「甘城、お前、俺を捨てやがって。自分だけ、こんなところで良い思いしてんじゃねえぞ」

 突然、包丁を持った男が入ってきて、健太郎さんに突進してくる。

 私は思いっきり包丁男に回し蹴りをして、彼を制圧した。
 幼い頃から誘拐の危機に晒されていたので、護身術は身に付けている。

 彼の手から包丁を奪って、遠くに投げた。

 そして床に倒れた男を、自分の体を絡めて拘束する。

 彼が健太郎さんを殺そうとしたと思うと、このまま窒息させてしまいたい。

「健太郎さん、警察を呼んでください!」

 健太郎さんは彼と顔見知りだったのだろう。
 自分が恨まれていたのが、ショックなのか呆然としている。

「人を殺そうとした彼は、これからも平気で人を殺します」

 私は彼が回帰前に健太郎さんを殺して、部屋に火を放ったのだと確信した。

 あの時だって、あの火災で全員が無事だったとは限らない。

 包丁男は自分のことしか考えない、他人の命を軽んじる人間だ。

「甘城、警察はやめてくれ。俺が悪かった。ずっと一緒にやってきたのに、クビにされたのが悔しかったんだ」

 信じられないことに、男は謝れば許されると思っているようだ。

 さらに信じられないことに、優し過ぎる健太郎さんは男の言葉に心が揺れている。

 私の中で何かがキレた。

「私と結婚したいなら、今すぐ警察を呼んでください。あと、3秒で警察を呼ばなければ、私が男ををこのまま締め殺します。か弱い私が彼を殺しても、きっと正当防衛として認められます」

 私の言葉にハッとした健太郎さんは、警察に電話を掛けた。

♢♢♢

 警察が来て、男が殺人未遂の現行犯として連行される。
 去っていくパトカーの後ろ姿を見ながら、私は健太郎さんの命を守れたことにホッとした。

「会社の金を横領して解雇した初期メンバーなんだ。家族のように彼のことを思ってた。俺がアオを守らなければいけなかったのに、アオに守ってもらってしまった」

 健太郎さんが不甲斐なさそうに、手で頭をおさえている。

「どちらかが弱った時、どちらかが支えれば良いと思います。私たちは家族になるんですよね」

 私はそういう「家族」が作りたい。

 母が父に逃げられまいと、必死になるのを見て強く思っていた。
 夫婦は一方に頼りきってしまっては、お互いにとってよくない。

 私は健太郎さんと支え合える間柄になりたい。

「妻が強すぎなので、頑張らなきゃかな」

 彼はそう一言言うと、私に軽いキスをしてきた。
 プロポーズを受け入れたから、そういうことが解禁になると思うと緊張してしまう。

 視線を感じると思ったら、頬を染めて私たちの方を見る寛也と目があってしまった。

「アオちゃん、あと30分歩くノルマがあったと思うんだけど、もう部屋に戻って良いかな。もう、1時間半は散歩したし、運気は上がったと思うんだけど」

 明らかに揶揄うように言ってくる彼は、本当に回帰前とは別人だ。

 回帰したおかげで、彼は私に本物の気持ちをくれた大切な人だったと気がつけた。

 ずっと、私は健太郎さんを守るために回帰したと思っていた。

 でも、寛也の10年以上にも及ぶ私への執着を見ると、彼の推しである私への執念が私の時間を戻した気がする。

「寛也くん、私と友達になってくれてありがとうございます。実はあなたの散歩により運気が上がったのは、私です。今日は最高の日になりました」

 回帰した後、彼が「寛也」と呼んで欲しいと言うのを無視して「佐々木さん」と呼び続けた。

 回帰前に彼が本心ではなくても「利用するために付き合った」と言ったことが許せなかった。

 でも、今は本当は優しい彼を知ることができて、裏切りの言葉により受けた傷が癒えている。

「アオちゃん、それは良かった。これからも宜しくね。甘城さんもアオちゃんを宜しくお願いします」

 寛也は満面の笑みで言うと、マンションの中に消えていった。

「それにしても何で犯人は部屋の鍵を持っていたのでしょうか?」

「ごめん。初期メンバーには、合鍵を渡しっぱなしになってた」

 健太郎さんが手を合わせて謝ってくる。

 正直、包丁持った人間に気づかないコンシェルジュも問題だが、健太郎さんは平和ボケが過ぎる。

 世界は悪意に満ちているのに、彼には「守り」が足りない。

「健太郎さん、流石に危機感なさすぎです。私は合鍵を貰った時に嬉しかったです。でも、他にも合鍵を持っている人はたくさんいたのですね」

 私はちょっと彼を困らせてやろうと思って、わざとむくれて言ってみた。

「アオに渡した以外の鍵は、すぐ回収するから、許して」

 大人の余裕を持った雰囲気の彼が、慌てているのが楽しい。
 これから、彼と楽しさを積み上げていきたい。