私は寛也と丸の内にある通販会社レイダーに来ていた。ガラス張りの自社ビルはまだ新しく30階建くらいだろう。

「アオちゃん、緊張してる?」

 寛也が心配そうに声を掛けてくる。回帰前の偉そうな彼より今の優しい彼の方が好きだ。寛也がなぜ別人のようになったのかだけはよく分からない。
「いえ、ワクワクしてます。こんな誰もが知る企業を一代で築くとは私の兄はかなり優秀ですね」
 総合受付で名前を告げると、最上階の社長室に案内された。

 ノックをして社長室の扉を開ける。寛也からの情報だとこの会社は鈴木アオイの複数経営している会社の一つらしい。彼は努力以上に抜群の経営センスを待ってそうだ。私も未来の木嶋グループを引っ張る身として彼から学びたい。

「初めまして、木嶋アオさん。どうぞ、座って。佐々木君、木嶋さんを連れてきてくれてありがとう」
 そこにいたのは、30代前半くらいの鈴木美智子さんによく似た優しそうな男性だった。

 私と寛也が並んで座った向かいに鈴木アオイさんが座る。貧しい幼少期を過ごしたと聞いていたが、佇まいは非常に優雅だ。おそらく人一倍努力して、洗練された振る舞いを身につけたのだろう。
 
 眼鏡をかけたまとめ髪の秘書の女性が、お茶を出してくれると部屋を出て行った。

 社長室には私とアオイさんと寛也の3人になった。
 私はアイスティーを一口飲むと口を開いた。

「私の事はアオと呼んでください。私たちは兄妹ですから」
私の言葉にアオイさんは目を丸くした。

「いや、親しくし過ぎて、君に下手な情は持ちたくないから遠慮しとくよ」
「情?」
 私が首を傾げながら発した言葉にアオイさんが苦笑いを浮かべる、

「今から僕は君の父親の木嶋隆を社会的に抹殺するつもりだ」
「そんな事できるんですか? 是非、木嶋隆を破滅させてください。ついでにあのクズ男に重りをつけて、東京湾に沈めてしまっちゃってください」
 私の言葉に何故か隣に座っている寛也が吹き出した。
 アオイさんも戸惑った顔をしている。

「東京湾には沈めないかな? 流石にそれは犯罪だよ。僕は合法的な方法で鈴木隆を破滅させるつもりだ。木嶋アオちゃんは、天使みたいな顔して物騒なこと言うんだね」
「私、顔は甘めですが中身は辛めです。木嶋隆とは情が湧くような親子関係は築いてません。私はずっとあのクズに復讐したいと思ってました」

 私の言葉にアオイさんは手を叩いて爆笑した。私だけで木嶋隆に復讐するのは成功してもずっと先になってしまう。父は既に木嶋グループ傘下の貿易会社の社長として社会的地位を築いている。親の庇護の元にある学生の私が何を言おうと、我儘お嬢様が吠えてるとしか捉えられない。
 
「アオ、じゃあ遠慮なく僕らの父親である木嶋隆に復讐させて貰うよ」
 私はアオイさんにアオと呼び捨てにされて嬉しくなった。私に兄がいたと実感できて胸が熱くなる。

「お願いします」
 私が手を差し出すとアオイさんが握手してくれた。

「それにしても、うちの母も何故あんな男に引っ掛かったのか⋯⋯」
「鈴木美智子さんは純粋で優し過ぎて、世の中にあんな狡猾なクズ男がいると思わず毒牙に掛かったのかと思います」

 父は頭の顔だけは非常に良い。物腰も柔らかく中身のクズ加減を覆い隠せてしまっている。

「うちの母を知ってるの?」
「はい! 鈴木美智子さんは見ず知らずの子供も必死に助ける優しい方です!」

 私は回帰前の人生最悪の日に他人の赤ちゃんを必死で助けようとしていた鈴木美智子さんを思い出していた。彼女は優しい女性だが、純粋が故に父に洗脳された。父は人の心に入り込み、教祖のように自分を崇めさせるのが抜群に上手い。
 

「母の事を褒めてくれてありがとう。地元じゃ村八分で母は嘲笑の的だった⋯⋯僕も父親を決して教えてくれない母を恨んだよ」
 アオイさんが鈴木美智子さんを今は恨んでないようでほっとする。
 私と寛也はそれからアオイさんから経営についての話も沢山聞けた。

 日が暮れそうなマンションへの帰り道。私の顔をチラチラと覗き見てくる寛也が気になった。夕日で染まっているのか、心なしか彼の頬は赤くなっている。
 
「私の顔、変ですか?」
「いや、相変わらず可愛いけど⋯⋯お兄さんと仲良くなれて良かったね」
「はい! 寛也君、色々とありがとうございます」

 寛也は私の顔から目を逸らすと、今度は私の左手の薬指を見つめてきた。そこには健太郎さんから頂いた婚約指輪が光っていた。
普段、学校に行く時は指輪外していくが、今日はアオイさんと会う日だったので健太郎さんを近くに感じていたかった。

「アオちゃん、甘城社長と結婚するの? こないだもマンションの前で⋯⋯キスしてたよね」
「やっぱり見てたんですね。見なかったフリをするのがマナーですよ!」

 顔が熱くなり手でパタパタと仰いでいると、マンションの前に会いたくない女がいた。私と寛也を見てムッとした顔をしながら石川藍子が近付いてきた。