秘書は私に青い封筒を渡すと、社長室を出た。
私は早速、封筒を開封する。
『アオ、結婚式にも呼んでくれないなんて水臭いな。アオもとうとう母親になったんだね。アオが生まれた日の感動を今にも思い出すよ。会社はうまくやれている? アオは日本語も不自由だから、苦労しているんじゃないかと心配してるんだ。会社の利益を考えながら、社員の人生を預かるなんてアオには重荷だろう。助けられる事があれば、何時でも連絡して欲しい。父としてアオにしてやれる事は何でもしてやりたいと思っている。木嶋隆』
父は私がまだ愛に飢えた娘だと思っているのだろう。
そんな欠けた部分は夫の健太郎と可愛い娘の真衣が埋めてくれた。
寛也という何でも相談できる友人もいるし、楽しく自然体で会話できる舞ちゃんという親友もいる。
今の私は孤独ではない。
(こうやって、人の心の隙に入り込んで駒のように利用してきたんでしょ)
経営で困った事があれば、私は兄にも祖父にも健太郎にも相談できる。
今更、父親ヅラしながら私を利用しようとしてくる木嶋隆の厚かましさにゾッとした。
冷ややかに青い封筒を見つめながら、私は消印を見て木嶋隆の居場所を確認する。
「お兄様に木嶋隆の居場所をお報告しないとね」
父は娘の私と息子の鈴木アオイさんを甘く見過ぎた。血が繋がっているからこそ、これ程に憎しみが消えないのかもしれない。
兄の鈴木アオイは自分は生涯結婚する気はないと言っていた。自分がまともな父親になれる自信がないらしい。
兄は優しい人間だ。私は彼はきっと良い親になれると思うけれど、彼の傷の大きさを考えると安易にそんな事は言えない。
彼は誰よりも木嶋隆に傷つけられた人で、木嶋隆はまだ自分の罪を認識していないらしい。
私は兄に電話を掛け、父の居場所を伝えた。
復讐は徹底的にする。
私を甘く見ないでね。